第2話
「あ、あの。お取り込み中失礼いたします。その、えっと……お隣に座っても、よろしいでしょうか……?」
ニーナが少女に視線を向けると、少女は遠慮がちな上目使いでニーナを見つめていた。特に断る理由も思い付かず、ニーナは頷く。
「えぇ、どうぞ」
「ありがとうございます」
はにかみながら礼を述べ、少女は席に着いた。人と接することが少し苦手なのか、長い黒髪をしきりに指で弄っている。その様子を黙って見ていたセヴラールは潮時だと判断し、静かに席を立った。
「じゃあ、俺はその辺うろうろしてるからな。何かあったら声かけろ」
「ん、了解」
去っていく後ろ姿に軽く手を振り、ニーナは少女に向き直る。黒髪の少女は反りのある刀剣を腰から提げていた。
帝国ではあまり知られていないが、極東の地で刀と呼称されている武器のはずだ。噂には聞いていたがニーナも実際に目にするのは初めてだった。物珍しさから思わず仔細に観察してしまう。すると少女は自身の刀に触れながら口を開いた。
「今時珍しいですよね、実体のある剣なんて。普通はASSを使うのでしょうが……」
ASSとはリソタイトと呼ばれる鉱物を加工した新型兵装であり『Assault Superior Stone』の頭文字を取った略称で呼ばれている。これは世界を牽引する技術大国と謳われるステファン帝国ならではの武装と言えた。
人が生まれながらにして体内に宿している接続回路を励起させることによって実体を持つASSは、今や戦場の主役となりつつある。実体化させなければ小型かつ軽量で、携帯が容易なこともASSの急速な普及を助長したのだろう。
だが、そんなASSとは裏腹に既存の兵器は徐々に衰退し始めている。もちろん最前線では未だに戦車や対空砲などが用いられているが、個人の戦闘力を底上げするため軍の方針でASSの併用が推奨されているのだ。帝国学院でもその扱いを初歩から学ぶため、申請済みのASSはいくらでも持ち込める。
「確かに刀は珍しいけれど、それはそれでいいんじゃないかしら。使い慣れた武器はアドバンテージになるし、校則違反でもない。ASSとは相性が悪いって人も、一定数いるしね。あなたもそうなんでしょう? ユーフィア・フォーマルハウトさん」
「……あ、私のことをご存知だったのですね。なんだか少し、気恥ずかしいです」
突然自身の名を言い当てられた黒髪の少女はあまり驚いた様子もなく微笑んだ。剣術の名門、フォーマルハウト家に生を受けたこの少女は、二年前の武闘大会において現役軍人を一切寄せ付けることなく圧勝している。それ以来、少女の知名度は帝国国内でもトップクラスであり、世界有数の剣士として将来を嘱望されていた。
今になって思えば、あの大会は帝国学院入学に向けての下準備だったのだろう。事実、セヴラールがニーナを特別推薦枠に捩じ込むまで、今年の推薦入学はほぼユーフィア・フォーマルハウトで決まりだったのだ。その席を奪ってしまったニーナとしては気まずいことこの上ない。
「実は、二年前の武闘大会には私も観戦に行ったの。まさしく、帝国最優の剣士にふさわしい剣捌きだったわ」
「え……そ、そんな。私なんて、まだまだです。あの時優勝できたのだって、半分はまぐれみたいなもので……」
ニーナの素直な賛辞を受け、ユーフィアは慌てて首を横に振った。褒められ慣れていないのか頬を赤く染め、視線をさ迷わせるその姿はどこか小動物然とした雰囲気を醸し出している。ニーナは恥ずかしそうに俯いてしまったユーフィアに右手を差し出して口を開いた。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はニーナ。ニーナ・アグラシアよ。もしあなたさえ良ければ、これからも仲良くしてもらえると助かるわ」
「は、はい。改めまして、ユーフィア・フォーマルハウトです。こちらこそよろしくお願いいたします……!」
ユーフィアは俯いていた顔を上げると、差し出された手を取って頭を下げた。その礼儀正しさから育ちの良さが伺える。セヴラールから戦う術のみを叩き込まれて育ったニーナとは雲泥の差である。だがフォーマルハウト家は貴族に名を連ねる家系であるため、ユーフィアの立ち居振舞いも上流階級出身としては当然のものなのだろう。と、ニーナは内心で一人納得した。
「新入生諸君、静粛に! これより入学式典を開式する」




