第28話
大広間を駆けるニーナの背後で大量のマナが収束していく。ユーフィアは刹那の間に呼吸を整えると居合いの構えを取り、躊躇することなく抜刀。抜き放たれた白刃から銀閃が迸る。だがその斬撃はケルベロスに掠りもしない。
次の瞬間、唐突にケルベロスが標的をユーフィアからニーナへと変更した。ユーフィアの斬撃を掻い潜ったケルベロスが自身に肉薄するニーナへと襲いかかる。ニーナは《ステファンの五つ子》を投擲すると背後に飛んでケルベロスの射程圏内から逃れた。
が、ケルベロスは止まらない。流血することすら厭わずに猛進を続けると、あっという間にニーナとの間合いを詰める。眼前に迫り来るケルベロスの牙。退路を壁に阻まれたニーナにできた抵抗は、咄嗟に目を閉じることだけだった。だがニーナが死を覚悟した正にその時、一発の銃声が轟く。聞き慣れた音だ。ASSではない、実銃の音。
「リーヴィアさん……」
ユーフィアがポツリと呟いた名前に、ニーナはゆっくりと閉じた目を開いた。目を引く青髪と小柄な体躯。見間違えるはずがない。
回転式拳銃を右手に構え入学試験第十六位、リーヴィア・リブレーゼが立っていた。その足元には転移用の魔方陣が浮かび上がりマナの輝きを放っている。
「ちょっと何やってんのよ。アンタらに脱落されたら私が困るって言ったでしょ。しっかりしてよね」
ケルベロスは突然の乱入者に警戒したのか一度ニーナから距離を取る。その隙にリーヴィアはニーナと合流した。
「……ごめんなさい、助かったわ」
眼前の少女に命を救われたことにやや遅れて気がついたニーナは、意識を切り替えると素直に謝礼を述べる。
「それより、どうしてあなたがここに?」
リーヴィアはスピカの脱落が判明してからは一人で試験に臨んでいたはずだ。大広間に何か用があったとも思えない。
「さっきの音と揺れが気になったから、一度拠点に戻ったの。そしたらアンタらはいないし、あの二人からは大広間に向かったなんて話を聞かされるし……」
不機嫌そうにブツブツと呟きながら回転式拳銃をブレイクオープンし、シリンダーに残った薬莢を排出したリーヴィアは次弾を装填しながらニーナを軽く睨む。
「そのせいで私がこんな面倒事に巻き込まれたんだから、あとで何か奢りなさいよね」
「生きてここを出られたら、セヴが何でも奢ってくれると思うわよ。というかあなた、その回転式拳銃セヴのでしょ。何で持ってるのよ」
ニーナが先程の発砲音に聞き覚えがあったのは、リーヴィアの使用している回転式拳銃がセヴラールの愛銃だったからだ。
「試験内容が発表された日、召喚獣が出るならあった方がいいって渡されたの。ASSだけだと出力が不安だからって」
「なるほど、セヴの考えそうなことね」
納得したように頷き、ニーナは《アルクトゥルスの宝剣》を起動する。
「後衛はあなたに任せていいかしら。前衛がユーフィアだけじゃバランスが悪いわ。手数も足りなくなるし、今回は私も前に出る」
「了解」
リーヴィアの返答を聞き、ニーナは単独でケルベロスと渡り合うユーフィアのもとへと駆け出した。直後、ユーフィアがケルベロスの間合いに深く踏み込み手にした愛刀を大上段から振り下ろす。ケルベロスは鋭い犬歯を剥き出しにしてそれを迎撃するとすかさずユーフィアの刀を牙で受け止めた。
が、その隙にケルベロスとの距離を詰めたニーナは死角から繰り出した突き技によってケルベロスの眼球を潰す。ケルベロスは咄嗟に口を開き、ユーフィアの刀を解放した。
「……ユーフィアは右の首をお願い。私は左を」
「了解です」
簡潔にやり取りを済ませ、二人はほぼ同時に左右に別れた。だが次の瞬間、蛇の尾が背後からユーフィアに接近する。目前にのみ集中しているユーフィアは蛇の存在にまだ気がつかない。ユーフィアが殺気を感じて振り返った時には既に遅く、二本の毒牙が眼前に迫っていた。
「……ッ!」
迎撃は間に合わないと判断し、背後に大きく飛んで回避するが着地点の石畳に足を取られユーフィアがバランスを崩す。見れば石畳の一部がケルベロスの爪によってえぐり取られてしまっていた。それを好機と見たケルベロスが牙を剥き出し、ユーフィアに襲いかかる。
すぐさまニーナが間に割って入り《アルクトゥルスの宝剣》を構えた。直後に轟く銃声。リロードを終えていたリーヴィアの回転式拳銃から計四発の銃弾が吐き出される。的確な援護射撃に舌を巻きながらニーナはケルベロスの死角に回り込んだ。
リーヴィアの銃撃に気を取られたケルベロスは対応が遅れニーナの斬撃に反応できない。胴を薙ぐ一撃はニーナに確かな手応えを感じさせた。腹を大きく裂かれたケルベロスは血を撒き散らしながら石畳に倒れ込む。
「……勝った、のですか?」
その様子を見たユーフィアはゆっくりと立ち上がり、ニーナの隣に並んだ。だがケルベロスは再び体を起こすとニーナを睨みつける。ニーナは一度ため息を吐くと《アルクトゥルスの宝剣》を構え直した。
「どうやら、まだ消滅してはくれないようね」
「……はい」
ニーナは《ステファンの五つ子》を二本起動するとケルベロスに向かって投擲する。ケルベロスは迎撃することなく身を翻すと、躊躇なくその場を離れた。当然、ニーナはケルベロスを追うが足場が悪くなかなか距離が縮まらない。
それを見かねたリーヴィアは自身の異能を行使して空間転移すると、ケルベロスの眼前に立ち塞がった。
「どこに行くつもり?」
自身を見下ろす凶獣を相手に一歩も引かず、リーヴィアは回転式拳銃を構えるとケルベロスの足元に向かって発砲する。ケルベロスはわずかに怯んだのかその場で足踏みし、リーヴィアへの突撃を躊躇った。それが、致命的な隙となる。
「さっさと仕留めてよね、ユーフィア」
リーヴィアの足止めが功を奏し、ユーフィアがケルベロスを異能の射程圏内に捉えた。居合いの構えから抜き放たれる刃。直後に銀閃が迸り、ケルベロスの首を一つ斬り落とす。続いて斬られた傷口から鮮血が噴き出した。
だが、それでもなおケルベロスは止まらない。むしろ首を斬られた怒りを表現するかのように残った二つの首が咆哮する。そして、ユーフィアに限界が訪れた。
「……あ、ぐっ……」
苦しそうに胸元を押さえ、ユーフィアが膝から崩れ落ちる。見ればニーナが縫合した傷口が開き、制服の上からでも分かるほど出血していた。決定的な隙を露呈したユーフィアを目掛け、ケルベロスが巨大な前足を振り上げる。
自身に迫る鋭利な爪を、ユーフィアは呆然と眺めることしかできなかった。リーヴィアの回転式拳銃は既に弾切れ、ニーナの位置からでは援護が間に合わない。容赦なく振り下ろされた前足はユーフィアの身体を的確に捉え、吹き飛ばす。
「か、はっ……」
背中から壁に叩きつけられたユーフィアは血の塊を吐き出すと朦朧とする意識の中、静かに目を閉じた。
※※※
中間試験開始から三十五時間十五分経過。
ユーフィア・フォーマルハウト、出血多量により強制リタイア。




