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ウェルキエル学院のセプテット  作者: 葉月エルナ
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第27話

 中間試験開始から三十五時間と十五分が経過した。セヴラールは木陰に飛び込むと、夜闇に潜む暗殺者の名を呼ぶ。


「ノエル、いるか?」

「……こちらに」


 数秒続いた沈黙を破り、一人の少女がセヴラールの背後から進み出た。不機嫌さを隠そうともしないその声音にはわずかな怒りすら感じられる。原因に心当たりのあるセヴラールとしては頭の痛い事態だ。


「さっきは悪かったって。許してくれよ」

「…………私の協力は不要だったのでは」


 先程よりもさらに長い沈黙の後にノエルの口から刺々しい台詞が吐き出される。いつぞやの空き教室でアルヴィスの提案を蹴ったセヴラールのことをノエルは決して許していない。内心でそれを悟り、セヴラールは思わずため息を吐いた。


「……あの時は悪かった。お前の主にも心から謝罪する。これで今回の件は水に流してくれないか?」

「………………」


 続く沈黙。藍色の双眸は瞬きすらせずにセヴラールの姿を凝視している。だが、数分間続いた静寂は唐突に終わりを迎えた。


「もういいだろう、ノエル。その辺にしておいてやれ」


 ノエルが胸元に忍ばせていた無線機からノイズ混じりの低い男の声が響く。ノエルは即座にフードを脱ぎ捨てると無線の声に応じた。


我が主(マスター)、では……」

「あぁ、今は小競り合いしている時間すら惜しいのでな。端的にいくぞ、アグラシアも異論はあるまい?」

「勿論だ。協力、感謝する」


 この土壇場でセヴラールに助け船を出したアルヴィスの真意は分からないが、躊躇する猶予など既にない。ノエルの瞳からも、もう殺気は感じ取れなかった。


「ではまず状況の確認からだが……アグラシアの目的は迷宮内から娘を救出すること、でいいのか?」

「そうだ、恐らくアイツは地下一階の大広間に閉じ込められている。……と、その前にお前は今どのくらい事情を把握してるんだ?」


 気持ちが逸るあまり勢いで話し始めてしまったが、これが一番大事な質問だろう。一度落ち着いてセヴラールが問いかけると、アルヴィスは無線の向こうで口を開いた。


「ノエルからの報告である程度は理解しているつもりだ。とりあえず迷宮が外界と隔離されていることと、何かしらの召喚獣が召喚されたであろうことは分かっている」

「やっぱり、大広間は閉鎖されたか」

「あぁ、迷宮内に放っている使い魔の視覚を通じて確認した。かなり複雑な術式で組まれた結界のようだが……。まぁ、これは問題ない。深層迷宮は俺の庭だ。少なくとも地下四階まではな」


 アルヴィスの言を受け、ノエルは木陰から旅行鞄を引っ張り出す。手慣れた手付きでそれを開けると中には大量の魔導具が詰め込まれていた。


「……地下一階の扉程度でしたら私でも解錠は可能です。然るべき道具を使い、然るべき手順を踏めば五分で開くでしょう」

「なんだ、同伴してくれるのか?」

「マスターが私に、そう命じるならば」


 見事なまでの即答だった。ノエルのスタンスはこんな時でも一切揺らぐことがない。月光の下で煌めく藍色の瞳は、ただ主からの命令を待っている。


「……よし。ノエルはアグラシアと共に迷宮へ潜り、大広間の解錠に当たれ。次の課題は奴が召喚した獣の対処だが、勝算は?」

「手を貸してくれると助かる、というのが本音だ。何せ、俺の能力は事前に阻止できなきゃ何の役にも立たねぇからな」


 あっさりと匙を投げたセヴラールにノエルの視線が突き刺さる。その視線を意にも介さず受け流し、セヴラールは手元の時計に視線を向けた。既に召喚から十五分以上が経過している。するとセヴラールの焦りを察したのかアルヴィスが口火を切った。


「お前が俺に『借り』を作るつもりがあるのなら、俺もまた虎の子を出してやるが?」

「虎の子だと?」

「あぁ。第一次魔導大戦の折、世界を狂乱に陥れた十三体の魔物についてはお前も知っているだろう? その内の一体の骨をとある裏ルートから入手してな。本来なら学年末試験で使用するはずだった鬼札だが、今使ってやってもいい」


 アルヴィスの説明にセヴラールは思わず絶句する。大戦を長引かせる要因にも終結させる要因にもなった十三体の魔物たちは疾うの昔に一体残らず討伐された。ましてやその骨を手に入れるなど、並大抵のコネクションでは難しい。どころか不可能なはずである。


「お前がそこまでしてくれるって言うなら、何を要求されても文句は言えねぇな」

「安心しろ、紙に名前を書くだけの簡単な仕事だ。ガキでもできる」

「……それ、ヤバい契約書とかじゃねぇよな?」


 安請け合いしてしまったことを若干後悔しつつ、セヴラールは天を仰いで覚悟を決めた。


「任せていいか」

「あぁ、触媒自体はノエルに持たせてある。俺が魔方陣を敷設している間にノエルが大広間の解錠を終わらせ、それと同時に魔物の召喚を行うことになるわけだ。遠距離召喚になることと、魔物の力が強大であることから俺が自律制御できるのは十秒が限界だろう。お前はその隙に娘を救出しろ」

「了解」

「ちなみに十秒が経過した時点で俺は魔物へのマナ供給を断ち切り強制的に消滅させる。ただし奴は自身の保有するマナだけで十秒程度は現界を維持できるはずだ。その十秒は俺にも魔物の制御が効かなくなる。外で暴れることだけはできないように契約で縛っておくが気を付けろ」


 アルヴィスの説明に耳を傾けながらセヴラールは状況を脳内でイメージする。タイムリミットはわずか十秒。それよりも救出作戦が長引くことになればセヴラールは単独で異界の魔物を相手にしなくてはならなくなる。


「……考えれば考えるほど嫌になってくるな」

「全くだ」


 八年前に帝国陸軍を辞めたセヴラールにとって、勝算度外視の博打に挑むのは久方ぶりのことである。当時の感覚を思い返しつつ、セヴラールは独り言のようにアルヴィスに問う。


「……もしも、俺が失敗したらどうなる?」

「案ずるな。その時は全員死ぬだけだ」

「勝率は?」

「あまり使いたくはない言葉だが、神のみぞ知る」


 身も蓋もないアルヴィスの返答に、セヴラールは思わず苦笑した。


「絶望的じゃねぇか」


 アルヴィスもまた、無線の向こうで静かに嘲笑(わら)う。


「だが、お前にとってはいつものことだったはずだ。これまでただの一度でも、楽な任務にありつけたことがあったか?」

「……いや、ないな」


 帝国学院を卒業し特務機関にスカウトされてからの一年は常に死と隣り合わせの日常を送っていた。あの日々に比べたら今回の救出作戦は比較的難易度の低いものであるとすら言えるだろう。闇夜に聳える深層迷宮を見据え、今宵最後の決戦へと赴くべくセヴラールはその一歩を踏み出した。

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