第25話
深層迷宮地下一階大広間にて。ニーナはユーフィアと共に二日目の脱落者の確認を行っていた。
「とりあえず、リーヴィアさんは大丈夫だったようですね」
脱落者のリストにざっと目を通しながらユーフィアが言う。その隣で、ニーナも頷いた。
「えぇ、今もどこにいるのかは分からないけれど今日を乗り越えられたのは大きいわ。気持ちの整理も、少しはついたでしょうし」
あれからリーヴィアには会えていないが、脱落者リストに名前がないということは無事に二日目を生き残ったと見て間違いないだろう。そう判断し、ニーナはリストから顔を上げた。
「試験開始から三十五時間経過で八十三人が脱落……。明日には殆ど残らないかもしれないわね」
「でも、本当にこんなことが有り得るのでしょうか? いくら帝国学院の中間試験とはいえ、二日目でこんなに脱落者が出るなんて……」
ユーフィアは俯いたまま半ば独り言のように呟いた。その瞳は不安げに揺れている。
「それは私も考えていたところよ。考案者が考案者だし、大して気にはしていなかったけれど……」
ユーフィアの疑問に応じるように口を開いたニーナは、次の瞬間不可解なマナの変動を感じ取って黙り込む。大広間の中央に大気中のマナが収束していく気配。その微細な空気の変化に気が付くことができたのは、ニーナだけだった。
体内に埋め込まれた疑似接続回路が悲鳴を上げる。人工物であるがゆえに、ニーナの接続回路はマナの動きに極めて敏感だ。そうでなければ【無能力者】として生まれたニーナにASSを扱えるはずがない。
「……ニーナさん?」
突然口を閉ざしたニーナにユーフィアがおずおずと声をかける。だがその声すら今のニーナには届いていなかった。
(大広間……マナの収束……召喚獣の群れ……)
そして思い至る。ニーナを毛嫌いしている一人の男。べレス・ラシアイムの異能力に。
「まさか……」
その結論に辿り着いた瞬間、ニーナの全身が総毛立つ。
「時限起動式の……召喚陣……?」
大広間中央に浮かび上がる巨大な魔方陣。夥しい量の血液で描かれた五芒星が淡く発光し、周囲のマナを飲み込んでいく。気が付いた時には既に遅かった。
大広間の外へ通じる扉はすべて閉ざされ、文字通り完全な閉鎖空間。ようやく事の重大さを理解した生徒たちが、出口を求めて逃げ惑う。
「ニーナさん……」
ユーフィアが震えた声で再びニーナを呼んだ。魔方陣が一際強力な光を放ち、それと同時に召喚されたモノを目の当たりにした数名の生徒が腰を抜かす。
「地獄の番犬、ケルベロス……」
ニーナの口から漏れた一言がすべてを物語っていた。
三つの首と蛇の尾を併せ持つその猛犬は、伝説上の存在としてあまりにも有名だ。
「あんな化け物に勝てるわけないじゃない!」
「開けろ! ここを開けろ!」
閉ざされた扉を必死に叩き二人の生徒が喚き散らす。だがそれは悪手だった。魔方陣から解放されたケルベロスが二人の背後から容赦なく襲いかかる。
背を向けていたせいで反応が遅れた男子生徒の背中を、ケルベロスの爪が引き裂いた。続けて、中央の首が大きく口を開き隣にいた女子生徒を捕らえる。女子生徒の骨が軋みをあげ、口からは苦悶の喘ぎが漏れた。
「あっ……ぐ、ぅ……」
指先が細かく震え、呼吸がだんだんと荒くなっていく。見開かれた瞳からは涙が溢れ出た。ケルベロスは激しく左右に首を振ると、唐突に女子生徒を口から解放する。その出血量はユーフィアの時とは比べ物にならない。明らかに致命傷だ。
「ニーナさん、どうしますか?」
愛刀の柄に手を掛け、意識を切り替えたユーフィアがニーナに問いかける。状況を脳内で整理しつつニーナは《ステファンの五つ子》を起動して覚悟を決めた。
「……今回は私も前衛に出るわ。ユーフィアの異能は初撃限りの一回勝負でお願い。蛇の尾に留意しながら散開して、左右から挟み撃ちにしましょう」
「了解です」
ユーフィアはニーナの案を快諾すると即座に居合いの構えを取る。マナの収束を感じると同時に互いのタイミングを計り、ニーナは一歩を踏み出した。




