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ウェルキエル学院のセプテット  作者: 葉月エルナ
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第22話

 中間試験開始から十五時間。


 ニーナとリーヴィアは深層迷宮地下一階の大広間に足を運んでいた。ここで初日の脱落者が発表されるのだ。それに伴い、一時間はあらゆる戦闘行為が禁止となる。


「あの、バカ。だから言ったのに……」


 ニーナの隣でリーヴィアがポツリと呟いた。その双眸はリストに記載された『スピカ・ヴァーゴ』の文字を凝視している。戦闘開始から一時間が経過してもスピカが戻らなかった時点で、誰もが彼女の脱落を察していた。


 だが、リーヴィアだけは最後までスピカの脱落を認めず自分の目で確かめると言って聞かなかったのだ。


「初日で三十八人が脱落……。随分と多いわね。このペースでいけば三日目には全滅するわよ」


 ニーナが配布されたリストを眺めながら言う。座学科の生徒はほぼ全員が脱落、ニーナのクラスからも十五人程度の脱落者を出した。それに比べ、べレスのクラスは明らかに脱落者の数が少ない。否、少なすぎる。


「アンタは気付いてるんでしょ」

「……何のことかしら」

「とぼけないで。この試験の仕組みについて、よ」


 リーヴィアはリストから顔を上げると、ニーナの瞳を正面から見据えた。そこに、普段の冷静さは欠片も残っていない。


「必死ね。相棒が脱落したのがよほどショックだったのかしら」

「話をすり替えるのはやめて。何を知ってるの、教えなさいよ」


 リーヴィアは、スピカと最も仲のいい生徒だった。彼女の脱落はリーヴィアにとって、この学院での最初の試練なのかもしれない。だが、それはニーナたちも同じだ。


 スピカが欠けたことによる士気の低下は著しい。率先して場を盛り上げてくれた彼女の脱落は、想像以上の痛手だった。


「私は何も知らないわよ。セヴは、肝心なことほど私に教えてくれないもの。あなたには私が何か、重大な秘密を抱えているように見えるのかもしれないけれどね」

「……私は絶対に脱落しない。最後まで生き残ってみせる」


 一方的にそう吐き捨て、リーヴィアは姿を消す。後には空間転移後の魔方陣のみが残された。

 

 ※※※

 

 深層迷宮地下一階とある一室にて。


「ユーフィア、大丈夫?」


 大広間から戻ったニーナはユーフィアの傷の処置に当たっていた。出血は派手だったが、幸いにも彼女の傷はあまり深くない。リーヴィアがすぐに適切な応急処置を施してくれたおかげで、傷痕も残らずに済みそうだ。


 あれからニーナが簡易的な縫合を行い、一時的に傷は塞がっている。


「まだ痛みますが、少し良くなったような気がします。ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」


 ユーフィアはスピカが脱落したことにも責任を感じているのか、目に見えて落ち込んでいた。


「そのことなら気にしなくていいって言ってるでしょ? ユーフィアがエリノラを相手に前衛として持ちこたえてくれたから、私は脱落しないで済んだの」

「そうだぜ。元気出せよ、ユーフィア」


 と、水の確保に向かっていたライオネルが二人の会話に口を挟む。ユーフィアは差し出された水を受け取ると頭を下げた。


「ありがとうございます。頂きます」


 迷宮内の小部屋にはあらゆる日用品が揃っており、食器類も簡単に手に入れることができた。恐らく、過去に迷宮へ潜った人間が置いていった物だろう。


「ところで……リーヴィアはどこだ? 姿が見えないようだが」


 ライオネルと共に給水スポットから戻っていたルドウィンが、辺りを見渡しながらニーナに問う。ニーナはユーフィアの傷口に巻かれた包帯を交換する手を一度止めて口を開いた。


「あぁ、あの子、どこかに行っちゃったのよね。空間転移のストックはまだ残っているはずだし、大丈夫だとは思うんだけど……」


 結局、あれからリーヴィアがこの部屋に戻って来ることはなかった。スピカの脱落はそれだけ彼女を苦しめている。人付き合いが苦手なリーヴィアにとって、積極的に声をかけてくれるスピカの存在は救いになっていたのかもしれない。


「それ、本当に大丈夫なのか? ボクの能力を使って探しに行った方がいいんじゃ……」

「いいえ、今はそっとしておいてあげましょう。一人で気持ちを整理する時間も必要なはずよ。あの子ならいざという時は転移で逃げられるし、今日明日くらいは様子を見た方がいいわ」


 リーヴィアは能力の特性上、居場所の特定が非常に難しい。おまけにその気になれば簡単に逃げられてしまうため、追跡はほぼ不可能だ。よって捜索は困難を極める。この先も試験は続くことを考えれば、ルドウィンの異能も体力も温存しておくのが最善だろう。


「私もニーナさんの意見に賛成です。今、不用意に動いて脱落者を増やしてしまっては元も子もありません」


 縫合した傷口の消毒を終えたユーフィアも、ニーナの意見に賛同して頷いた。


「確かにそれもそうだな」

「つーか、ユーフィア。お前、本当にリタイアしなくて大丈夫なのか? 傷、痛むんだろ?」


 傷口を押さえながら何とか上体を起こすユーフィアを心配そうに眺めながら、ライオネルが問いかける。ユーフィアは苦笑しながらも首肯した。


「はい、大丈夫です。痛みはありますが、この程度の怪我でリタイアなんてできません」


 自身の鞄から事前に配られた野戦糧食を取り出し、ユーフィアが口に運ぶ。スピカが欠けたことで低下していた士気は、ライオネルが持ち前の明るさで徐々に回復させつつあった。


(だけど、試験はまだ六日間ある……。この調子じゃ絶対に最終日までは持たないわ……)


 そんなことは口が裂けても言えないが、ニーナは静かな焦燥感に駆られていた。


 この過酷な中間試験はまだ、始まったばかりなのだから。

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