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ウェルキエル学院のセプテット  作者: 葉月エルナ
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第19話

 そもそもの事の発端は凡そ十五分前まで遡る。

 

 ※※※

 

「ふぅ……一応、給水スポット付近までは辿り着けたわね」

「……はい、色々ありましたが……」


 ニーナとユーフィアは迷宮の至るところに張り巡らされた罠の数々を潜り抜け、B地点付近まで到達することに成功していた。地図に修正を加えながら進んでいたため事前の作戦に狂いが生じてしまっているが、まだ取り返せないほどの遅れではない。


「B地点の給水スポットに行くにはこの大部屋を通るしかないんですよね?」

「えぇ、そう聞いたばかりだけれど……」


 二人は道中、交戦した他クラスの生徒を経由し情報を収集していた。スピカとリーヴィアも似たような戦術を用いて試験を攻略するだろう。二人は一度二手に分かれると部屋の探索を始めた。


「ここの扉からわずかにマナの変動を感じるわ。罠の可能性もあるけれど、どうする?」

「そうですね、私たちが一番手のようですが……地図なしで先に進むのは危険でしょうか」


 ニーナの隣に並んだユーフィアが周囲を警戒しながら慎重に言葉を選ぶ。が、次の瞬間二人の背後から聞き覚えのない声が響いた。


「あらあら……こんなところで道草ですか? 真っ先に飛び出して行かれた割には、随分と手こずっているようですね」

「……っ!」


 ニーナとユーフィアはほぼ同時に振り返り、声の主を確認する。腰まで伸びた白髪に琥珀色の瞳。人形のように整った面立ちでありながらその眼光はどこまでも冷たく、無機質だった。そして右手には既に起動されたレイピア型のASSが握られている。


 入学試験第二位、エリノラ・アビゲイル。彼女の能力は、未来予知。正確には相手の一手先を読む能力らしいが、細かい分類はされていない。


「ニーナさん……」

「大丈夫よ、ひとまず相手の出方を見ましょう」


 不安げに声をかけてくるユーフィアを安心させるように返答しつつ、ニーナは内心で焦燥感に駆られていた。入学試験の順位ではユーフィアが勝っているが、それはユーフィアの異能力が派手で分かりやすいものだからだろう。セヴラールに教えられて後から判明したことだが、入学試験の順位は案外当てにならないらしい。異能力者同士の戦闘には相性の良し悪しも存在する。


 もちろんユーフィアの実力は疑いようがないが、エリノラと直接戦った時どうなるかは分からない。二対一という数的優位も即席の二人一組(ツーマンセル)ではどこまで維持できるものか。だがニーナの焦りを周囲に悟らせるわけにはいかなかった。


 その焦燥はユーフィアには更なる不安を、エリノラには付け入る隙を与えることになる。それだけは何としても避けなくてはならない。するとエリノラが一歩前に踏み出し、二人との距離を詰めた。


「お二人は給水スポットを目指しているのでしょう? 実は私も水の確保は最重要課題だと考えておりまして。もし、この場を立ち去って頂けるならば誰も傷つかなくて済むと思うのですが……いかがでしょう?」


 彼我の距離、凡そ五メートル。既にエリノラはユーフィアの射程圏内に捉えられている。エリノラもそのことは承知の上だろう。ニーナは一度ユーフィアに目配せすると覚悟を決めた。


 識別コード《シリウスの降星》を起動し、ニーナが構える。


「悪いけど、退くつもりはないわ。どうしてもと言うのであれば押し通ってみせなさい」

「ユーフィア・フォーマルハウト、推して参ります!」


 続けてユーフィアが腰の刀に手を伸ばし、躊躇することなく抜刀。だがエリノラは右に一歩動いただけでその斬撃を躱し切った。それを見たニーナは《シリウスの降星》を鉱石状態に戻すと、制服のポケットから予備のASSを取り出す。リーヴィアほど射撃精度に自信がないニーナは乱戦時の誤射を危惧したのだ。


「識別コード《ステファンの五つ子》起動」


 ASSを三個指の間に挟むようにして持ち、体内の疑似接続回路を励起させる。接続回路にマナが流れ込む感覚と同時にニーナのASSが光を放ち、大振りのナイフを形成した。


 一方のエリノラはASSの複数起動を目の当たりにしてもさほど驚いた様子はない。手にしたレイピアを構えると、後衛のニーナには目もくれずユーフィアとの間合いを一息で詰める。ニーナが牽制するように投擲した《ステファンの五つ子》はサイドステップで全て躱された。


 ユーフィアは自ら前に踏み込むと刀を大上段に構えて振り下ろす。ニーナでさえ初見では押された斬撃だ。だがエリノラはその一撃を、力の流れを変えることによって受け流した。


 両手で刀を握るユーフィアが片手で受けるエリノラを押し切れない。咄嗟に体勢を崩されて焦ったユーフィアは、エリノラから一度距離を取ろうと背後に飛んで下がる。が、それは悪手だった。互いの距離が開いた瞬間、エリノラが神速の刺突を放つ。


 常軌を逸したスピードに加え、正確無比なカウンター。レイピアの切っ先を躱しきれず、ユーフィアの右胸部が大きく裂かれる。続けて傷口から鮮血が噴き出し、ユーフィアは膝からゆっくりと崩れ落ちた。


 霞む視界の中、エリノラがレイピアを振り上げる姿がスローモーションのように映る。だが凶刃がユーフィアを捉えるよりも一歩早く、エリノラは自身の末路を予知して飛び退いた。直後、展開された《カノープスの雷鳴》が複数起爆し爆風が吹き荒れる。回避を優先したことによりユーフィアは仕留め損なったがあの傷ではしばらくまともに動けないだろう。冷静な戦術眼で状況を分析し、エリノラは意識を切り替えた。


「ユーフィア、大丈夫?」

「わ、私は、だい、じょうぶ、ですから……」


 大きく切り裂かれた胸元を押さえ、ユーフィアが苦しそうに返答する。辛うじて意識はあるようだが重傷であることに変わりはない。


「けほっ……こほっ……」


 広がり続ける血溜まりの中心でユーフィアが咳込み、激しく喀血する。すぐにでも応急処置を施さなければ危険な状態だ。リスクとリターンを天秤にかけニーナが離脱を視野に入れて脱出ルートの予測演算を開始した。その次の瞬間。


「……っ!」


 爆風から逃れていたエリノラを目掛けて光弾が雨あられと降り注ぐ。エリノラは間一髪のところで物陰に逃げ込み何とか難を逃れた。ニーナがユーフィアを庇いながら扉に視線を向けると、そこにはスピカとリーヴィアが各々の武器を構えて立っている。


 スピカは迷うことなく二人の前に躍り出て口を開いた。


「まずは、私が到着するまで持ちこたえて下さったことに感謝しますわ。私が彼女の注意を引きますから、あなたたちはその隙にリーヴィアとお逃げなさい」


 どうやらスピカは二人の離脱をサポートするつもりらしい。だがニーナは背後のユーフィアを流し見ながら首を横に振った。


「無理よ、怪我でユーフィアが動けないの」

「……なら、私がフォーマルハウトと転移する。アンタは自力で脱出できるでしょ。道案内はあの二人がしてくれると思うから」


 意外なことに、二人の元まで駆けつけてくれたリーヴィアがユーフィアの状態を確認しながらそう言った。その手付きには迷いがなく、慣れているであろうことが窺える。


「私の能力は一人までなら一緒に転移させられる。心配しなくてもこの程度の怪我で人は死なないわよ」

「……お願い。先に着くでしょうから、可能な限り怪我の手当てもしてあげて」

「了解」


 短く返答したリーヴィアの足元に幾何学模様の魔方陣が浮かび上がり、二人の姿が光に包まれて消える。その様子を見届けてから、ニーナは扉に向かって走り出した。スピカが作ってくれた千載一遇のチャンスを無駄にはできない。


 エリノラは銃撃が止んだことを確認すると、物陰からゆっくりと姿を現す。そして挑戦的な視線をスピカに向けた。


「お久しぶりですね、スピカ。ですが……あなたに私の相手は務まらないのでは?」

「言ってくれますわね、エリノラ。私にだってあなたの相手くらい務まりますわよ」


 中間試験開始から三時間。


 スピカ・ヴァーゴ対エリノラ・アビゲイルの戦いの火蓋が切られた。

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