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ウェルキエル学院のセプテット  作者: 葉月エルナ
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第18話

 深層迷宮地下一階とある一室にて。


「何とか部屋の確保はできたけど……」

「えぇ、そのようですわね」

「もう無理、動けない……」


 スピカとリーヴィアは二人揃って固い石畳の上に座り込んだ。開始早々、他の生徒を振り切って左端の扉に飛び込んだ二人は召喚獣の群れと激戦を繰り広げ、命からがらこの小部屋に逃げ込んだのである。体力は既に限界だった。


「予定ではこれから水の確保に向かわなければならないのですが……難しいですわね。あなたの能力でどうにかできまして? リーヴィア」


 リーヴィアの異能力は空間転移。だが視認できる範囲内か一度訪れた場所にしか転移できない上に、一日で使用可能な回数はわずか三回まで。使いどころは慎重に見極めなくては、無駄にストックを使い果たすことになりかねない。故にリーヴィアの答えは一つに絞られる。


「無理」

「……分かっていましたわ」


 スピカも大して期待はしていなかったのか、あっさりと引き下がった。


「そう言うアンタだって空、飛べるじゃない。召喚獣なんて簡単に撒けたんじゃないの?」


 続いてリーヴィアの視線がスピカに突き刺さる。が、スピカの返答もリーヴィアと同様のものだった。


「確かに私の能力ならば召喚獣を撒くこと自体は可能です。ですがあれを使用する際には細かいマナコントロールが必要でして。疲労が溜まった状態で発動すれば接続回路が暴走して墜落しますわ。それに、目立ちすぎるのは得策ではありません」

「じゃあ、もうどうすんのよ?」


 八方塞がりの状況に、揃って二人はため息をつく。その時、スピカがポツリと呟いた。


「ニーナとユーフィアは大丈夫でしょうか?」

「さぁね。なんか上手くやってそうだけど」


 疲労のあまりリーヴィアの対応がどんどん雑になっていく。スピカは苦笑すると試験前に支給された野戦糧食を取り出しながら口を開いた。


「それはそうですが……もし彼女(・・)と戦うことがあれば、どうなるかは分かりません。あの二人でも勝てる保障はありませんもの」

「……彼女って、入学試験第二位の?」

「えぇ、できれば彼女とは私が決着を付けたいところですが……」


 スピカにはこの学院に幼馴染みがいた。それが入学試験第二位のエリノラ・アビゲイルである。ただ、幼馴染みとは言っても決して仲がいいわけではない。


 二人の本家同士が互いをライバル視しており、表立って親しくするわけにはいかなかったのだ。これは名門に生まれ落ちたが故の宿命だった。


 子供向けに開催されている武闘大会で出会った二人は、常に成績を競い続けてきたのである。だが、スピカはエリノラにただの一度も勝てたことはない。むしろ、歳を重ねれば重ねるほど二人の実力差は明らかに広がっていった。


 どの大会に参加してもエリノラは常に一位を取り続け、スピカはどれだけ努力しようとも二位止まり。この順番が覆ることは、ついぞなかった。入学試験ではエリノラのみならずユーフィアにまで後れを取り、二位でいることすらできなくなった。


 だが、それは名門ヴァーゴ家に生を受けたスピカ・ヴァーゴに許されることではない。スピカは両親や分家筋の人間にまで、出来損ないの烙印を押された。その評価を覆すためには勝つしかないことを、スピカ・ヴァーゴは知っている。


「勝たなくては……今度こそ、私は一位にならなくては……一位で卒業して、特務機関に……」


 スピカは手にした野戦糧食を食べ尽くすと思い詰めた表情で爪を噛み始めた。エリノラの話になると、スピカはいつもこうして爪を噛む。既にその癖を把握しているリーヴィアは静かに腕を掴んで止めながら口を開いた。


「じゃあ勝ちなさいよ。お互いにリタイアしなければどこかで当たることもあるでしょ。リベンジするにはアンタが最後まで生き残ってなきゃダメ。弱気になってる場合じゃない」

「……リーヴィア」


 普段は愛想の欠片もないような少女だが、ふとした瞬間に見せる優しさがスピカにとっては救いになっている。


「えぇ、機会があれば必ず……」


 だがその時、スピカの言葉を遮るように部屋の扉が開き見覚えのある男子生徒二人組が転がり込んできた。


「ルドウィン? ライオネル? 二人ともどうしたのです、そんなに慌てて」

「……なにかあったわけ?」


 二人が訝しげな視線を向けると、そこには斥候に専念していたはずのルドウィンとライオネルが立っている。


「スピカ、リーヴィア、今動けるかッ?」


 珍しく声を荒らげルドウィンが二人を呼ぶ。ただならぬその様子に、スピカは即座に立ち上がった。嫌な予感がするのだ。とてつもなく、嫌な予感が。


「フォーマルハウトが隣のクラスのアビゲイルと交戦して負傷した。可能なら救援に……」

「場所はどこですか。私が向かいます!」


 状況を説明するルドウィンに最後まで言わせることなく、スピカが問う。その剣幕にやや怯みながらもルドウィンは地図を指差した。


「給水スポットのB地点付近だ。かなり広い大部屋なんだが……」

「あぁ、そこなら先程通りましたわ!」


 いつもの冷静さを失ったスピカがリーヴィアを気にかけることすらなく部屋を飛び出す。その背中を呆然と見送りながらライオネルがリーヴィアに問いかけた。


「……なぁ、スピカ、どうしたんだ? ユーフィアが心配なのは分かるけどよ」

「…………ま、アイツにも色々あるってこと。一応私も行くからアンタらは好きにして」


 色々、の一言でライオネルを黙らせリーヴィアはスピカの後ろ姿を追って駆け出した。

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