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ウェルキエル学院のセプテット  作者: 葉月エルナ
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第15話

 ウェルキエル帝国学院上層フロア。


「……来たぞ、アルヴィス。試験前日に何の用だ?」


 例によって呼び出されたセヴラールは、アルヴィス・チェスカーの占拠する空き教室までわざわざ足を運ぶ羽目になっていた。心なしか、前回訪れた時よりもさらに改造されたように感じる教室は一種の要塞と化している。セヴラールはアルヴィスの正面に位置するソファーに腰を下ろすと、()()()()()()用意されていたコーヒーカップに手を伸ばした。


「そう、急くな。心配せずとも今日はすぐに解放してやる」


 対するアルヴィスは苛立った様子で吐き捨て、セヴラールの前に数枚の資料を突きつけた。そこにはご丁寧に盗撮写真まで添付されている。


「……」


 セヴラールは無言でコーヒーカップをテーブルに戻し、資料と写真に目を通す。写真には食堂でセヴラールとべレスが言い争っている姿がしっかりと写っていた。資料の方は会話記録のようだ。


「よく撮れたな、こんなもの。視線に敏感なニーナにさえ気付かせないとは、恐れ入る」

「そのための隠形だ」

「なるほど。で、用件は?」


 まさか事実確認をするために呼び出したわけではないだろう。セヴラールが相手の出方を窺っているとアルヴィスはようやく本題を口にした。


「決まっている。この決闘、勝てるんだろうな?」

「…………は?」


 質問の意図が即座には理解できず、セヴラールは数秒間硬直した後に間抜けな声を出してしまう。


「……つまり、なんだ。お前は、俺に勝ってほしいのか?」

「当然だろう。万が一にも負けたらお前を殺す。ついでに娘もな」

「それだけは勘弁してくれ……」


 唐突かつ理不尽な殺害予告にセヴラールは頭痛と軽い目眩を覚えた。しかもついででニーナまで巻き込まれている。


「ならば、勝て。俺はあの男が心底気に食わん」

「あぁ、そういえばお前迷宮から追い出されたんだってな。それで機嫌が悪かったのか」


 アルヴィスは去年の謹慎期間中、学生寮ではなく迷宮の地下四階に籠っていた。その時の習慣が中々抜けず、今でも校舎と迷宮を行き来する生活を送っていたらしい。だが、今期の中間試験で迷宮の使用が決まったため最近は部外者の立ち入りが禁止されてしまった。迷宮に棲み着いているアルヴィスからしてみれば、迷惑な話だろう。


「あいつ、俺を潰すためだけに無茶しすぎじゃないか? お前に喧嘩売るとか、命知らずにも程がある……」

「全くだ。まぁ、その命知らずを殺すのは俺の仕事だとばかり思っていたのだがな。お前が代わりに奴を仕留めるというのであれば話が早い」


 アルヴィスは一度コーヒーカップに口をつけると、既に冷めてしまった中身を一気に飲み干した。


「ウチのノエルを貸してやる。試験期間中は好きに使っていい。手段は選ばず確実に勝て」

「……可能な限り、部外者は巻き込みたくないんだが」


 それは、セヴラールの本音だった。できることならばこれ以上大事にはしたくない。ただでさえ一年生の大半には否応なしに迷惑をかけてしまっているのだ。だが。


「何、気にするな。どうせ下層の試験中はあいつも暇になる」


 アルヴィス・チェスカーに常人の感覚は通用しない。セヴラールは空になったコーヒーカップをテーブルに戻して立ち上がると教室の扉に手を掛けた。


「……必ず勝てるとは言わない。が、勝算なら少なからずある。だから、あの子は付けなくていい。じゃあな」


 一方的に伝えたいことだけを伝え、セヴラールは空き教室を後にする。その後ろ姿が完全に見えなくなるとアルヴィスはため息をついて口を開いた。


「ノエル、いるか?」

「こちらに」


 即座に暗闇から声が返り一人の少女が姿を現す。夜闇に溶け込む黒髪と落ち着いた藍色の瞳を併せ持った小柄な少女。幼少の頃、接続回路に無理な調整を施されたせいで成長が止まったその身体は小柄すぎると言ってもいい。


「話は聞いていたな? 今回の決闘は何としてでもアグラシアを勝たせろ」

「かしこまりました」


 下された命令に対する返答は見事なまでの快諾。


「それと、試験中はアグラシアに張り付いて見張っておけ。捕捉されない距離から監視しているだけでいい」

「承知しました。べレス・ラシアイムの方はいかが致しますか?」

「その場の判断に任せる。自分で考えて好きに動け。ただし、優先順位は忘れるなよ」

「無論です。任務は必ず遂行致します」


 アルヴィスはノエルの忠誠心溢れる返答に一度頷くと一枚の紙を手渡した。


「これを一年のエリノラ・アビゲイルに届けてこい。用件は分かるな?」

「はい、心得ております」

「任せたぞ。俺はもう寝る。試験開始までは自由にしていろ」


 必要最低限の指示だけで全てを理解したノエルは、主の背に一礼すると一瞬で姿を消した。隠形の少女に、暗闇はいつでも味方する。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか。どちらにせよ各方面には根回し済みだが……」


 口に出して情報を整理しながら、アルヴィスは制服を脱ぎ捨てた。だがどれだけ考えてもこれ以上の手は思い浮かばない。あとはノエルの報告を待つしかないだろう。


「それにしても……エリノラ・アビゲイル。予想より手間取らせてくれたな。戦果次第では今回の試験終了と同時に潰すか」


 不穏な台詞を口走り、アルヴィスは一枚の写真にナイフを突き立てる。ノエルに隠し撮りさせたその少女は、写真の奥で暗い笑みを湛えていた。

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