第9話
やがて一通りの模擬戦が終了すると、セヴラールから改めてペアの組み直しが指示される。ニーナとユーフィアは揃って辺りを見渡した。
二人とも積極的に声をかけるタイプではないため、こういう場面では苦労するのだ。しかも先程の攻防を見せつけられた後では、他の一年生が気後れしてしまうのも無理はない。
ニーナがしばらく周囲の様子を観察していると、二人の少女がこちらに近づいてくるのが見えた。一人はツインテールが特徴的な金髪の少女。もう片方は目を引く青髪を肩の辺りで切り揃えているミディアムヘアの少女だ。
「ねぇ、そこのあなた。入学試験では随分とご活躍なさったそうですわね。次の模擬戦ではこの私が相手になりますわよ?」
金髪の少女はそう言うと挑戦的な瞳をユーフィアに向ける。ニーナはこの少女のことを知っていた。
(入学試験第三位、スピカ・ヴァーゴ……強敵ね。ユーフィアが負けるイメージは湧かないけれど……)
少なくとも一対一で引けを取る相手ではないだろう。そんなことを考えながらニーナがユーフィアの様子を伺っていると、ユーフィアは静かに首肯した。
「……望むところです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
スピカはその返答に満足したのか一度頷き、ユーフィアを連れて去っていく。ニーナは自身の背後に立つ青髪の少女に視線を向けた。
「それで……私の相手はあなたがしてくれるの?」
「……アンタ、特待生なんでしょ?」
ニーナの質問に答えることなく、少女は逆に問い返す。勝ち気な瞳がニーナの姿を正面から見据えていた。
「えぇ、そうよ。特別推薦だったから」
ニーナが怯まず肯定すると、少女は懐から蒼く輝く鉱石を取り出して口を開く。
「私、リーヴィア・リブレーゼ。アンタの名前は?」
「ニーナ・アグラシアよ。その勝負、受けて立つわ」
それが開戦の合図だった。ニーナは《アルクトゥルスの宝剣》を起動させると、リーヴィアとの間合いを一息で詰める。対するリーヴィアが選んだのはリボルバー型のASS。
「識別コード《セイファートの六つ子》起動」
リボルバーの銃口がニーナを狙い、一切の躊躇なく引き金が引かれる。かなり至近距離からの発砲だったが、ニーナはわずかに身を屈めるだけでかわして見せた。そこから即座に接近戦に持ち込み、レイピアを振るう。
リーヴィアは《セイファートの六つ子》を鉱石に戻すとニーナの斬撃を避け、上段回し蹴りを放った。普段のニーナであればかわすことは造作もない速度の攻撃。だが一連の攻防で体勢を崩されていたニーナは回避が間に合わず、リーヴィアの靴先が頬を掠めた。芝生の上を転がるようにして間合いの外に逃げ、傷口を押さえて出血の有無を確認する。薄く皮膚が裂けていたものの、深くはない。
「てっきり、遠距離戦が得意なタイプかと思ったんだけどね」
正確無比な射撃精度に加え、素人ではあり得ない身のこなし。そして今一番の懸念材料はリーヴィアの異能力が分からないことだ。回数や発動時間に制限があるのか、もしくは何らかの発動条件を満たさなければならないのか。
一瞬の膠着を経て、ニーナは使用武器を《アルクトゥルスの宝剣》から《シリウスの降星》に変更する。本来飛び道具相手に距離を取るのは愚策だが、少なくともリーヴィアと接近戦をやりたいとは思わない。至近距離から被弾するリスクを考慮すれば妥当な選択だろう。リーヴィアほどではないが、ニーナも銃器全般は扱い慣れている。射撃にもそこそこの自信があった。
だが。
ニーナが拳銃の銃口をリーヴィアに向けた瞬間、その姿がかき消える。幻影の類いではない。彼女は確かにそこにいた。
(まさか、空間転移ッ?)
そしてニーナが結論を出すとほぼ同時に、背後に感じた殺気。即座に身体を反転させて後退しようとするが、リーヴィアの方がわずかに早い。直後、ニーナの鳩尾にリーヴィアの肘打ちが叩き込まれニーナは膝から地面に崩れ落ちた。
あまりにも、感覚が鈍ってしまっている。能力発動前のマナの変動さえ察知できないとは。数年前の自分と今の自分を比較して、ニーナは自嘲気味に苦笑した。
一瞬だけ暗転する視界の中、気力を振り絞って意識を保ちニーナはポケットから《カノープスの雷鳴》を複数取り出して投擲する。付け焼き刃の攻撃だが、これならばリーヴィアもニーナから離れざるを得ない。リーヴィアは一度舌打ちすると、後ろに跳んで爆発から逃れた。
訓練場に爆風が吹き荒れ、両者の視界は一時的に遮られる。その隙にニーナはゆっくりと立ち上がった。身体が動くことを確認して《シリウスの降星》を起動。ろくに狙いも定めぬまま引き金を引き、リーヴィアが怯んだところで素早く間合いに踏み込む。続けて《シリウスの降星》を鉱石状態に戻すと地面に投げ捨て、ニーナはリーヴィアに両手で掴みかかった。
結局最後に頼りになるのは己の拳なのだ。ニーナは抵抗する余地も与えぬままリーヴィアを投げ飛ばし、再展開した《シリウスの降星》を眉間に突きつける。
「か、はっ!」
肺からすべての空気が吐き出され、リーヴィアの視界がぼやけて歪んだ。辛うじて動く指先で《セイファートの六つ子》に手を伸ばすが、あと数ミリの距離が届かない。
「アンタ、やっぱり……」
その言葉が終わるよりも早く、ニーナは無慈悲に引き金を引いた。
「気がつかなくていいところに気がついたからって、無用な詮索はおすすめしないわ」
直後、脳全体を揺さぶるような衝撃がリーヴィアを襲う。
「好奇心が猫だけを殺すと思ったら大間違いよ」
久方ぶりの完敗を肌で感じながら入学試験第十六位、リーヴィア・リブレーゼの意識は暗闇の淵へと沈んで行った。