3 百足さん
昨日の事があるので、今日は監視の目が厳しいです。せめてハンナかクララに来て欲しかったのだけど、今日は無口なセリナが部屋の掃除をしています。
寒いのに窓を全開に開いて、極力音を立てないように踏み台を移動しながらはたきをかけたり、拭き掃除をしたりしているのです、しかも時々私の様子を確認するようにベッドの方を見に来ます。
私がその様子をみながらベッドに腰を掛けて足をプラプラしていると、視界に何かが映りました。
視線だけを動かしてみましたが、とても小さいものでした。
なんだろう・・・
少々遠くてよく見えなかったのですが、それは、体長15センチほどのムカデでした。
ムカデは目が見えないので、触れた物には手あたり次第に噛みつくのです。
セリナは部屋の反対側で掃除をしていてムカデの存在には全く気が付いていません。
多分セリナが気が付いたら、ムカデを殺してしまうでしょう。私はムカデを窓から逃がそうと思いました。
私がベッドから下りるとセリナに気が付かれてしまうと思ったので、ベッドから下りずにムカデを窓から捨てようと思いました。
クララが本棚を移動させていた時の様子を思い浮かべて、同じようにムカデを持ち上げたつもりでした。
「うわっ、なんで持ち上がったんだ?、あっなんだお前」
目の前には、ちょっとカッコいい男の子がいました。
「えっ、私?」「そうだ、お前だよ、お前僕の事を持ち上げようとしただろ」「えっ、あれここ私の部屋だよね、なんで私小さくなってるの?」「小さい?良く分からないけど、僕に何の用だ?、そういえば、僕には物が見えない筈なのに、今お前が見えている、どういう事だ」
「たぶん私の魔法で、そうなったんだと思う、私は人間だからこんなに小さいはずないんだけど、今の私はあなたと同じくらいに小さいわ」
「人間を見た事が無いから、お前が大きいのか小さいのかは分からない、僕は食べ物の臭いを辿ってここまで来ただけだ」
「ここは私の部屋なの、あそこにいる人に見つかったら、多分潰されてしまうから、逃げないと行けないわ」
「そうか、元来た道を辿れば戻れるんじゃないかな?」
「分かる?」
「多分分かる、ついておいで」
私は男の子の後をついて行きました。
こんなところに隙間があったのね、
壁と床の間にほんのわずかにスキマが広い所がありました。
男の子は、横になって転がり込みました。
私は部屋着なので、その隙間に入り込むことを躊躇しました
「来ないのか?」
男の子はちらっと振り向いただけで、そのまま進んで行きました。
私はなんとなくついて行かないと行けない気がして、その穴に入りました。
壁の中には、沢山の虫のバラバラになった足や羽が転がっていました。
「いやだ、いっぱい死骸が転がってる」
「食べ難い部分は食べないからな」
私は自分の部屋の壁の中にこんなに沢山の虫の死骸が溜まっている事を気持ち悪く思いました。
男の子の後について登ったり降りたりを繰り返して行くと、いつの間にか建物の地下室に降りていました。
へぇ、こんな通り道があったのね、
「僕は今まで目が見えた事が無いんだ、だから今通って来た道は、今までの感覚の通り臭いを辿って移動した。僕はこの先もずっと目が見えるのか?」
「分からないわ、私はあなたが殺されないように逃がそうと思っただけで、まさか自分まで小さくなってしまうとか、分からなかったもの」
「お前は、やった事無い事をやったのか?」
「うん、まだ上手く行った事は無かったんだけど」
「そうなんだ、じゃぁ僕がいつまで目が見えるのかは分からないんだね。」
「ごめんね」
そう言うと、自分がいつまでこの小ささなのかも自信が無くなりました。
「いつ元の大きさに戻るのか分からないから、そろそろ外に出ようかな?」
「そうなのか、外に出るのはこっちだよ」
そう言うと、男の子は外まで案内をしてくれました。
昨日掘り返されて土を焼かれた中庭は虫が激減していた。
「ここなら、急に元の大きさに戻っても大丈夫だわ、案内してくれてありがとう」
「良かったな、僕も生まれて初めてこの世界を見る事が出来てなんだか嬉しいよ」
「良かったわ、なんだか貴重な体験が出来たわ」
中庭から見える私の部屋の窓が閉じられるのが見えました。
「そろそろ部屋に戻らないと、セリナが私がいない事に気が付いたらまた騒ぎになっちゃう」
そう言うと、私は彼と別れて家に戻る事にしました。
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