婚約者(妻)に癒やされたい
王太子視点
「王太子様ぁ、リナリア様が。リナリア様がひ、酷くて……! あ、あたしが半分平民の男爵令嬢だからって。い、いじめてくるんです……! 学園じゃ、リナリア様の目が怖くて、揉み消されそうで。今日の、卒業パーティーしか、告白する機会がないって、そ、そう思って。ここでしかっ……」
はあ……。また、妄言か。
私の頭痛の原因である彼女は半年前にラ・サマトリア学園に編入してきた男爵令嬢、リズ・セリウム。男爵令嬢にしては珍しい魔力量と属性数により、父親であるセリウム男爵に引き取られ、貴族となった。学園に編入したため誰もが貴族としての最低限のマナーは学んでいるはずだと思ったのだが、違った。婚約者がいる高位貴族に発言の許しもなく近づくなど、貴族としてあるまじき態度をとった。自分の婚約者に近づかれたご令嬢は、当然彼女に注意したのだが、当の彼女は目に涙をためてうつむき、可憐な令嬢を装った。これを見た全校生徒は彼女に注意することを諦め、私は父である国王陛下に相談した。
『父上、件の男爵令嬢はいかがなさいますか?』
『学園の卒業パーティーまで放っておけ。そういう令嬢はな、いつの時代にもいるんだ』
結果、皆で騙されるフリをすることにした。もちろん婚約者がリズ嬢に絡まれたご令嬢にも説明して、それぞれのカップルがお茶会をできるようにセッティングもした。……私とリナリアはできなかったがな!
「それで、あたしはっ。この前、階段から突き落とされそうになって。腕を怪我してっ。リナリア様の、取り巻きの、ルティア様が押してきたんです……!」
何の話だ? もうわからなくなってきた。ああ、本当にいい加減にしてほしい。卒業するまでのあと半年の学園生活をリナリアと謳歌する予定だったのに、できなくなったではないか。リナリアと親交を深めるために使う今年の学園生活を捻出するために公務を頑張ったのにな……。
「それでお願いがあるんです、王太子様」
被害者面の加害者がお願い? 何をするのだ。
「……何だ?」
「リナリア様と、その取り巻きを罰してください! このままではっ、あたしのような子が入学した時に、その子もいじめられてしまうようになっちゃう。そんなの、許せない……!」
今度は善人面か。高位貴族は、自分より下の爵位のものをいじめるような暇がないんだ。貴族は与えられた立場に見合う功績を残さなければならないからな。そのプレッシャーは思っているより酷い。それと、リナリアに取り巻きはいない。取り巻きって、同じ公爵令嬢や王女(私の妹)がなるわけ無いだろう。まさか、王女の顔を知らないとか……ありえないよな? 思わず同意を求めてしまった。
何も言わない私に不安を覚えたのか、リズ嬢は新緑の瞳をうるませた。
「王太子様ぁ、聞いていらっしゃいますか?」
ピンク色のふわふわな髪を揺らされても、リナリアでなければ可愛くないな。深緑の瞳にピンクの髪……。まさか、下町の小説や劇でよくある悪役令嬢もののヒロインに自分を重ねているのか?それは、それは。
「……リズ嬢」
ついに業を煮やした側近のレオンハルト。これの始末をつけるのは私なのだがな。彼はわかっているのか。暴走したレオンハルトは面倒臭いのだ。出来れば自己処理してほしいのだが、無理だろうな。思わず遠い目になる。
「君は、婚約者のいる高位貴族に近づいたな? 貴族としての教育を受けているのであれば、婚約者のいる男性に許可なく近づいてはいけないと知ってるはずだが……」
彼女は顔を真っ青にする。きっと教育を受け流していたのだろう。
「そんなこと……! あ、あたしは。ただ、わからないところがあるから聞こうと思っただけなのに」
「なぜ高位貴族に近づく? 学園の先生に聞けばよいではないか。なんのための先生だ」
あーあ。色々と言ってしまった。さっきから父上はチラチラ見てくるし、宰相まで。今日は寝られるであろうか? うん、多分無理だろうな。ついに母上まで“どうにかしろ”と目で言うようになったしな……。
「あー、レオンハルト。彼女についてはこの間国王陛下に奏上しているので、陛下から沙汰が言い渡される。よって私達は身を引くことになった、いいな?」
彼は不満をあらわにしながらもうなずいた。これで外っ面は取り繕えるであろう。もう疲れた、リナリアに癒やされたい……!
リズ・セリウム視点
あたしはリズ。ヴァレリアン王国の首都・ルフォールの下町、つまり平民街に住んでいた15歳だ。物心ついたときにはすでにママと二人暮らしだった。パパについてママに聞いたけど、『リズ。世の中にはね、知ってはいけないことがあるのよ』って、教えてくれなかった。でも13歳になる直前にママが病気で死んじゃって、あたしのパパだっていう人に会った。パパはセリウム男爵・ユリシーズ。ママのことが好きだったけど、身分の差が問題で、結婚できなかったんだって。ママはパパの名前からあたしの名前をつけたらしい。普通は魔力の差から子供ができにくいらしいけど、ママの魔力は男爵位の人と同じくらいあったから大丈夫だった。
パパに引き取られた後、パパの第一夫人だって人にあった。その人は子爵家のお嬢様で、パパとは政略結婚。子供は二男一女。皆豪華な暮らしをしてたなんて! あたしはママと二人で苦しかったのに。パパに愛されているのはあたしだけなのに。ずるい、ずるい、ずるい!
学園に編入してからもあたしは平民の子として見られた。パパは男爵なのに! 悔しくて、婚約者のいる高位貴族の男の子に近づいた。そしたら皆あたしに夢中になった。男の子たちに婚約者を見返せた気がした。なのに、男の子たちに裏切られた。卒業パーティーで断罪された。それで、平民用の牢屋に入れられた。時間が経って、パパが来た。
「パパ! 迎えに来てくれたのね。早くあたしをここからだして」
「…お前は私の娘ではない。私の娘はリオニーだけだ。お前の罰が決まったから知らせに来たんだ」
パパが否定する。嘘よ! 嘘、嘘、嘘! パパに愛されたママの娘なのに。聞いた罰はひどかった。あたしを貴族の家の、しかもうざいリナリアの家の下働きにするっていうのよ。そんなひどい。あたしは悪くない。何もしてないのに…!
何も反省せず嘆いてばかりの彼女。罰が普通より軽く優しいことに気づかず、リナリアの生家・エヴェルス公爵家でも被害者面を続けて仕事をしなかった。そんな彼女の末路を知る者はもはやもういなかったとか。
王太子視点
今日は視察があり、妻となった愛しのリナリアの顔を見ることができなかった。寝室に入り、リナリアの寝顔を見る。
そういえば今日であの忌まわしき卒業パーティーから4年が経ったことになる。貴族は学園の卒業後、二年間見習い仕事をする。それが終わってから就職や結婚をするのだ。もちろん私とリナリアも17歳で結婚した。つまり今は19歳だ。あのパーティー後、例の男爵令嬢の……誰であったか。もうわからないが、あの令嬢、いや元令嬢はリナリアの生家・エヴェルス公爵家で下働きとなった。しかし消息がわからない。エヴェルス公爵家にいないとなると、今は死んでいるか、逃げたか。大した影響がないので忘れていた。つまり私はそれと関わることなく、リナリアと愛し合っている。もちろん仕事はしているがな。今はリナリアの妊娠がついこの間判明し、浮かれているところだ。側近とその婚約者の無事に結婚している。これで、リナリアと私の仲を邪魔するのものはいない。リナリアとの子供が楽しみだ。……楽しみすぎて浮かれ、レオンハルトに怒られているだなんてリナリアには言えないがな。
「明日、子供の名前を考えようね。」
そっと呟いて、私は目を閉じた。
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