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セミの鳴き声、隣の泣き声  作者: カルビちゃん
3/4

5限 数学と体操服

乙部さんだけが1人体操服。


みんなが制服を着ているのに体操服。


体育の時間でないのに体操服。 


しかもヨレヨレで年季が入った、いかにも「おもらしした子専用の」体操服。


保健室の体操服。


なぜ早退しなかったのだろう。


乙部さんは目を真っ赤にしながらお弁当を取り出し、ご飯を食べ始めた。しかし、昼休みはもう終わりだ。とてもじゃないけど食べきれる時間でない。


そうこうしているうちに5限のチャイムがなった。彼女はありったけのご飯を口に詰め込み、水筒のお茶で大量に胃袋に流し込んだ。その姿はまるで大食いクイーンのようだった。5限は数学だ。老年の男の数学の先生はデリカシーが無い。明らかにいつもとクラスの雰囲気が違うのに、お弁当を出したままの乙部さんをみるやいなや、いきなり叱りつけた。




「どうして食べてるままなんだ!」





乙部さんは黙ってしまった。動きが止まった。目には涙を浮かべている。


クラスは沈黙に包まれた。


すると隣の山田くんがいきなり答えた。



「高校生なのに4限にくっさいおもらしして、体操服に着替えてきたから時間がなかったそうです。」



その嫌味ったらしい言葉を聴いて乙部さんは硬直した。そして、その次の瞬間、いきなり大声を上げて子供のように泣き始めた。その涙はまるで滝のような大粒の涙であった。




山田くん、それは一番言ってはいけないこと。僕は彼に怒りを抱いた。何故どうしてそんなことがいえるのか。



こうして、最悪の形で午後の授業が始まった。今日は補講も含め8限まである。それでも、僕にはもうどうこうもできない。なぜなら、彼女の姿は僕のせいでもあるのだから。



皆の注目は、自業自得でおもらしした目が腫れている一人だけ異質な格好をしている少女に向けられている。ある人は哀れみの目をもって、ある人は好奇心の目を持って、ある人は嫌悪感を持って。


黒板に書かれてあるベクトルなんてそっちのけ、僕は乙部さんをじっと、しかしバレないように見ていた。乙部さんはとてもじゃないけど授業を聴いているとは思えなかった。僕の視線には気づいていないようだったが、恐る恐る周りをジロジロ見て、それから自分の服装を見て、そして、うつむく。



やっぱりみんな制服なのに一人だけ黄ばんだ体操服を着ている姿は恥ずかしいんだ。それも「保健室」の体操服。自分の体操服はおしっこまみれなんだ。きっと消えてしまいたい気持ちなんだろう。もっと泣きたい気分なんだろう。



僕はあってはならないことだが、乙部さんのそんな姿が愛しく思い、心がときめいた。僕はなんて悪い人なんだろう。

救われてほしいですね

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