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セミの鳴き声、隣の泣き声  作者: カルビちゃん
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4限英語の授業中

じりつくような暑い夏、校庭の木々に止まっているセミの鳴き声が絶え間なく聞こえてきてうるさい。


その音のせいだろうか。この授業が4限の授業で、僕のお腹が空いているせいであろうか。はたまた、嫌いな英語の授業だからであろうか?




授業に集中できない。





授業も始まったばかりなのに。

そんなこともあり、なんとなしに周囲を見渡してみる。

面白いことなんかないかな。そう思っていたときだった。


教室左奥の乙部さんと目があった。彼女は僕と目があった瞬間、恥ずかしそうに下を向いた。乙部さんもこの授業がめんどくさいのだろうか、落ち着きがないように見える。


彼女、乙部楓おとべかえではこのクラスで一番かわいい、という程ではないが、その端正な顔立ちで、実直な大きな瞳が、笑ったときに細くなるのが一部の男子からかわいいと言われている。そんな何の変哲もない高校2年の女子高校生だ。誰にでも親切でこのクラスで嫌いな人はいないと思うし、僕も彼女のことは嫌には思っていない、むしろ好意を抱いていた。


僕は他にやることもないので、授業そっちのけでなんとなく彼女を見つめていた。彼女は先程よりもソワソワしている。椅子とスカートの間に手を出し入れし、体は左右に少し揺れている。足も貧乏ゆすりをしている。


そんな子じゃないのに。

よっぽど退屈なのかな。


いや、そんなことないか。

僕はあらゆる可能性を考えた。そのふるまいから気づいてしまった。




彼女がトイレに行きたいのではないのかと。





そういえば、彼女は社会委員だった。今日は2限3限に社会の授業があって、普段は二人いる社会委員が一人欠席で、乙部さんが一人で授業で使う電子黒板やプロジェクターの準備や片付けをしていたのを思い出した。僕は助けてあげようと思ったが、年頃の男子が女子を手伝うなんて、友人に冷やかされるに決まってる。勇気を出せなかった。


もしかして、それで、トイレ行けなかったのかな。授業中だけど、仕方がないからトイレ行かせてもらえばいいのに。彼女の不自然な動きはますます露骨になりつつある。僕は周りを見渡した。真面目なことにみんな授業に集中している。


だれも乙部さんのピンチに気づくような素振りを見せない。彼女がいわない、言えないのなら僕が言おうか?いや、彼女がトイレに行きたいという確証はないし、冷やかされるだけだ。黒板の上のまあるいアナログ時計を見る。授業時間は残り30分だ。結構ある。


乙部さん大丈夫かな。


そうしているうちに彼女はペンを持たない左手でスカートの前を抑え始めた。ふと思い出した。僕は女子がおしっこを我慢している姿を見るのはこれで2回目だったことに。



その1回目は確か小学校5年生のときであったはすだ。その時もそうだった。じりつくような暑い夏だった。体育でポートボールをしていた時だった。同じチームの台の上に立っていた女子がおもらしをした。僕は試合に夢中で、彼女がおしっこを我慢しているなんて気が付かなかった。今思えばトイレに行こうとしていたのかもしれない。しかし、もらした彼女は背が高く、台の上に立つのに適していたので、僕を含めチームメイトは彼女がやってくれるもんだと思い込み、作戦会議で、発言できる機会を与えていなかった。


彼女がもらしたのは僕のせいかもしれない。


あとから体育教師が言っていたのだが、彼女はその日体調が悪かったそうだ。試合の中盤、彼女はいきなり足が震えだした。僕の学校の体操服は珍しい緑色のハーフパンツだったのだが、ハーフパンツが濃い緑に変色し、木でできた台の上は一気に黒色にそまった。彼女は泣いていた。保健室へ連れて行かれるとき、地面に座ってしまったせいか知らないが、彼女の緑のハーフパンツにはいつもよりも濃い砂の跡がくっきりと残っていた。




この事件は僕の人生に大きく刻み込まれていた。




乙部さんはいよいよ両手でスカートを抑え始めた。体は振り子のように小刻みに揺れ、足もくねっている。さきほどよりも顔は真っ赤になっている。


これは、そろそろ本当にやばいかもしれない。


考えろ、何かいい手段があるはずだ。考えろ考えろ。あっ、そうだ、彼女が体調が悪そうに見えるってことにして彼女が保健室に行きたそうです、と先生にいえばいいんだ。そうすれば救われる。僕は手を挙げてそのことを言うことに決めた。それでも、、




神様は僕と乙部さんを見放したのかもしれない。




運悪く僕は先生に当てられてしまった。


「この空欄に入る前置詞はなんや?」


授業を聞いていなかった僕はあわてて教科書をめくり、隣の友人に助けをもらいながらなんとか解答した。教室は「なんだよ聞いてなかったのかよ」と笑いに包まれた。ホッとして席についたちょうどその時だった。


教室の左奥から水のようなものの流れる音が聞こえた。


僕はハッとして乙部さんの方を見た。


乙部さんは顔を伏せて肩を震わせていた。その椅子からは雫が滝のように滴り落ち、足元には濃い黄色いおしっこが湖のように広がり、地面においた乙部さんの体操服袋だけではなく、隣のサッカー部の山田くんが大切にしている有名サッカー選手のサイン入りサッカーボールまでも濡らしてしまっている。そして、おしっこの匂いだろうか。かなり匂いがする。山田くんはおののき、大声を上げて机を離した。教室の全員は山田くんの方を見る。さっきの和やかな雰囲気が嘘のように教室はまるで時が止まったかのように静寂に包まれた。そんな中、乙部さんのかわいらしい泣き声だけが聞こえる。


セミの鳴き声なんて、もはや僕の耳には聞こえていなかった。



途中の話は実体験に加筆修正を加えました。ポートボール。思い出しました。

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