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4.留学生活は最高に楽しかったです。



 半年後、王立学院では滞りなく卒業式が行われた。

 卒業式後の卒業生と保護者、恩師を招いてのパーティーでも、婚約破棄や断罪などはおこらなかった。

 王太子イグニスは婚約者のオーレリアをエスコートして、パーティーを楽しんだらしい。


 卒業式に帰国しなかったエステルの元には、仲間たちから怒りの手紙が何通も届いた。

 特に王太子イグニスからの手紙は分厚く、卒業式に来なかったのが自分の告白のせいなら、気を回しすぎではないかとか、光の魔法使いを王太子の婚約者にという動きには王太子自らがストップをかけているので、帰国しても婚約させられるわけじゃないから心配するなとか。

 怒りと悲しみと、そして優しさにあふれた内容だった。


 だが、エステルは薄情なことに、彼等からの手紙に返事を書くことはなかった。

 この留学中に、彼等とは距離をおきたかったのだ。

 卒業式が終わり、エステルのゲームは幕を下ろした。

 彼等にゲーム世界の強制力がはたらくことは、もうないはず。

 一日も早くエステルへの恋心を忘れ、彼等には本当の恋を見つけてほしかった。





 仲間たちからの手紙が途絶え始めた一年後、エステルは王太子の婚約者オーレリアから分厚い手紙を受け取った。

 オーレリアとは、あのゲームの話を聞いたあと、一度も会っていない。

 留学先に落ち着いた後、王太子イグニスとのイベントは髪を切ったことによって不完全で終わったこと、卒業式には帰国しないので婚約破棄も断罪も心配しないでいいと、エステルから短い手紙を送り、オーレリアからそれに対するお礼の手紙があっただけ。

 元々が友人という関係でもなかったので、それでまったく気にしていなかった。

 逆にオーレリアから分厚い手紙をもらう心当たりがなく、エステルは首をかしげながら手紙を開いた。

 オーレリアの手紙には、王太子イグニスとの婚約を解消したことと、その理由が細かく書いてあった。


 卒業式の後、オーレリアは本格的な王太子妃教育に入った。

 侯爵令嬢として幼い時から教育を受け、王立学院でも優秀な成績だったオーレリアにとって、妃教育はそれほど難関ではなかった。

 王太子イグニスも、エステルにきっぱりと振られたのがよかったのか気持ちを切り替え、オーレリアの将来の夫としてあれこれと気を使って優しくしてくれたそうだ。

 妃教育は二年間の予定で、それが終わり次第、結婚式になる。

 誰もが、順調に結婚式を迎えられるだろうと思っていたのだが。


 この夏、エステルの母国は記録的な大雨に見舞われ、国土の中心を流れる大きな河川が氾濫するという災害があった。

 なぜ、この災害を予言出来なかったのかと、オーレリアへの疑問の視線が増えたのだという。


 これまで、オーレリアは国に起こる大きな災害を予言し、未然に防いできたのだそうだ。

 国の中枢では、オーレリアは予言の乙女と呼ばれ、とても大切にされていたらしい。


 予知は、光の使い手でも出来る者は少ない、ごくごく稀で特別な能力。

 オーレリアは光の使い手なのではないかと、国のお偉方は期待し、何度もオーレリアの属性検査をした。

 違うと結果がでてもあきらめきれず、この聖なる国の光の使い手たちに、問い合わせすらあったということを、エステルは留学してから知った。


 勿論、オーレリアは予言をしたわけではない。

 オーレリアからあのノートをもらったエステルにはわかる。

 ゲームの中で起きるイベントや選択肢に、そういった災害や事故が関わっていることが多かったからだ。

 エステルに恋する執行部役員の父親が全員、国の中枢にいるからだろう、イベントにそういったことが多く関係していた。

 きっとオーレリアは善意で、そういった災害に備えるよう、事故が未然に防げるよう、手を回したのだろう。

 オーレリアが幼い時の災害もあったので、その当時、オーレリアは予言をするのがどういうことなのか、ちゃんと理解できていなかったのかもしれない。

 幼いオーレリアは予知能力者だと大切にされ、それもあって王太子の婚約者に早々に決まったのかもしれない。


 だが、オーレリアが知っていたのは未来ではなく、エステルのゲームだけだ。

 ゲームに関係することは知っていても、それ以外のことはわからない。

 そして、ゲームは卒業式をもって終了した。

 あのノートの内容も、卒業式後のことには一切触れられていなかった。

 今後、オーレリアは予言をすることは出来ないのだ。


 オーレリアを予言の乙女としてちやほやしていたのは国の中枢で、オーレリアには予言者になったつもりなどなかったのだそうだ。

 だから、予言が出来なくなったオーレリアに冷たい視線が注がれても、それほど苦にはならなかったと、手紙には書いてあった。

 それ以上に困ったのは、自分では何も決められないことだと、オーレリアは嘆いていた。


 これまでは、正確な未来を知っていた。

 だから、いつでも正しい選択がわかっていた。

 決断に迷うことなどなかったし、いつだって正しい選択をすることが出来た。


 水害の後、河川の復旧をどこまですべきかで議論になった。

 決壊した堤防を直すだけか、より強固な堤防に作り直すべきか。

 強固な堤防にするほうがいいに決まっているが、よりお金がかかるし、人手も時間もかかる。

 それだけのお金と人手があるのなら、水害の被害にあった人々の救済策にまわしたほうがよりよいのかもしれない。

 だが、すぐにまた同じような大雨があれば、またすぐに堤防は決壊し、人々はさらに苦しむ。


 これまでなら、オーレリアには水害がまたすぐに起きるかどうかわかったのだろうから、どちらを選択すべきか即答できただろう。

 だが今は、わかるはずもない。

 それなのに、国の中枢は予言の乙女に決断を迫ってくる。出来ないと、拒否し続けるしかなかった。


 オーレリアは、どんな些細なことでも、自分で未来を選択することが怖くなった。

 子供のころから自分の選択に迷うということがなかったオーレリアには、未知のストレスだった。

 自分が正しい道を進んでいるのか、誤った選択をしていないのか、誰にも正解はわからないのに、そんなことばかり考えるようになってしまった。


 だが、王族というのは、国のために決断をするのが仕事だ。

 より効率的に実現するための方策を考え、実際に作業をするのは臣下たちの仕事で、意思決定をし方針を決めるのは王族にしか出来ないこと。

 オーレリアは自分に王太子妃は務まらないと、自分から婚約解消を申し出た。

 その頃には、かなり精神的に参ってしまっていたオーレリアに、国王や大臣たちも、すんなりと婚約破棄を受け入れてくれたそうだ。


『あなたがもし、イグニス殿下に恋をしていたのならと、私は何度も考えました。

 そんな風に考えたことはないとあなたは言っていたけれど、あなたが殿下を意識し始めるのは、あの最後のイベントの後だから。

 あの後、あなたが殿下との恋に目覚めていたのなら、私はあなたにひどいことをしてしまった。

 それだけ、私も死にたくなくて必死だったのだけど。

 申し訳なかったと思っています。本当にごめんなさい。


 私との婚約がなくなり、殿下の周囲は、光の魔法使いと結婚するべきだと騒いでいるわ。

 あなたの気持ちが何より大切だと、殿下は婚約話を進めないようにしているけれど。

 今も、殿下はあなたに恋をしている。

 その想いがゲームの名残りなのか、殿下の本当の気持ちなのか、私にもわからない。

 きっと、殿下ご自身にだってわからないのではないかしら。

 だからもし、あなたも殿下を想っているのなら、殿下に向き合って想いを確かめ合うべきだと思います。


 私も、あなたの幸せを願っています。


 オーレリア』





 エステルは、留学生活を力いっぱい楽しんだ。

 留学をして本当に良かったと、心から思う。


 聖なる国と呼ばれるグラン王国には、たくさんの光の使い手がいて、エステルは特別視されることがなかった。

 それどころか、十六歳になってこの程度の光の魔法しか使えないなんてと、グラン王国の同い年の魔法使いたちに笑われたぐらいだった。

 必死に勉強をした。魔法を学んだ。そして、友達といえる人々もたくさんできた。

 恋と呼ぶには淡すぎる、でもただの友人というには甘い関係になった男性もできて、何度かデートのようなことも楽しんだ。


 三年の予定だった留学は、エステルの強い希望で一年の延長が決まった。

 本当は何年でも留学を続けたかったが、母国からの帰国要請は日に日に強くなるばかり。

 光の魔法使いは国の防衛で中心的な役割を果たすため、エステルも政治について実践的なことを学んだ。

 なので、いつまでも母国の帰国要請を無視してはいけないことも理解していた。


 留学して四年後、エステルは帰国することを決意する。

 光の魔法使いとして超一流というお墨付きを貰い、『聖なる守護』も完璧にできるようになった。

 十六歳から二十歳になり、心も体も成熟した大人の女性へと成長したエステルは、帰国歓迎パレードをしたいという母国の要請を断固として断り、ひっそりと一人で帰国を果たした。




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