2.四人のこと、仲間だと思っていました。
翌週。
エステルの通う王立学院は、前期の授業をすべて終了し、二週間の長期休暇に入った。
全寮制の学院のため、生徒たちはこの休暇を利用して帰宅する。
生徒の九割が貴族の子弟のため、この日は迎えの馬車が学院の門前に押し寄せて大渋滞になるのが恒例だ。
休暇中の予定についての楽し気なおしゃべりが絶え間なく聞こえてきて、学院中がなんとなくうきうきとした雰囲気になっているが、エステルは一人、いつも通りに学院内の廊下を歩いていた。
エステルはいつも学院に残って過ごしていた。
この学院に入学してから、一度も帰宅したことはない。
特待生として学費免除でこの学院に通っている身としては、少しの時間も惜しんで勉強する必要があるというのは表向きな理由で、帰宅するのが憂鬱だったからだ。
家族は帰宅してくるなとは言わない。だが、家族にもう歓迎してもらえないことはわかっていた。
エステルの両親は、ごく普通の酪農家だ。
王都から離れた田舎に大きな土地を持ち、牛をたくさん飼っている。
裕福ではなかったけれど、つつましく生活していくのなら、家族が食べていくのに十分なお金と食べ物があった。
エステルも子供のころから当たり前のように仕事を手伝い、大人になっても同じような生活が続いていくのだと思っていた。
そんな生活が一変したのは、エステルに光の力があるとわかったからだ。
この国の子供たちは、十二歳になると、自らの属性と魔法力の有無を確認しなければならない。
魔法力が強い者は、勉強し訓練をすると魔法使いになれる。
王都にある王立学院では、魔法使いになるためのコースがあり、そこでまず基本を学ぶ。
きちんと基礎力を身に着けられた者は、卒業後、魔法省に就職して、そこでさらに専門的な魔法を学ぶことができる。
平民の子供でも、魔法力が強いと、国が学費を援助してくれて王立学院に通うことができ、努力次第で魔法使いになれる。
一人前の魔法使いはとても高給取り。貧しい家の子供は、自分に魔法力があることを夢見るぐらいだ。
だが、魔法力は遺伝がほとんど。
魔法を使える子供は貴族がほとんどで、平民で大きな魔法力を持って生まれてくる子供は少ない。
だが逆に、平民の子供で魔法力が有れば、貴族の養子になることも夢ではなかった。
そして、人は必ず、地、水、風、火、闇、光のいずれかの属性を持つ。
地水風闇の属性を持つ者は多く、火の属性はその半分ほど。
そして、光の属性を持つ者は、極端に少ない。
エステルは光属性だった。しかも、魔法力も膨大だと判定された。
光の魔法使いは、ほとんどいない。
時代に一人いれば幸運だと言われるぐらい。
この国では、光の魔法使いはもう三十年以上も不在だった。
光の魔法使いは神聖な力を使うとされる。他の属性の者たちと全く系統の違う魔法を使う。
もっとも有名な魔法が、『聖なる守護』。
これは国土全体を聖なる力で覆い、魔物の侵入から国を守ってくれる、光の魔法使いだけが使える強力な魔法だ。
とても力の強い光の魔法使いによる『聖なる守護』は、魔物だけではなく害意を持って侵入しようとする人間にも有効で、守護の中に入ってしまうと害意も戦意も喪失してしまうという。
エステルの母国は、三方を山に囲まれた、国土はあまり広くはないものの、気候に恵まれ、鉱山資源にも恵まれた、とても豊かな国だ。
当然、隣国からの侵略を受けやすく、三方の山からは魔物がよく下りてきて人を襲う。
そのため、とても強力な騎士団をいくつも持ち、常に国土を守護しているのだが。
光の魔法使いがいれば、その守護もかなり楽にできるようになるため、国は常に光の魔法使い出現を待ち望んでいる。
光の魔法使いだとわかった途端、酪農家の娘だったエステルは、王侯貴族のような至高の存在になってしまった。
田舎の村に、王都からきらびやかな使者がやってきて、エステルの前で頭を下げた。
エステルは国にとってとても尊い魔法使いなので、敬うように、大切にするようにと、家族にも周囲の人々にも言って回った。
酪農の仕事などとんでもない。料理などして手を怪我したらどうする。無教養の子供たちと遊ばせるわけにはいかない。
そんな調子で、エステルの周りから親しかった人々を遠ざけた。
ぴかぴかの甲冑を着た近衛騎士が迎えに来ると、エステルはこれまでの生活を諦めて、王都へとやってきたのだ。
だが、王立学院でも、エステルはやはり異端だった。
貴族の子供たちは、光の魔法使いがどれほど尊いか知ってはいたが、エステルが貴族ではない田舎者だということもすぐに見抜いた。
まだ十二歳の子供だ。多くは、エステルに関わらないように距離を置こうとしたが、異端分子を排除しようと思う者も一部だがいた。
そして、平民の子供たちにとって、エステルは手の届かない別格の光の魔法使いだ。
格が違うと、積極的に近づいてこようとしなかった。
学院でも一人になったエステルは、勉強に集中し孤独から目を背けようとした。
勉強を頑張ったエステルは、二年生の前期試験では筆記テストで学年二位の成績を収める。
そして、生徒会執行部の役員に選ばれた。
エステルはその執行部で、ようやく友達を作ることが出来た。
筆記テストでは常に一位の、宰相の息子ウォーレンは、怖いぐらいに頭の切れる人だ。
エステルが将来国にとって重要人物になることをよく理解し、さらにはエステルがとても努力していることを認めてくれた。
すぐに一緒に勉強をしてくれるようになって、自然と仲良くなれた。
騎士団長の息子アドルフは、武術体術において、王太子に次ぐ実力の持ち主。口数は少なかったが、とても公正な人。
エステルが一人で頑張っていること、真面目な性格をして誠実であることを見極めると、自然と信頼をくれた。
同級生にエステルが理不尽にからかわれていたりすると、さりげなく間に入ってかばってくれるようになった。
魔法省大臣の息子デールは、地属性のとても強力な魔法使い。
他に比較対象のいないエステル、光に次いで少ない火の使い手である王太子を別格とすれば、学院一の才能の持ち主だ。
子供の頃から大きすぎる魔法の才能に悩んでいた彼は、光の魔法使いなんてものになってしまったエステルの境遇に理解をくれた。
強大すぎる魔法力でデールもまた異端で、彼はエステルのよき理解者だった。
そして、王太子イグニス。
才能にあふれ、負けず嫌いで、物凄い努力家。
王家に遺伝している火の使い手で魔法力も強く、魔法使いの勉強もしていたが、基本的に彼は武人で、心も体も強靭だった。
エステル以外の役員は全員王太子の幼馴染だったこともあり、執行部での王太子はいつも自然体。
よく笑い、怒り、楽しそうで、エステルのことも当たり前のように仲間に加えてくれた。
そんな四人の仲間たちは、エステルがこの学院で初めて得ることが出来た友人だ。
四人とすごした十四歳から十六歳の二年間は、何事にも代えがたい輝かしい時間だった。
(ゲームのことなんて、知りたくなかった)
そんな四人がエステルと親しくしてくれたのは、ゲームの強制力のせいだと知ってしまった。
オーレリアからは、エステルのゲームのゴールやイベントについて、詳しく書いたノートを貰った。
執行部役員の四人とエステルがどういった経緯で親しくなっていくのか、エステルがどう選択すればゴール出来るのか、事細かに解説されていた。
そして、驚くほどに、書かれていたことはどれもこれもエステルが実際に経験してきたことばかりだった。
エステルにとって、執行部の四人との楽しい思い出も、すべて最初から決められていたことだったのだ。
楽しかったのはエステルだけで、彼等四人が本当に楽しかったかどうかなんてわからない。
楽しいと思うように、世界に強制されていたのだから。
この二年、毎日のように通っていた生徒会室の前に立ち、エステルはため息をつく。
執行部の仲間たちと会うのが、とても憂鬱だった。
オーレリアからとんでもない話を聞き、翌日からエステルは二日ほど授業を休んだ。
そして、週末の休みを挟んで、今日久しぶりに執行部の仲間たちと顔を合わせることになる。
(ちゃんと最後までやり遂げなくちゃ)
深呼吸して、エステルは生徒会室の扉を開ける。
生徒会室に集まっていた四人は、エステルを振り返り、絶句したようだった。
「え、どうして? どうして切っちゃったの?」
一番最初に口を開いたのは、魔法使いのデール。
ぱっと身をひるがえしてエステルに近づくと、エステルの周りをくるりと回って、肩の上でばっさりと切り落とされた金髪を色々な角度で確認した。
「勿体ない! すっごくすっごく綺麗だったのに!」
「ありがとう、デール」
エステルはまっすぐでさらさらな金髪を腰までのばしていた。
積極的に伸ばしていたわけではなく、切りに美容院に行くのが面倒だったからという、とても消極的理由だが。
髪質に恵まれたのか、長い金髪は特に手入れもしないというのに、いつもさらさらで枝毛などとも無縁だった。
「え、どうして? 失恋したわけじゃないよね?」
「違うよ。気分転換。心機一転? ほら、今日で執行部も引退だし、新しい進路に進むから」
最終学年四年生は、前期試験を終えた後、後期は卒業準備、進路決定のために個人活動になる。
それぞれの未来のために、準備に入るのだ。
執行部の役員も前期で引退し、二年生から新たに選ばれた役員と、一年間一緒に活動してきた三年生に引継ぎをする。
「短いのも似合ってる」
「ありがとう、アドルフ」
騎士団長の息子アドルフは、何も聞かずただそう言ってくれた。
宰相の息子ウォーレンは、前期試験の結果が出てから初めてエステルに会うということもあり、遠慮して近づいてこない。
そして、王太子イグニスはなんだか怒ったような顔でエステルを睨んでいた。
「留学するって話、本当なのかよ」
大股でエステルに近づいてくると、怒っている口調でそう言った。
他の三人はとても驚いている。知っていたのは、王太子イグニスだけだったのだろう。
黙っていられなくなったのか、宰相の息子ウォーレンも駆け寄ってきた。
「エル、留学ってまさか」
ウォーレンの問いかけに、エステルは頷いて答える。
「ええ。聖なる国へ、光の魔法を勉強しに行くことを決めたの」
この国には、三十年以上も光の魔法使いが不在だった。
よって、エステルに光の魔法を教えてくれる人がいない。
この王立学院で魔法の基礎は勉強出来たし、残されている光の魔法の教本で、ある程度の光の魔法を使えるようにはなった。
だが、『聖なる守護』がなんとか使えるというレベルでしかなく、魔物侵入を完璧には防げない。
害意ある人間まで排除できるという、最高レベルの『聖なる守護』など程遠いし、光の魔法には治癒や身体強化など、エステルがまだ学んでない魔法がたくさんある。
聖なる国と呼ばれるグラン王国には、多くの光の使い手がいる。
エステルはとても力の強い光の使い手だということが知られていて、聖なる国の魔法使いたちからぜひ勉強しに来るようにと声をかけてもらっていた。
貴重な光の使い手を留学とはいえ国外にだすことに、この国の中枢はあまりいい顔をしていなかった。
エステル本人も、遠い国まで出かけていくことに、踏ん切りがつかなかった。
執行部の仲間たちと別れて、一人で異国に行くことが、少し怖かったのだ。
だが、オーレリアからゲームの話を聞いて、エステルは留学をすることに決めた。
オーレリアに貰ったゲームのノートに、エステルが留学をするという結末はなかった。
あえてゲームとは違う未来を選択することで、世界の強制力というものから逃れられるのではと思ったのだ。
「もしかして、もうすぐに行くつもり?」
魔法使いのデールが、泣きそうな顔でエステルを見る。
「ええ、すぐに。だって、魔法省の試験を受けないし、卒業までの半年、私、やることなくなっちゃったから」
これから卒業までの半年、魔法省に就職を希望する魔法使い希望者は、就職試験と面接のための準備をする。
魔法省以外の省庁に就職希望の者、騎士団に入団希望の者、社交界にデビューしてよりよい縁談を探す者。それぞれが、希望する進路に進めるために準備をするのに、エステルは準備することがなくなった。
「ですが、エル。三年半も通ってきた学院ですよ。卒業前に辞めてしまうのは勿体ないと思いませんか?」
「大丈夫よ、ウォーレン。校長先生と話しをして、卒業は認めてもらえることになったの。すでに必要な単位はとっているしね。卒業式には、帰国して参加するつもり」
「突然すぎる。きちんと別れも言わせてくれないのは、薄情じゃないのか」
「ごめんね、アドルフ。卒業式に帰ってくるから。だから、お別れはまだよ。それに、一生留学に行っているわけじゃないから。帰ってくるから」
「当たり前だ」
王太子イグニスが、苛立ちの混じった口調でそう言った。
そして、強い目でエステルを睨んでくる。
いつものエステルなら、そんなイグニスに対し、おこりんぼうだの短気殿下だのと憎まれ口をたたき、睨み返してやっただろう。
だが、今日のエステルは、ただ何も言わず目をそらした。
「エル!」
イグニスの声にかぶさるように、扉にノックがあった。
生徒会の引継ぎに来た後輩たちだろう。約束の時間になっていた。
エステルはイグニスの視線を感じながらも、それを無視し、扉を開けるために歩き出した。