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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

見つかった犯人

作者: 毎日がエブリデイ

 ふと時計を見上げる。23時30分。もう少しで日付が変わる。男はため息をつき、机の上のペットボトルに手を伸ばす。中身はホットコーヒーだったものだ。すでに冷めきってしまった中身をあおるように飲み干す。眠気覚ましに買ったものだが、ここ数日ろくに眠れていない頭を覚醒させることはできなかった。睡眠不足の原因は机の上の資料、その内容だ。

 男の名前は木下孝一。捜査一課に所属する刑事だ。子どもの頃から刑事ドラマの登場人物に憧れ、希望した今の職場に配属されたのが3年前。ドラマのような出来事はもちろん滅多にないが、組織の一員として身を粉にして働き犯人逮捕に貢献できることにやりがいを感じていた。しかし、この1つの事件、いや『1つのはずだった事件』を前にして彼は立ちすくんでいた。5人の被害者を出した無差別殺人事件。彼はその事件の犯人を知っている。しかし同時にこの事件が迷宮入りすることもわかっていた。彼は生気のない、少し泣き出しそうな目を机の上に向け、今日何度目かわからない資料の見直しを始めた。



 1人目の犠牲者、葛城皐月。21歳の大学生。マンションの一室で首や背中を刃物で滅多刺しにされ、床にうつ伏せているところを発見された。検死にて血中から多量の睡眠薬が検出されている。大学の友人2人とクラブへ行ったが、いつの間にかいなくなっておりその後の足取りは不明。マンションも彼女の家から駅3つほど離れたところにあるものであった。


 2人目の犠牲者、那珂川幸太郎。54歳のホームレス。高架下で生活をしているが、200mほど離れた路地裏で殺害された。死因は窒息。ロープのようなもので背後から首を絞められていた。死亡推定時刻の少し前に路地裏近くの店で飲酒しているのを目撃されている。同じく高架下で生活している者たちは、被害者は普段その店に行くことはなかったと証言している。


 3人目の犠牲者、相楽源蔵。78歳。妻と死別し独居であった。ゲートボールクラブに所属し、殺害された日も公園で仲間とゲートボールを行った。1人で帰宅している途中に鈍器で頭部を殴打された模様。複数回殴打されており、強い恨みを持ったものによる犯行が疑われたが、クラブのメンバーに聴取した範囲では恨まれるようなことをする人物ではなかったようだ。


 4人目の犠牲者、齋藤陽菜。8歳の小学生。同級生3人とともに下校し、自宅まで100mほどの地点で別れた。その後その地点から自宅を通り過ぎさらに300mほど離れた貯水池で溺死しているところを発見された。当初は事故と考えられたが、検死にて体表に2点の火傷が認められ、スタンガンによる傷痕と判定された。何者かに気絶させられた後に貯水池に投げ込まれたものと考えられる。


 5人目の犠牲者、竹中遼。33歳の会社員。通勤で混み合う駅のホームで、突然腹部を複数回包丁で刺された。すぐに救急搬送されたが、搬送先の病院で死亡した。周囲には多くの客がいたにも関わらず、犯人は目撃されていない。



「犯人は目撃されていない、か…」

資料に目を通しながら呟く。そんなことがあるだろうか?いや実際にはそんなことはなかった。1人の男がその場で取り押さえられていた。男の名前は松木明。28歳でWEBデザイナーとして働いていた。他でもなく木下が4日前に取調べを行い、5人の殺害を自白したのを聞いている。それでもこの事件は迷宮入りする。なぜなら松木は3日前に消えてしまったからだ。といっても逃亡したわけでも、死んだわけでもない。


存在そのものが消えてしまったのだ。木下の記憶以外から。


 木下は自分のメモと被害者の資料を見比べる。1人目の被害者が殺害されたマンションは松木が住んでいた部屋だった。しかし、捜査資料ではなぜか空室になっている。2人目の被害者は店で松木らしき人物と飲んでいたとの目撃情報があり、3人目、4人目の被害者は殺害直前に不審な男が後をつけているのを目撃されていたはずだったが、いずれも捜査資料には記載されていない。5人目に至っては言わずもがなだ。それ以前にこの5件の殺人事件はそれぞれ別の事件として捜査されている。被害者同士に接点がなく、殺害方法も異なるからだ。これらの事件は同一犯による犯行で犯人は捕まっていたはずだ。そう何度も訴えたが、働きすぎて幻覚を見たんじゃないかと心配される始末であった。数日休むように厳命されたが、松木を見つけるべく昼夜問わず駆けずり回り、得られた情報はやはりこの世界に松木明なる人物は存在しないということであった。


「はあ…」

この数日で何度ついたかわからないため息をつく。そして最後の自分のメモに目を落とした。それは4日前に行ったはずの取調べにて、松木が語った犯行動機について記したものだった。最初は荒唐無稽な内容に精神鑑定も必要かと思ったものだが、現在の状況からするとこれを信じざるを得ない。



以下連続殺人犯 松木明の独白


刑事さんはかくれんぼってしたことがありますか?…あっ、その前にお二人の名前を教えてもらえないでしょうか?人のことを役職名で呼ぶのがどうも苦手で…木下さんと渡部さんですね。ではあらためて、木下さんと渡部さんはかくれんぼをしたことがありますか?…そうですよね。幼少期に皆さん経験があると思います。実は昔かくれんぼをして不思議な出来事が起こったんです。小学2年生ぐらいのころだったと思います。一通りかくれんぼをやった後に友人の1人が、

「始まる前より1人増えてない?」

と言い出したのです。見つからない人がいるならまだしも、人が増えるなんてありえないですよね。しかもその時のメンツはみんな小学校入学からよく見知った間柄だったので、勘違いだろうってことで話は終わりました。…この話を思い出したのは4日ほど前に同僚と飲んだあとです。同期入社で割と仲のいい奴でした。彼が青い顔をして

「相談がある」

と言ってきたので、仕事帰りに近くのバーに行ったんです。彼の話の切り出し方が、

「君の隣の席の女の子なんだが…」

ってな感じだったので、恋愛相談かと思いました。私の隣の席は3年くらい後輩の女性でした。いろんな動物の鳴き声のモノマネがうまくて、入社直後の歓迎会で披露していたのを覚えてます。肝の座った子だなと思いましたよ。…すみません、脱線しましたね。同僚の話でした。てっきりその子のことが知りたいと言われるものかと思ってたんですが、

「3日ぐらい前に急に現れなかったか?」

と言い出したんです。始めは言葉の意味がわかりませんでした。隣の席の子は入社してすでに3.4年ぐらいは経ってますし。彼女がモノマネを披露した歓迎会には同僚も出席していて、彼もそのことは覚えていると言いました。それでも突然現れたと感じていて、それなのに過去の記憶もあることにとてつもない違和感と恐怖を抱いているようでした。私は疲れているんだろう、今日は早めに休んだ方がいいと伝え、その場は解散となりました。その日の深夜、その同僚から電話がかかってきたんです。日付が変わったぐらいだったと思います。電話をとると彼が

「助けてくれ!見つかった!」

と叫ぶ声が聞こえて、そのまま電話は切れました。流石に只事ではないと感じ、すぐにかけ直そうとしたんですが、できませんでした。


なかったんです、通話記録が。


それどころか電話帳にもメールのアドレス帳にも彼の項目はありませんでした。飲み会の写真なども見てみましたが、写っていたはずの彼の姿はどこにもありませんでした。翌朝すぐに職場に行きましたが、彼の姿はありませんでした。というより席もないし、彼を覚えている人もいないし、元から存在していなかったかのように消えてしまってたんです。その時思い出したのが、小学生の頃のかくれんぼの話でした。それまですっかり忘れていたんです。なぜかって?


1人多くないかと言った友人はその3日後に消えていたからですよ。


同僚のことがあるまで気がつきすらしませんでした。しかし気がついてみると今までの人生で突然存在ごと無くなった知り合いや友人が何人かいることに思い当たりました。…正直とても怖かったですね。今でも怖いです。その日は仕事も手につかず、夜は浴びるように酒を飲みました。少しでも気分が晴れるようにとクラブにまで足を伸ばしました。一通り楽しんだ後は全部気のせいだったんじゃないかと思えるようになっていましたね。もうこのまま家に帰って寝てしまおう、そして忘れようと考えてたときに、女の子2人組が目に入りました。大学生ぐらいかな?とかぼんやり考えながら目で追ってたんですが、


突然2人組が3人組になったんです。私の目の前で。


1人合流したわけではないですよ。元から3人いたように会話してるんですよ。何より恐ろしいのが、突然1人増えたと認識している私自身にも最初から3人組だったという記憶があることなんです。私は小学生の頃の友人と会社の同僚のことを思い出してました。2人は突然現れた人を認識したのちに消えてしまった。このままでは私も消えてしまうかもしれない。どうすればいい?私の出した結論はこうでした。


増えた人を消してしまえばいい


そのあとは先程お話しした通りです。クラブで増えた女子大生を殺し、街中で私の目の前で増えたホームレスとお爺さんと小学生の女の子を殺し、駅で男性を殺しました。間違ったことをしたのだと思います。許されないことをしたのだと思います。でも私はどうすればよかったんでしょうか?私がただ狂っているだけなんでしょうか?どう思いますか、木下さん、渡部さん?…っ!ド、ドアの側にいる刑事さんのお名前は聞いてなかったですね…いつから…いや最初からいらっしゃいましたね…はぁー、はぁー、はぁー



 取調べの様子は今でも鮮明に思い出せる。最後は松木が過呼吸を起こし、中断となった。松木の取調べには自分を含めて3人が携わった。しかし、松木は始め2人しか名前を聞かなかった。あの部屋には死角なんてない。松木が3人目に気がつかなかったはずはない。もしかするとあの中で急に1人増えたのか?馬鹿馬鹿しいと一笑にふしたいところだが…木下は隣の机に目を向ける。1年先輩の山上さんの席だ。捜査一課に配属当初からなにかと指導してもらっている先輩であり、


3日前に突然現れた先輩でもある。


ここ最近の寝不足の原因はこの事件によるものだったが、1番の要因は恐怖だった。自分はどうなってしまうのか?松木の会社の同僚の「見つかった!」とはどういうことなのか?考えれば考えるほど訳がわからなくなる。連続殺人を犯した松木の気持ちが痛いほどよく理解できた。



何か気配を感じ振り返る。目の端に映った時計は0時を指していた。振り返った先には何もなかった。いや、何故か全身で『何もないものがある』ことが理解できた。頭の中で声ではない何かが響く。


ミ…ツ…ケ…タ…


その瞬間理解した。『この世界』に見つけられたものはこの世界に現れる。それこそ元からあったかのように。そしてそれに違和感を覚えるものは別の何かに見つかりやすくなるのだ。見つかったらこの世界から消えてしまう。別の世界に現れるようになるのか、それともただただ存在ごと消されてしまうだけなのか。それはわからない。だが、抗えないことだけはわかる。木下は諦めとそれ以上の恐怖に全身を震わせながら、せめてもの抵抗として固く目を瞑った。




おはよう

おはようございます

木下は…まだ来てないのか

木下?誰ですか、それ?

おいおい、数日休みだったからってそれはひどいだろ。ほら、そこの席の…あれ?木下の机がないぞ?

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