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ラストフィルム  作者: 松風いずは
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青春の旅路

永い永い回想から戻ってきた俺は椅子に寄りかかり長い溜め息を吐いた。まるで、本当に高校時代にタイムスリップしていたように感じた。忘れかけていた宝箱を開けたような嬉し懐かしい感情が俺の心を駆けめぐっていた。俺は卒業アルバムを閉じた。卒業してから既に20年が経過している。ここまでも色々なことがあった。それでも俺が頑張ってこれたのは間違いなく片桐汐里のお陰だと言える。

その時、家のドアが開く音がした。

「ただいまー」

数秒後ビニール袋をテーブルに置く音が聞こえた。俺は部屋を出た。

「おかえり」

「お昼ご飯買ってきたよ」

「ありがとう」

「どう?準備は進んでる?」

「まぁまぁだな」

「その言い方は進んでないな。引っ越しは三日後なんだよ。間に合うの?」

10年も一緒にいれば嘘もすぐにバレる。もっとも、彼女には初めから嘘など通用はしなかったが。

「つい懐かしい物を見つけちまってよ」

「何?」

「ちょっと持ってくるよ」

俺は一旦部屋に戻り、卒業アルバムを手にリビングに戻った。

「これ」

卒業アルバムを机に置いた。

「うわー。懐かしいなー」

汐里が声をあげた。

「ついつい開いて見ちまったよ」

「あはは。確かにこれは見たくなるね。私達が卒業してからもう20年も経つんだね。早いものだなぁ」

汐里も懐かしそうにパラパラとページをめくり始めた。

「わっ。サブロー全然変わってないね。私はやっぱり老けたかな」

「20年も経って老けなかったらそれはもう化け物だろ」

そうは言うものの、汐里は同世代の女性にして綺麗すぎると思っている。俺が旦那だから言ってるのではなく本当に綺麗なのだ。

「修学旅行覚えてる?」

「もちろん」

「伏見稲荷でまた旅行行けたらいいねって言ったよね」

「そうだな」

「付き合い始めてすぐに行ったよね」

俺と汐里が付き合い始めたのは22歳の時だった。念願だった建築家になった俺はすぐさま汐里に告白した。そして、付き合い始めたのだ。そして、付き合い始めて半年くらい経って初めての旅行に出掛けたのだ。その場所が京都だった。

「あれから行けてねぇな」

「今のサブローの仕事が落ち着いたらまた計画しようか」

「そうしよう」

「懐かしいなぁ。皆元気にしてるかな」

片桐が遠くを見るように言った。

浩介は二十歳を迎えた時からホストをやり始めた。天職だったのだろう、歌舞伎町界隈では名の知れたホストとしてぶいぶい言わせた。今は結婚して定職についてる。何度も浮気して別れそうになったが、結婚して子供が生まれてから人が変わったかのように良い旦那良いパパになっている。やはり根は良い奴なのである。たまに俺達の家に遊びにきては豪華な手土産を家に置いていく所は輝かしいホスト時代の名残なのだろう。哲平は会社をおこしてその社長になった。業績も順調で今や期待の若社長として辣腕を振るっている。たまに、三人で飲むこともあり友情は今も続いてることが俺の誇りでもあった。

「そうだ。最後のこのメッセージ覚えているか?」

俺は最後のコメントが書かれているページを見せた。

「例の賭け?」

「ほら、俺達の高校に伝わるジンクスが本物かどうか確かめるって言ってたじゃねぇか」

「あ、ああ。あれか。そんなジンクスもあったね」

片桐の声に少し動揺が見られたような気がした。

「結局、どうなんだ?」

「んー。まぁ流して良いんじゃない?二人とも忘れてたみたいだし」

「ま、そうだな」

「ねぇ、明後日。少し遠出しない?」

「え、でも、準備が」

「今日と明日で終わらせれば良いじゃない」

当たり前だと言わんばかりの口調だった。

「間に合うかな」

「間に合わなかったら一人で行ってくるね」

「分かったよ。終わらせるよ。それで、どこに行きたいんだ?」

「陽二さんに会いにいこうよ」

「陽二さんに?」

「アルバム眺めてたら思い出して会いたくなっちゃった。どう?」

「良いな。今どこにいるんだっけ?」

「確か、年賀状があったはず」

汐里はリビングにある年賀状をしまっている棚を探り始めた。

「あ、あった。あった。今は浪花っていう町でカフェを開いてるみたいだね」

「ちょっと見せて」

「はい」

年賀状には達筆な文字が並んでいた。陽二さんと会ったのは確か結婚の報告をしに行った以来だった。あの美味しいミルクティーを飲みたくなってきた。

「この浪花ってどこら辺だ?」

「えーとね、ここから車で二時間半くらいの所だよ」

汐里がスマホで検索してくれた。今の時代は本当に便利になったとつくづく思う。

「そうか。そこまで遠くはないな」

「そうだ。浪花に行くなら次いでに行きたい所がいくつかあるんだけど良いかな?」

「どこだ?」

「まぁ大した所じゃないんだけど」

そう言って片桐が告げたのは意外ないや、俺達にとっての思い出の場所だった。

俺達は何とか引っ越しの準備を二日で終わらせ、いよいよ陽二さんに会うために車に乗った。乗っているのは黒のミニクーパー。一級建築士に合格した時に自分へのこ褒美で買ったものだった。浪花への道程は自然と高校時代の思い出話しになった。くだらない話しから、少し照れてしまう話しまでたくさん話した。高校生に戻ったような華やいだ時間だった。

浪花は素敵な町だった。陽二さんにがこの町を選んだのも分かる気がした。久々に会った陽二さんは少し頭に白髪が増えていたが、相変わらず気さくでカッコいいおじ様だった。今は結婚して奥さんと二人で経営しているそうだった。奥さんであるかなえさんも美人で優しく明るくて良く笑う素敵な人だった。初めて会った俺達のこともまるで昔からの知人かのように相手をしてくれた。陽二さんはこの町が本当に気に入っているようで、どうやらここを最後の町として可能な限り喫茶店をやっていくそうだ。せっかく来たので、十数年振りに陽二さんの作ったミルクティーを飲んだ。俺達が飲んでいた頃から変わらない優しくて暖まる味だった。

二時間ほど当時の昔話しで花を咲かせた。今まで知ることのなかった陽二さんの悲しい話しも聞くことが出来た。途中で一組の男女が入ってきた。二人とも中学生くらいだった。最初に思ったのは、その二人の顔面偏差値の高さだった。どちらもアイドルかと見紛うくらいの美形だった。それにしても、中学生が喫茶店に来るなんて随分と背伸びした中学生だと思っていたが、何とその二人は小さい頃からこの店に通う常連だった。その二人は仲良くメロンクリームソーダを頼んでいた隣で汐里があの二人凄い美男美女カップルだねと耳打ちしてきた。俺は激しく頷いた。かなえさんがメロンクリームソーダを持っていくと女の子の方が嬉しそうな声をあげた。そして、男の子の方は自分のアイスの上に乗っているさくらんぼをその女の子グラスに移した。女の子は更にはしゃいだ声を出した。男の子はそんな様子を優しく見つめていた。俺はああ可愛いなと思い、思わずクスッと笑ってしまった。その声が聞こえたのか、男の子がこちらに目を向けた。目が合った俺は一瞬動揺したものの、すぐに親指を立てた。すると、彼は同じように親指を立ててくれた。一見冷たい印象を与えるが、内心は優しい男だとすぐに分かった。彼はすぐに彼女に目を移し、楽しそうに会話を始めた。途切れ途切れに会話が耳に入り、男の子がりょうと呼ばれ、女の子の方がなつと呼ばれいることまで分かった。

そろそろ良い時間になったため、また必ず会いに来ると約束して、俺達は陽二さんと別れを告げた。最後に例のカップルにを一瞥した。もう二度と会うことはないのに、勝手に二人は幸せに結ばれてほしいなと思った。この時は、いつか彼の見つけた恐竜の化石を収容する博物館を自分が建てることになるとは夢にも思っていなかった。

浪花を後にした俺達は汐里が行きたいと言っていた場所にやって来た。そこは汐里がかつて住んでいた町の最寄り駅だった。俺が初めて汐里にプレゼントを贈った場所だ。

「うわ。凄い綺麗になってる」

俺が座っていたベンチはどうやら撤去されている。少し残念だと思った。

「駅舎を改築したみたいだな」

「私の知らない駅みたい」

「そうだな」

「ねぇ、ここでクリスマスプレゼントを渡してくれたの覚えてるよね?」

「もちろん」

忘れられるはずがない。

「私があの時、初めてのクリスマスプレゼントだって言ったのは?」

「ああ、そう言えばそんなこと言ってたな」

15年も前なのに良く覚えているものだなと感心した。

「あれはね、好きな人に初めて貰ったって意味だったんだよ」

「そうゆうことだったのか」

どうして当時の俺は汐里の気持ちに気付いてやれなかったのだろうと思う。

「あの日は本当はどれくらい私のことを待っててくれたの?」

「え、えっと、20分くらいかな?」

「嘘はダメ。ちゃんと答えて」

「実は二時間半以上・・・・・・」

「やっぱりね」

「どうして嘘って分かったんだ?」

「最初から分かってたよ。けど、そこで嘘だって指摘しても、せっかくのサブロー強がりを台無しするのも良くないって思ったから、信じたふりをしたんだよ」

「ちぇ」

「でも、嬉しかったのは本当だよ。今でもあのクリスマスプレゼントに敵うプレゼントは無いかも」

「そんなに嬉しかったのか?」

「うん。やっぱり初めてって特別だよね」

汐里のその言葉に嘘が無いことを俺は知っている。何故なら、汐里は今でも俺があげたブックカバーを大切に持ってくれている。ボロボロになって使えないのに、袋に包んで宝箱にしまってくれている。

「俺もある意味初めてのものをもらったよな」

「ほっぺたにキスしたこと?」

「そう。あの日は嬉しさと戸惑いで寝ることが出来なかった」

「だろうね」

汐里が小さく笑った。

「さ、次の場所に行こうよ」

「ああ」

俺達は車に乗り込み次の場所に向かった。今日はまるで思い出旅行だなと運転しながら思った。汐里も同じようなことを思っていたらしい。

「こうして思い出を巡る旅に出掛けるのも楽しくていいね」

「そうだな」

「サブローは高校生に戻りたい?」

難しい質問だった。俺の人生において高校三年間は一番楽しくて輝かしい瞬間だったと間違いなく言える。戻りたいからと言われればそうとも思えた。しかし、戻りたいと思うのは今掴んでる幸せを否定することになるような気もして複雑な気持ちだった。

「戻りたいって気持ちはどこかにあるかもしれねぇ。だけど、やっぱり今が一番幸せだから、戻りたくはないな」

俺の答えが意外だったのか、汐里は少し驚いた表情をした。そして、微笑みを浮かべた。

「良かった」

汐里はその一言だけ言った。嬉しさの中に安堵も含まれているようだった。

「汐里は戻りたいか?」

「そうだなぁ。私も戻りたいとは思わないかな。けど、あの辛い事実を忘れられるってなると、戻りたい気持ちもあるかな」

「そうか」

俺はチラッと汐里を見た。どこか悲しそうな瞳をたたえていた。汐里の言う辛い事実とは、俺達の間に子供が居ないことが関係している。あれは結婚して二年目。中々、子供が出来ない事を不安に思っていた汐里は、ある日俺に知らせずに一人で産婦人科に行った。そこで告げられたのは残酷な事実だった。早い話、汐里は子供が出来ない身体だったのだ。その事を一人で知った時の汐里の気持ちを考えると、胸が張り裂けそうだった。どうして、俺はその場に居てやれなかったのだろうと今でも後悔している。汐里は子供を心から欲しがっていた。何故なら、夢の一つに自分のおばあちゃんみたいなおばあちゃんになることがあったからだ。だが、その夢は奪われてしまった。俺が仕事から帰ってくると、自暴自棄になった汐里が待っていた。普段、滅多に飲まないビールの空き缶が何本も床に転がっていた。汐里は俺を見た瞬間に号泣しながら、何度も何度も謝ってきた。あれほど取り乱した汐里の姿は後にも先にもそれだけだった。離婚しても構わないと言われたが、俺にはそんな考えは一切浮かんでなどいない。例え、汐里が体の動かない汐里でも目を覚ますことのない汐里でも俺は愛してると伝えた。汐里はそっと涙を流し、ただ一言ありがとうと言った。元気を取り戻すのには、少し時間がかかったが、今は立ち直ることが出来た。そして、こうして今を幸せに過ごしている。ただ、今でも子供見掛けると汐里の目には慈しみと罪悪感が混ざったような目をする時がある。

「さ、着いたぞ」

俺達が向かった先は同じ机を並べて一緒に過ごした母校だった。全ての始まりであり、俺にとっては青春の頂とも呼べる場所だった。

「学校は全然変わってないね」

「体育館の方は屋根の色が変わってるな」

「本当だ。塗り直したんだね。まぁ私達の時からボロかったもんね」

「少し中に入ろうか」

「え、良いのかよ」

「今日は土曜だし、OBだって言えば大丈夫だよ」

俺達は職員室に向かった。最初は怪訝そうな顔をされたが、この学校に通っていないと分からない事を話したら信じてもらえた。校内に入った俺達はどちらから言うこともなく自然と教室に向かっていた。

「懐かしいなぁ」

「教室ってこんなに小さかったっけか?」

ひどく狭く感じるのは何故なのだろうか。

「普段、大きい部屋を見慣れてるから、小さく見えるんじゃない?」

「そんなもんか」

「やっぱり私達はこの席だよね」

汐里は窓際の一番後ろの席にスーッと近寄った。

「初めて会話したのは汐里が日直だったな」

「あーそうだったねぇ。私が黒板を消してたら、後ろから声をかけられて驚いたもん」

「俺も声をかけるなんて思ってなかったけどな」

「けど、お陰で朝の占いが本当なんだって信じちゃったけどね」

「何の話だ?」

「あの日の、朝の占いの私の星座のラッキーアイテムが黒板消しだったんだよ」

「おいおい。マジかよ」

「朝見てて私も本当にって思った。けど、本当にそれがラッキーアイテムになって内心凄く驚いてたよ」

「そんなこともあるんだな」

「まぁ、あの日以来は全く当たらないから、本当に偶然の偶然だったと思うけどね。けど、その偶然が無ければ私達はこうして一緒にいられなかったかもしれないね」

汐里がしみじみと言った。

たった一つの偶然が運命を決めるとは良く言ったものだと俺は思った。あの日、勇気を出して声をかけた自分自身に対して心から感謝をした。

学校を後にした俺達は帰宅しようとした。しかし、汐里がもう一つ行きたい所があると言い出した。そして、その場所へは自分が運転すると言い出した。

「サブローは着くまで目開けないで」

「は?」

「いいから閉じて」

俺は逆らうことなく言う通りにした。こう言う時は逆らっても良いことが無いことをこの10年間で嫌と言うほど分かっていた。

「着くまで開けちゃダメだよ」

「分かったよ」

俺がそう言うと、車が動き始めたのを感じた。一時間程走っただろうか。車が停まった。

「目を開けていいよ」

汐里から許可が出たので目を開けた。窓の外の景色を見た。しかし、コインパーキングと言うことしか分からなかった。

「さ、降りよ」

汐里がシートベルを外して外に出た。

俺もすぐに外へ出た。しばらく歩くと、ある道に出た。そこは坂道だった。

「この道は・・・・・・」

「分かった?」

分かるに決まっている。何故なら、この坂道は俺達の新しい家へと続く坂道なのだから。

「どうしてここに?」

「とにかく登ろ」

汐里が俺の手を握った。

夕陽を背中に浴びながら坂道を上りきると、一軒家が並ぶ住宅街へと入った。その一角に真新しい二階建ての一軒家があった。そこが俺達の新しい家だった。つまり、俺と汐里の願いが叶った場所でもある。

「着いたー」

「明日には引っ越してくるのに、どうして来たんだ?」

「突然、見にきたくなったんだ。私達の叶えた夢を」

「明日からいくらでも眺められるじゃねぇか」

「そうだね。自分でもどうしてだろうって思ってる」

「まぁ良いけどよ」

「ここまで来るまでに色々なことがあったね」

「そうだな」

「覚えている?三年生の文化祭準備の最終日にサブローが一緒に帰るのは今日が最後かって私に言ってきたの」

「ああ。何となく」

本当に細かい所まで覚えている。どうしてそこまで記憶が良いのだろうかと不思議に思うほどだ。

「確か、私はこう言ったよね。今はそんなに一緒に帰らなくても大丈夫だよって」

「多分」

朧気ながらも思い出してきた。一緒に帰れないのを心の中で嘆いた気がする。

「あれはね、いつか必ず毎日のように一緒に帰れる日が来るからって意味だったんだよ」

「そうだったのか。ん?てことは、その時から俺と結婚することを想像していたのか?」

「そうだよ。その時からじゃないけどね」

「いつからだよ」

「サブローのことを好きになった日からに決まってるでしょ」

俺は不覚に照れてしまった。この年で照れるのは何か恥ずかしかった。

「あ、照れたね」

「う、うるせぇ」

「どうしてこの場所に来たかったのが、分かった気がする」

「何だ?」

「サブローにありがとうって言いたかったんだ」

汐里は俺と向き合うように立った。

「私の無謀な願いを一途に追い続けてくれありがとう。そして、こんな私を愛してくれてありがとう」

汐里の真っ直ぐな言葉は俺の心に突き刺さった。

「俺の方こそ・・・・・・俺の方こそ汐里には感謝をしてる。ダメダメだった俺を真っ直ぐに導いてくれた。この先も汐里を幸せにするって約束する。だから、これからも俺と一緒に歩んでくれ」

汐里と数秒間見つめ合った。そして、人生で二度目の清水の舞台から飛び降りる覚悟で言った。

「汐里・・・・・・愛してる」

「サブロー・・・・・・私もだよ」

汐里が瞬きをした瞬間、一筋の涙がこぼれ落ちた。汐里はそっと俺に近づき背中に腕を回した。俺は汐里の体を強く抱き締めた。


思い出旅行から帰ってきた深夜。私はサブローを起こさないようにそっとベッドから抜け出して自分の部屋へと向かった。部屋に入り、私の宝物がしまわれている箱を取り出した。自分の机にその宝箱を置き、その中から写真の束を取り出した。その写真の束の内容はいつかサブローにも贈った修学旅行の写真だった。中身はサブローと同じだが、一枚だけサブローに送ってない写真がある。その写真は一番下にあった。その写真とは新幹線の中で撮った二人の写真だった。私はそれをしげしげと眺めた。最初で最後のサブローに嘘をついたあの瞬間。撮る前に最後の一枚じゃないと言ったけど、本当は正真正銘のラストフィルムだった。何でもない振りをしていたけど、あの時程緊張したことはなかった。もし、上手く撮れなかったら、自分も上手く笑えているだろうかと不安で一杯だった。

サブローに例の賭けの話しをされた時は少し戸惑った。もちろん私は忘れてたことはない。これからも忘れることはない。だから、嘘をついたのはこれで二回目になる。いっそ本当のことを話してしまおうかと思った。だけど、まだダメだと堪えた。私はあのジンクスは本物だと信じている。もし、ジンクスが嘘ならば私はサブローに負けてしまう。それは言わば今の幸せが壊れることを意味している。ジンクスが本物と証明するためには私はサブローと一緒に幸せにならなければ意味がない。サブローにはいつ話そうか。死んだ後でも、サブローと一緒になれるならその時で良いかとすら思っている。ただ、言えることは私は今幸せで、あのジンクスが本物だと信じ続けることだ。

私は瞳を閉じた。瞳を閉じれば高校時代からサブローと過ごしてきた日々が鮮明に思い出される。目を開けるとまた涙が出てきた。年を取ると涙腺が弱くなって困る。私が泣くとサブローが一大事かのように慌てるからだ。涙を拭って、丁寧に写真を宝箱にしまった。宝箱を元あった場所に戻した。部屋を出る時、一度宝箱の方を振り返った。

「またね」

自然とそう言っていた。私は私を笑い、部屋の明かりを消した。


今の私でもサブローのどこに惚れたのかと聞かれてもはっきりとは分からない。ふと笑った時のくしゃっとした笑顔と言われればそうだと言えるし、誰よりも純真な心を持っている所と言われればそうとも言える。それ以外にもたくさんある。ありすぎて分からない。ただ、一つだけ分かっていることがある。私はサブローの全てを愛してる。

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