プロローグ
「うるせえな!!静かにしろよ!!」
キン、と鋭いもので突かれたような感覚が、罵声と共に華音の耳を突き抜けていった。車内からはフッと人の声が消え、自分達を乗せた電車の走行音が聴覚を占有する。
罵声の主は、目の前の小学校低学年ほどの子供を睨みつけ、そしてはっと我に帰ったかのように顔を歪ませる。先程までスマホを弄っていた母親が無言で子供を抱き寄せ、汚いものを見るかのような目で男性を侮蔑しながら、隣の車両に消えていった。
数瞬置いて、車内は氷が溶けるように、また話し声で埋まっていく。
「物騒な世の中ね」
「相手は子供でしょうに‥少しの間すらうるさいのを我慢できないのかしら」
そんな会話が目の前から聞こえてくる。その声は耳から入り、霧が広がるように体内を鈍くまわっていく。体が重かった。華音は声以外の周波を抑制するデジタル耳栓を外し、ワイヤレスイヤフォンに付け替え、聞こえてくる音の大部分を洋楽に塗り替えた。
目線をちらりと向けると、先程怒鳴った50代程の男性は何とも言えない表情をしていた。
きっと1度や2度のことじゃないのだろう、理性が吹き飛んだのは。
人に怒鳴るのは良くないことだが、心の半分は見ず知らずの彼に同情していた。
きっと彼も私と同じなのだろう。
辛いよね、音が聞こえすぎるのは。
その辛さを誰にも理解して貰えないのは。
読んでくださりありがとうございます。
受験勉強の息抜きとして書いていくので、不定期ではありますが宜しくお願い致します。