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戦争と愛情

1-8

 エンヴィはヘレンを小さな小屋に連れていった。小屋はスラムにしては大きく、中には三つの人影があった。

 エンビィはその紹介を始める。

 一人目はスラッとした長身の男がルー、二人目はごつごつとした筋肉質の男がベン、三人目は背が低く、顎が突き出て鼻の低い男がぺジーである。

 紹介が終わるとエンビィは計画を話し始めた。

「まずヘレン、自警団を倒すためにやらなくちゃいけないことは、人数を集めることだ。そこでこれを見てほしい」

 エンビィはそういうと懐から金貨の入った袋を取り出して、4人に見せた。

「これだけあれば何人も胃袋を満たすことが出来る。仕事のない人間や餓死しそうな人間をこれで懐柔してほしい。特にいいのは自警団に恨みを持っている人間だ」

 ヘレンはそれを受けとり部屋を出ようとすると、エンビィはヘレンに「これは大事な仕事だぞ」と言った。

 何気ない言葉であったが、ヘレンはそれを聞き大事な仕事なんだと思い熱くなった。自分は素晴らしい正義を行っているのだと思った。

 それから何度も何度もヘレンはスラムでちじこまっている人間に声をかけた。

 多くの人間は快くそれを受け入れた。

 何日も繰り返して22人の人間が集まった頃、エンビィはひとまず人を集めるのを止め、「これからは11人は体を鍛え、もう一方の11人にはスラムの外れに大きな小屋を立てるのを手伝って貰いたい」と集まった仲間たちに言った。

「そこで鍛練の指導をヘレンに任せる」

「えっ」

 ヘレンはすっとんきょうな声をあげる。

「どうしたんだ?」

「でも、僕は周りの人間に比べて年も低いし······」

「大丈夫、ヘレンは貴族の指導を受けているんだろう?君なら出来る」

 ”貴族”という言葉にざわざわと動揺が広がり、一人の男が手を上げて「俺、貴族に何かを習うなんて絶対に嫌だ」と苛立ちながら言うと、周りの人間たちも「そうだそうだ」と声をあげる。

「待て、君たち」

 エンビィは仰々しく右腕を左から右へとシュッと振り沈める。

「私は今から正義の話をしよう。なぜ私たちがこんなところで暮らさなくてはいけないのか、なぜ私たちが苦しい思いをしなくてはいけないのか。そして私たちの本当の敵はいったい誰なのかについての話だ」

 エンビィがそういって周りの人間が静まり返るのを待った。

 ざわざわという声は無くなり、エンビィは静かに話始めた。

「私たちは決して悪いことをしたわけではない、少しばかりの生きるための悪事をしたことはあるもしれないが、それは決して私たちのせいではなかったはずだ。私たちは生きたかっただけに過ぎない。けれどもだ。私たちは虐げられている。何の罪もなく臭くて、みすぼらしい路地で暮らさなければならない。ならばその理由を考えなければなるまい。それはこの地域で人々を抑圧する存在自警団ではなかったか。彼らは何の罪もない私たちにいきなり迫り、ゆすり、監禁し、酷ければ拷問さえやってのける。これを見よ」

 そう言ってエンビィは服を脱ぎ大きな火傷の跡を集まった人々に見せる。

 ウオゥっと動揺が広がる。

「これは自警団につけられた傷さ……。そんな中、僕は貴族である、ヘレンが多くのスラムの人々を救っているところを見たんだ。自警団の者たちが子供を強姦しようとしている時や、盗みを行っているところをね」

 エンビィがそういうとヘレンは自分が成敗した者たちが自警団だったのかと思いを巡らせる。

「君たちはそんなヘレンと、悪事を働く自警団のどちらを信じるんだい?」

 エンビィがそういい終わると、聴衆の中から一人が手を挙げる。

「俺は、昔自警団のやつに自分で取った食料を奪われたことがある」

 その一声に賛同して、口々に自警団を罵りあう。

 その中で一人、口を閉ざしている人をエンビィは見つけ、その人間の肩をたたいた。

「あなたはどうして賛成しないのですか。貴方は私たちの敵なのでしょうか?」

 エンビィの声に周囲の人間はその人間に視線を集中させる。

 その人間はとても苦しそうに顔をしかめながら、「いえ、僕も自警団からいきなり暴力を受けたことがあります」、と苦々しく答えた。

 その様子を見て、エンビィは声高らかに「ならばあなたは私たちの味方なのですね。共に自警団を倒しましょう」

 そう言われて、男は苦々しく顔を縦に振る。

 そのさまを確認したエンビィはヘレンに訓練の講師役をお願いするために頭を下げた。

「これは大事な仕事だぞ」

 エンビィはヘレンの肩を叩き、力強く言った。

 ヘレンはそれを聞くとすぐに訓練を開始した。

 生徒たちは不格好な木の枝を持ちながら、ブンブンと振り回した。

 ヘレンは剣の振りを何度も何度も教えながら、自分自身が曖昧な理解をしているところに気がつき、もう一度剣術を真剣に勉強しようと思い立った。


 その日は基礎的な剣を上から下へと振る訓練を行い、終了した。

 それからヘレンは家に帰ると剣術の先生に勉強を教わった。

 どんな風にすればより良い訓練が行えるのかについて聞くようになった。

 剣を振るスピードの速め方、剣を振る腕の使い方、足の運び方、挫けない心の作り方、努力の大切さ、それをヘレンは知り、今までの苦しい訓練の意味を知ることになった。

 漠然と行っていた努力に意味が加わり、ヘレンは少しだけ訓練に真剣に取り組むようになった。


1-9

 ヘレンは何度も何度も同じことを学習するようになった。繰り返し繰り返し自分の技術にするまで剣を振る。

 そしてそれを自分の仲間に教えていく。その繰り返しのなかでヘレンは自分の剣術の腕がめきめきと上達していることに気がついた。

 ある時、剣術の先生と模擬戦をしているときであった。

 木剣を打ち合い、何度も何度も木剣で切られそうになりながら、ふと隙がヘレンに見えた。すっとその瞬間にヘレンは木剣を師範に叩きつける。

 その瞬間、師範は驚いた顔をするが、いつの間にかそれを笑顔に変える。

「すごいじゃないかヘレン!!」

 師範は嬉しそうに笑った。

 そう言って師範はヘレンの頭を撫でる、ヘレンはそのときニコニコしているものの、楽しく思えなかった。


 その週の休みの時にヘレンはエンビィに師範を打ち負かした事を報告した。

 するとエンビィは満面の笑みを浮かべてヘレンの頭をなで回す。

「すごいじゃないか!!とっても努力したんだね!!」

 エンビィの言葉を聞いてヘレンは心がふわふわとするのを感じた。

 それからヘレンは同じ仲間にもその報告をして、皆がヘレンを誉めるのが気持ちよかった。

 それからヘレンは剣術に没頭した。

 毎日剣を振り、体を鍛えることに余念が無くなっていた。

 苦しみも楽しみに変わっていた。

 強くなるんだ。

 そう心に誓った。


1-10

何ヵ月もすれば、ヘレンの鍛えている生徒たちは見違えるほど強くなっていた。

 ヘレンは人が強くなるのを見て嬉しそうに笑った。

 仲間たちと共に剣を振り、体を鍛え上げるのはとても楽しいことであった。

 そんな頃エンビィがヘレンの訓練した生徒を見にこられた。

「どんな調子かな?」

「だいぶ、強くなりましたよ」

 エンビィはそれを聞くとニコッと笑いヘレンの頭を撫でた。

「なら訓練の成果を見せてもらおうかな」

 エンビィがそういうと、鍛えてる生徒たちは各々木剣を持って打ち合いを始めた。

 ビシビシと打ち合うさまは、折れる木剣が出るほど激しかった。

「すごいじゃないか!!これならもうちょっと人数を増やしても良いかもしれないな」

 エンビィはそういうと、嬉しそうにニコッと笑って、ヘレンの頬を触った。

 その瞬間にヘレンの目から涙がこぼれ落ちるのを感じた。

「どうしたんだい!!」

 エンビィは目を丸くする。

「わかんない」

 ヘレンは鼻声で言った。

 鼻声で言いながら涙がどんどんとこぼれてくる。

 エンビィはその様子を見ながら、ヘレンを抱き締めた。

「大丈夫だよ」

 ヘレンはそう言われてえんえんと泣き出した。

 

それから、ヘレンは気がつけばエンビィを目で追っていることに気がついた。

 どこかにエンビィは居ないだろうか?

 もっともっと誉めて貰いたい。

 その一心で訓練も教育も頑張り続けた。

 だから、それはヘレンにとって衝撃的な出来事であった。

 ヘレンは何か悪者が居ないだろうかと、スラムを歩きながら目をキョロキョロとしているときにエンビィがいもと異なるフードをかぶりながらこそこそとスラムの外側へと向かっているのをヘレンは見た。

 いつものようにヘレンはエンビィに誉めて貰いたくて、駆け足でエンビィを後ろから追いかけた。

 エンビィを追いかけて追いかけて、スラムの外れの外れ、荒れた大地にまでエンビィは歩き、見たことのない人間に出会っていた。

 ヘレンは身を荒野の岩影に隠して、耳を傾けた。

「計画は順調なのか?」

 エンビィの話し相手が呟く。

「お陰さまでな、優秀な子供を抱き込むことができたお陰で訓練も捗っている。今後はスラムの自警団を潰して、スラム街に拠点を作ろうと思っているよ」

「ほう、それは朗報だな。これで我が国の軍隊を隠して配備する手はずを整えておくさ」

「ああ」

 ヘレンは岩影に隠れたまま、二人が解散するのを見ていた。

 我が国の軍隊だって?

 ならエンビィはスパイなんだろうか。

 岩影に腰をかけたまま、どくどくと鼓動を震わせていた。

 なら、どうすれば良いのだろう。

 エンビィをこらしめれば良いのだろうか?

 でも、僕を誉めてくれるのはエンビィしかいないじゃないか。

 誰にも言えない。

 エンビィにやめさせるように言えば良いのだろうか。

 ああ、わからない。

 荒野の岩影で一人だけたたずんでいた。


 1-11

 それから、エンビィのもとへは行かなくなった。

 スラム街をぶらぶらと歩き回るだけであった。

 何にもなろうとせず、何にもなれるわけがないと信じてしまった。

 ふらふらと歩いていると、スラムの中のどこかから煙が立ち込めているのを見つけた。

 駆け足で煙の方角から逃げてきた人間に話を聞くと、自警団に火を投げつけて、乗っ取りを行っている者達がいるということであった。

 自警団の連中に対して、重厚な装備を持っている襲っている側は自警団を完全に押しきってしまっていると、その人間は息を切らせながら言った。

 エンビィがついに自警団をのっとたのだ、とヘレンは思った。

 でもどうでも良い。

 エンビィがどうなろうが、自警団がどうなろうが。

 俺の人生がどうなろうが。

 いっそのことあの中に入って殺されてしまおうかと思ったほどである。

 ああ、それも良いのかもしれない。

 なんの価値も無い俺なんて、あのまま死んでしまえば良いじゃないか。

 ヘレンはそう思い、ふらふらと闘争の方へて足を向けた。

 一歩一歩が重かった。

 死にたいのだ。

 人生なんてもうどうでも良いのだ。

 俺を殺してくれるならそれで良いじゃないか。


 何年も何十年も無駄な人生を過ごした。

 ああ、もう終わりで良いだろう。


 何人もの傷ついた人間達がヘレンを見つめた。

 自ら死地に向かおうとする人間を皆おかしいやつだと思ったらしい。

 良いだろう。俺はもうどうでも良いんだ人生なんて。


 その中に一人見知った顔を見つけた。

 ステラだった。

 傷だらけで、切られた腕を必死に抱えて歩いていた。

 その時はどうしてだかはわからない。

 ただただ、彼女の元に駆け寄った。

「ステラ!!」

 ヘレンはそういって自ら服の袖を破るとステラの切られた腕に巻き付け、縛っり止血をした。

「大丈夫か?」

 しかし返事はなかった。

 顔面蒼白で、ただでさえ白い肌がより白くなっていた。

 美しい少女。

 ヘレンはステラを背負い、町医者を探した。

 誰かステラを助けてあげてくれ。

 彼女は俺の大事なー大事ななんだろうか。

 もう、そんなことどうでも良いや。

 ただ彼女を救ってくれる人を見つけなければいけないのだ。


 ヘレンは背負った少女を抱えて町医者まで歩いていった。

「彼女をどうにかして欲しい」

 ヘレンは町医者に頭を下げる。

「ほうほう、それで金はあるのかね?」

 医者はどうでも良さそうに彼女を見ながら言った。

 金?

「無い、で、でも俺は貴族だぞ!!ほらこの紋章を見ろよ!!」

 そういって自らの胸にあるバッチを医者に見せた。

「関係ないね」

 医者は冷たくヘレンにあたった。

 これまではバッチを見せれば悪者を退治できた。

「なぜ!!」

 ヘレンは叫んだ。

「うるさいね、君は。その子が死んだところで私の人生になんの影響も無いからね。それに貴族のバッチを見せびらかしたところで、なんだって言うんだい。私は悪いことなんてしてませんからね。それにそれは君の力じゃないだろう」

 何で誰も助けてくれないんだ。

 こんなにも苦しんでいるのに。

 ヘレンは頭を回しながら自らの持っているもののなかで一番価値のあるものを考えた時、自らの腰に巻いている剣を思い出した。

「だったら、この剣と交換してくれ。彼女を救ってくれ!!」

 ヘレンがそういって、剣を差し出すと町医者はその剣を見つめて、ああ良いだろうとうなずいた。

 それから町医者は切られた腕に熱した鉄板をつけて腕を焼いた。

「ああ!!」

 ステラは叫ぶ。

 ヘレンはもう一方の手を掴みステラを助けてやろうと思った。

 ステラもその手を握り返した。

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