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少女とヒーロー

1-5

 ヘレンが7歳になる時弟が産まれた。

 はじめはとてもかわいく感じられた。

 弟が母親の餌食にならないように一生懸命にかばったりしなければという使命感を燃やしていた。

 ヘレンが13歳になるとき、ヘレンの弟が訓練をするようになった。

 その様は明らかに飛びぬけていることがヘレンにも、そして母親にも分かった。

 それからヘレンは自由になった。

 何をしても弟にはかなわないとヘレンは思い知らされた。

 剣術も馬術も弓術も勉学もすべてが弟が上であった。

 それから、すぐにヘレンは自由になった。

 なんの訓練もせず、部屋に引きこもっても怒られることはなく、ただ無為に時間を過ごしていっても許された。

 それからヘレンはすべてがどうでも良くなった。

 優秀な弟が居れば自分はこの家に必要ないのだ。

 その自由でヘレンは父親の憎悪するスラムに行ってみようと思った。

 理由はわからない。

 その時はぼやっと頭の中に膜があるようで、その時の気持ちなんてわからなかった。

 ただ自分を捨ててしまっても良いと思えるほどヘレンは追い詰められていた。

 スラムは確かに臭くて、見渡す限りみすぼらしい家と人があるばかりだった。

 しかしヘレンはお仕置き部屋よりもましだなとも思った。そして多くの人々がヘレンを避けて歩く。なにやら値踏みをされているようで不快であった。

 しばらくふらふらと歩いていると、悲鳴が聞こえた。華奢な女の声であった。

 ヘレンは急いでその方向へと向かい、様子を眺めていた。

 ヘレンは今までのうっ憤を晴らせるように思った。

 こいつは蹴っても良い人間なんだと思い、ヘレンはその小汚ない男を蹴りあげる。

 ゴロゴロと男は転がってヘレンを睨み付けた。真っ赤になった顔をして、豚のような鼻をふーふーとならしながら、値踏みをするような眼差しでヘレンを見た。

 おそらくヘレンの胸についている貴族の証を見たのだろう、男の顔はみるみる青くなっていき、千鳥足で逃げ出した。ヘレンはその時、背筋に電流が走り、震えた。

 この感情をなんと言えば良いのかわからないが、恐ろしいほど心地よいものであったのは確かである。

「ありがとうございます」

 か細い女の声が背後から聞こえた。振り替えると、確かに貧しい身なりながらも、かわいい女の子であった。しかし、どうにも彼女が怯えているように感じられた。

「何で、怯えてるのでしょうか?」

 ヘレンは少女にずかずかと近づき顔を近づける。少女は唇を震えさせながら答える。

「だって、その胸のバッチは私たちのスラムを無くさせようとする貴族様のものでしょう」

 そういわれ、ヘレンは父親の事を思い出す。

「あいつは、俺と関係ない。俺はあんなやつを父親なんて思ってない」

 ヘレンは顔を苦しそうにしかめながら言った。

「どうして」

 ヘレンはそういわれて、返答に詰まった。こたえてもいいのだろうか。

 ヘレンは少しばかり考えたのち、家族の問題が世間に公開されて、自分の家がとり潰しになっても構わないと思い、今までの事を少女に話した。

 少女はうんうんとうなづき、涙を流すとヘレンを抱き締めた。

 汗くさくて、ざらざらしていたけれど、暖かかった。

 ヘレンは気持ちが悪くなって少女を突き飛ばした。

 尻もちをつく少女を見ながら、はぁはぁと息を整えると涙がこぼれ落ちていた。

 その状態のヘレンの腰に少女は手をまわして「大丈夫、大丈夫」と何度も何度も声をかけるんであった。

「なんで、なにこれ」

 ヘレンは茫然とした。

「それはねうれし涙っていうんだよ。苦しかったんだね。もう大丈夫だよ」

 二人は重なり合って長い間泣いていた……。


1-6

 泣きはらした日の次の週。

 ヘレンは食堂で残飯を小さな麻袋に入れるとスラムへと向かった。

 彼女に会うためである。

 何度も何度も人に尋ねて、小さな教会の配給を受ける集団の中に少女がいる事を知り、教会へと足を運んだ。

 少女はヘレンを見つけると少し恥ずかしそうに笑った。

 ヘレンはその少女のもとに向かって、麻袋の中の残飯を少女に渡した。

「すごい!!ごちそうだ!!」

 少女はその残飯を見てはにかんだ。それを見てヘレンは少しだけかわいそうに思ったが顔には出さずに、話を続ける。

「……そういえば、名前を聞いてなかったね。名前を教えてもらえないかな」

 ヘレンは頭をポリポリとかき少女に訪ねる。

 少女はもじもじとして答えない。

「どうしたの?僕が信用できないの?」

 ヘレンは少し寂しそうに、むすっとして少女に言うと、少女は首を振った。

「違うの、私には名前が無いの」

 少女はうつむきながら言う。

「どうして?どうして名前が無いの?」

「だって要らないもの。私が物心がついたときから、乞食だったから。お父さんもお母さんもいないから。私には名前が必要無いんだ。呼ぶ人がいないから」

 親がいないのも自分と同じように苦しいのだと思った。それから少女にされたように抱きしめようとして、恥ずかしくなって辞めた。代わりにヘレンはうつむき、地面を見て、しばらく考えた。

「じゃぁ、俺がつけてもいい?……なんちゃって」

 ヘレンが思いつきで言った言葉に、驚くほど少女は嬉しそうにうなずいた。

 少女の期待のまなざしを見て、一生懸命に考えた。そして、自分の創造力の乏しさにヘレンは驚いた。

 何も思い浮かばないのだ。そのなかで一つだけふと思い浮かんだ名前があった。ステラ。龍と男のヒロインステラだ。

 ヘレンは「ステラ」と恥ずかしそうに呟く。

「ステラ?かわいい名前」

 少女は何度も何度もステラステラと呟いた。

「ステラの名前の由来を教えて」

 少女が嬉しそうにヘレンにどうしてもとせがむので、恥ずかしそうにヘレンは大好きな本の話を語り、少女はとても楽しそうにその話を聞いた。

「すごい、すごい。とってもすてきなお名前だわ」

 少女は呟く。

 その言葉にヘレンは嬉しそうに鼻をこすった。

「ヘレン!名前を貰ったお礼に秘密の場所に案内してあげる!!」

 ステラに連れられて教会を抜け出し小さな藪を抜けてた先にある小高い丘を教えられた。

 そこはスラムを一望できる場所で、涼しい風が吹いていた。

「気持ちぃぃ」

 ヘレンは思わずつぶやいた。

「でしょう!今度からはここで会いましょう!私たちだけの秘密の場所だから!」

「それはいいね!」

 二人はお互いに顔を見合わせて笑った。

 それからというもの自由な時間はいつも丘に行くようになった。

 少女に出会うまでは、不義を探しながらスラムを歩いた。

 一緒に泣いた少女のように男に襲われている女を助けたり。

 大柄な男が子供から食べ物を奪い取るのを助けたり。

 殴りあいの喧嘩を仲裁したり。

 胸のバッチを見ればどんな相手にもヘレンは勝てた。

 そしてその不義を正す度にヘレンは言いようもない快感を身体中に感じていたのだ。目を吊り上げ、歪な笑顔を浮かべながら······。

 もし、少女に出会う前にそのようなことがあれば、少女にその事を何度も何度も自慢気に話した。

 しかし少女はそれを面白そうに聞かないので、ヘレンはむきになって少女に自慢話をした。


 ある日丘にステラは来なくなった。


 心配になってスラムを走り回ってステラを探した。

 たくさんの人に少女の場所を訪ねて、ようやくステラを見つけて掴んだ手は振りほどかれた。

 その時、ヘレンは彼女が付き合っているのは自分が残飯を持っていってあげるからだけなんだと思った。最初っから、自分みたいな愚かな子供が人に好かれるなんてあり得ないんだ。

 そしてまた少女に会う前のぼんやりとした頭の中に逆戻りした。何も考えようとせず、何も考えられなかった。

 それからもヘレンはスラムにいた。

 ステラに会うためではない。悪者を懲らしめる為にである。

 それが当たり前になった日の事である。

 人通りのない路地で華奢で髪の毛が長くて鷲鼻をした男なのか女なのかわからない、フードを被った人がヘレンを呼び止めた。

「やぁ、ヒーロー」

 フードの人は言った。

「誰だい、貴方は」

 ヘレンは少し得意げに、やや上から目線にフードの人間に話した。

「私かい?とりあえずまぁ男女とでも呼んでくれればいいよ。ヒーロー……」

 ヘレンはそれを遮って「自分の名前を言うのが先のはずだ!」と強く言った。

 男女はしばし困惑していたが、「エンビィ」と答えた。

「ヒーロー、君は素晴らしい正義感の持ち主だね」

 エンビィはヘレンににこやかに言う。

「それほどでも、ないけれど······」

 そう言いながらヘレンは心の中で何かが強烈に跳ね上がるのを感じた。

「それでお願いがあるのだヒーロー。私はスラムで困っていることがあるのだよ。スラムには自警団というのが居て、自警とは名ばかりでまったくもって乱暴者たちばかりなんだ」

 男女はフードをたくし上げておなかの大きな火傷の後をヘレンに見せた。

「これは彼らにつけられた傷だよ」

 ヘレンが見せられた傷は、ぐじゅぐじゅとしていて、中から謎の液体があふれ出していた。

「これはひどい」

「そうだろうヒーロー。多くの人たちが自警団にこんな目にあっているんだ」

 ヘレンは黙ってエンビィの声に耳を傾ける。その様子を見たエンビィはにこやかにヘレンに右手を差し出した。

「お願いというのは一緒にスラムを救って欲しいんだ」

 ”救う”

 その言葉がヘレンの頭の中でこだまする。

 救いたい。ヒーローになりたい。 

 けれどもその思いは、今までのできなかったことがかき消した。

 何とか断らなくちゃ。そんなことはできない。

 ヘレンはそう思い、精いっぱい相手を傷つけない断るための言葉を探した。

「で、でも。なんで僕にそんなことを言うんですか?」

「君の事をずっと見ていたんだ。力で弱い物から奪おうとする者たちから多くの人々を救っているさまをね。そこでピピっときたのさ。君しかいない!このスラムを救えるのは君しかいない!」

 男女は目を真ん丸にしてヘレンにをのぞき込んだ。

「だから協力してほしいんだ。一緒にスラムを救ってヒーローになろうじゃないか!君の正義感。僕の知能があればきっとできる。信じてくれ。」

 力強い目つきでヘレンを圧倒する。

「うん」

 自信満々なエンビィを見ていると本当にできる気がして、首を縦に振った。

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