夜中に目が覚めると、 ヤドカリを口に含んだ美少女が……!!
重い。身体の上に、誰か乗っている気がする。
そんな違和感にさいなまれて目を覚ますと、黒髪ショート眼鏡の美少女が、俺の腹のうえにまたがってすわっている。
「は……ッ!? 誰……ッ!?」
少女の顔に見覚えはなく、その瞳には大粒の涙をたずさえている。そしてその口は……ザリガニをくわえている。
「もぐほ……もぐほ、はふへへっ!」
口の中のザリガニのせいで、うまくしゃべれないようだ。
「ちょっと待て。ちょっと待って。なにこれ?」
「はふへへ…… ほふほ、はふへへ……」
「何いってるか分からねえ。とりま、ザリガニっぽい甲殻類をとりのぞく!」
彼女の口の中にあるザリガニに手を伸ばす。
しかし……!!
「ふっ……させませんよ」
ザリガニはそういうと、自身の両手のはさみで、俺の手をおもいっくそはさんでくる。
「アウチ! なにしやがるこのザリガニ野郎!」
「ははは。これはご挨拶ですね。そして私は、ザリガニではありません」
「うるせー! どっからどう見てもザリガニだろうが!」
「やれやれ。あんな低脳な生命体と一緒にされるとは、失礼なはなしですね。私はヤドカリが進化した、美しき究極の生命体なのです」
「はあ。まあ、どっちでもええわ。お前、はやくその女の子の口から出てこいや」
「なるほど。そうできると良いですよね。ところがどうにも、そういうわけにもいかないのです。この女はいまの私の宿なんです」
「宿だと? 女の子はそれを認めているのか?」
そういって、女の子の顔を見る。
弱々しく、イヤイヤと首を横にふっている。
「いや、嫌がってるじゃねえかよ。やめてやれよ」
「といわれましてもねえ……。私にも生活がありますから」
ヤドカリは肩をすくめる。
「そうか。新しい宿なら、俺がくれてやるよ。そこに昨日の夜飲んだビールの缶があるから、そん中にでも入っててくれ。俺が洗っといてやるよ」
「お心尽くし、ありがとうございます。しかしですね。宿としては、若い女性の身体の方が、なにかと都合がいいのですよ」
「お前の都合なんか知るか! いやー、なんかお前なんか邪悪な感じがするわ……なんか怖いわ」
「やれやれ、話し合いは無駄なようですね。仕方がありません………………ヤドカリナイズ!!」
ヤドカリは不意に叫び、女の口から弾丸のように高速に飛び出してくる!
「危…………ッ!!!」
ヤドカリは両手を縦に延ばし、ぐるぐると回転しながら俺の心臓に向かって飛んでくる!
この速さ……よけることはできない!! 死ぬ!!
そう観念した瞬間、身体が勝手に動く。
「パン the コンベアー!!」
反射的にそう叫んでいた。そしてさらに反射的に、左手をなめらかにローリングし、ヤドカリの軌跡をそらすことに成功する。
この動きには、覚えがある。
パン工場でアルバイトしたときに、ベルトコンベアーから流れてくる大量のパンが鉄板にのってこうものすごい速度で流れてくるやつを、こんな感じで別のレーンに流すあの動きだ。パン工場のバイトを通じて、何万回と行った動作だ。
「ぐっ……、不覚です……」
壁につきささるヤドカリ。
身動きがとれないようだ。
「念仏を唱えな。クソヤドカリ。もっともお前の行き先は、地獄or地獄だがな」
「どちらもお断りしたいところですね…、」
「だが、慈悲深い俺様は、お前に死に方を選ばせてやろう。俺の両手には、今2冊の本がある。このどちらにつぶされて死にたいか、選ばせてやろう」
「観念しましょう……」
「一冊は、太宰治の人間失格。もう一冊は、パールバックの大地。さあ、どちらがいい?」
「人間と名が付くものにつぶされて死にたくはないものです。パールバックの大地でお願いします」
「そうか。だが断る」
そして俺は、昨晩コンビニで買ったエロ本を投げつける。
「ぎゃあああああ!」
「地獄の業火に焼かれながら、○峯先生の作品を堪能するんだな」
女の子の様子をみると、げほげほとせき込んでいる。
が、どうやら無事なようだった。
「ありがとうございます! ボク、もう少しでヤドカリナイズされちゃうところでした!」
「ヤドカリナイズ?そういえば、奴もそんなことをさけびながら俺につっこんできてたな」
「はい。ヤドカリナイズとは、宿主に寄生して、脳に根をのばし、人間の心身を支配してしまう一連のヤドカリの生命活動のことなのです。ボクはあと一歩で、完全にヤドカリナイズされてしまうところでした……」
「そうだったのか。危ないところだったね」
「ボク、お礼をさせて欲しい。何でもします!」
「そうか。じゃあこれから方眼用紙にQRコードっぽい迷路を描いてみるから、それ解いてみてもらえる?」
「もちろん!」
俺は机から方眼用紙を取り出し、テトリスのあのロシアっぽい音楽を口ずさみながら、QRコードっぽい感じの迷路を描く。すると彼女は、ちょっと前に流行ったあのドラマの、あのエンディングで踊るやつの曲を口ずさみながら、迷路をといてくれた。
選曲にジェネレーションギャップを感じたが、パン工場でつちかったあの動きが、このピンチを救ってくれたわけだ。人間、何の経験がどこで役にたつか、分からないものだ。
窓の外は白みはじめている。間もなく朝日がのぼる。
ため息をつきかけると、少女はにっこりとして、迷路がとけたことを知らせてくれる。ため息を口の中にとどめると、それはうっすらとした甘みに変わる。
今日も、がんばって働こう。こうして身につけたことが、こんな風にいつかまた、誰かのためになるかもしれないのだから。