夢売り
「……こんばんは」
電信柱の影から、早足に歩く1人の男に声をかける。
びくりと肩を震わせるが無言で通り過ぎようとする彼の前に回り込み行く手を塞いだ。
「まぁそう急がずに……」
にやにや笑いを貼りつけぴたりと歩調を合わせる。
「話だけ聞いてくださいよ……怪しいやつと思ってますね? 貴方に素晴らしい話を持ってきました……」
「なんですか、通報しますよ?」
顔を伏せ面倒そうに男が答えた。
「ふふふ……よろしいんですか、柴田さん? 貴方の為にご用意したのですが……」
名前を出すと明らかに反応が変わる。
「……失礼ですがお名前は? 以前お会いしたことありました?」
「何度かお会いしてますよ……」
そうは言ったが実際会ったことはない。町ですれ違う程度の接触、向こうは気付いていないだろう。
「用意した、というのは?」
興味を持ち始めたようだ。
「柴田さん、今悩んでおられますね? 仕事もプライベートもうまくいっていない……ストレスがたまっているのですよ、そうでしょう?」
彼……柴田は怪訝な顔で俺を見る。
「なんでそんなこと……」
「ふふふ……私には分かるのですよ。このままでは貴方の心は壊れてしまう。人間にはね、希望が必要なのです……希望があるから頑張れる、生きていけるのです」
柴田は警戒しているが構わず続けた。
「ですから、貴方に今必要なのは夢なのですよ。夢を見る必要があるのですよ」
「……夢?」
「そうです。私はそんな貴方に夢を提供する者でして……勘違いなさらないでください、何か買わせようって魂胆じゃありませんから……」
「じゃあ何なんですか」
警戒はしているが興味を引かれている。このままいけば上手くいく。
そう判断し最後の行程に入った。
「私、ある機械を開発しましてね……貴方にも是非、試して頂きたいのです。健康に害はありません、もう何人もの方々にご満足いただいております……」
「その機械を買えって言うんだな?」
「いえいえ。ですから、試して頂きたいのですよ。とりあえず1週間、使ってみては如何です? 気に入って頂けましたら、ご購入頂くということで……」
「……それ、どういう機械なんです?」
釣れた。俺はニヤリと笑う。
「素敵な夢を見れる機械です……」
柴田に渡したのは、ヘッドホン型の機械で、予め仕込んでおいた映像を夢として脳内に送り込むものだ。柴田については数週間かけて好みやら欲望、潜在的な思いまで調べあげてある。確実に、この機械の夢に満足するのだ。
夢の内容は至ってシンプル。彼は思い立って身体を鍛え始め、見違えるような逞しい男になる。自分に自信が持て、徐々に周りからの信頼を得、やがては美しい彼女が出来て……というようなもの。
1週間では彼女ができるところまではいけない。食事にでも行ければ良い方だ。
だから続きが見たくなる。登場人物等、全て現実と同じにしてあるからより引き込まれる。
お金を払ってでも夢を見続けようとする。
「……こんばんは」
1週間前と同じ場所、通りかかった柴田に声をかける。
「……あぁ、こんばんは。あの機械、素晴らしいですね!購入させてください」
俺はにやにや笑う。
「その事なんですがね……お売りすることができなくなったんですよ……」
柴田は必死に頼み込んだ。
「そんな……! どうしてですか? お金なら払います、高くても構いません! お願いします!」
「……そこまで言われるのでしたら……。そうですね、貸し出しというのは如何でしょう? 1日3000円、私が返してほしいと言うまで貸すというのは?」
「ええ、それでお願いします。代金は……?」
「毎月始めに、その月の分を引き落とし致します……途中で返却して頂く場合には、お金はお返し致しますので……」
「わかりました、ありがとうございます!」
もとより機械を返してもらう気などない。ずるずると金を搾り取るためそういうシステムにしたのだ。夢はいつまでも続く。終わりなど来ない。1つの欲望が満たされればまた次が、またさらに次が、と夢は膨らんでいく。
そしてそのうち、夢だけでは満たされなくなる。その夢を叶えたいと思うようになる。その時が俺の出番だ。
「貴方自身、身体を鍛えたい? ……分かりました、素晴らしい機械をご紹介しましょう……」
夢はあくまで夢だ。同じようにしたからといって、全てが上手くいくわけがない。……なぜならそれは現実だから。
夢を見るのはいいことだ。だが決して、実現を望んではいけない。夢は夢だから美しく、楽しいのだ。叶ってしまえばそれは現実。
俺は夢を売る男……。夢を見させ、そして金を得る。相応の対価だろう、夢の中ではどんな人にでも、どんなことでも、思いのままだ。なんて素晴らしい世界だろう。皆が満足する度に、俺の生活も潤っていく。
貴方の夢は、なんですか?
ご意見、ご感想等、お待ちしています!
どんなことでも構いません。今後の参考にさせて頂きます。