5 魔物
「もし本当にイルミナスの手の者ならどうする?」
私はイーデンに問いかける。小さな山とはいえこの大きな山の中から目的の魔物がいるかどうかを探るのは現実的に無理がある。しかし続けなくてはいけないのが国に従事する者の務めである。アシュリーには心配するなといったものの、やはり最悪の想定はしなくてはなるまい。
すると、イーデンはため息混じりに答えた。
「ルーク、いま答えられるのはそいつを殺すしかないということだけだ。俺が対峙した魔物は何も答えなかった。剣くらい持っていればまた話は変わったんだがな」
確かに人型の魔物の中には武器を使うものはいくらでもいる。その武器の出所がわかればどこの国のものだか分かるのだが。しかし腑に落ちない。上級の魔物は勝手に発生するものではない。特に言葉を喋る魔物ということはそのような教育を受けたということだ。我々は魔物のことを実は対して分かっていない。人に仇をなす存在、しかしどこから来たのか。いつからいるのか全く分かっていないのだ。人間は完全に魔物になることはないと言われている。それは幸か不幸か『罪』という存在が人の魔物化を防いでいるのだ。かつて一部に『罪』を持たぬ人種がいたらしい。しかし彼らはそのせいで人間の姿から亜人へと変わってしまったとされている。つまり『罪』とは人にだけ与えられて、人として形を保つために必要なものだということだ。私の『罪』は、祖国に対して祈りを捧げること。貴族の家系ではとてもポピュラーなもので、多くの貴族がこの『罪』を抱えている。それは国に仕える身分として課せられた義務なのだろう。私の父も母も同じ『罪』を抱えており、家族皆で祈りを捧げることが日常的なことであった。
話を戻すと魔物とは一体何なんだろうか?下級の魔物たちはかつて動物達が魔物化したものだとされている。では魔物になる条件というものがあるのだろうか? そして上級の魔物達は知能があり、人の言葉を喋るのであればその教育は誰がおこなっているのだろうか?
イルミナス王国は魔物と手を組んでいるとされているが事実は違う。魔物に支配されており、イルミナス王は魔物達の傀儡として備えられているだけだ。彼らが魔物に支配されてからこの戦争は始まった。つまり、このエディアス王国をも魔物達は支配下に置こうとしているということである。私の考えが正しいならば魔物の上に更に何かがいる。それが何者なのかは分からないが魔物たちを支配し、操るなにかがいるのならば話の辻褄が合うのだ。私は昔からそう考えていた。
「なあ、イーデン。覚えているか? 私が以前話した魔物の考察を」
私はイーデンに問いかける。
「ああ、もちろんだとも。そしてそれが正しいならば俺の『罪』への答えのひとつだ」
そうであったな英雄、お前の『罪』は異質だ。本来、人に課せられるような義務ではない。そこに答えはなく、そしてそれが叶えられなくいつ消えてしまうのか分からない恐怖と戦っているのだろう。
しかし今は目の前にいるかもしれない上級の魔物のことだ。私達は気配を探る。下級の魔物が潜んでいるのは分かっている。しかし姿を現す気配がない。それは私達を恐れてのことなのだろうか? それともそれよりも勝る恐怖の存在から身を隠すため?
「ルーク、どうやらそのような気配は感じられない。上級の魔物と何度も対峙してきたが、その時には常に魔素という重圧がのしかかってきた。今はそれを感じない所を見るとあいつ一匹だったのだろう」
イーデンは張り詰めていた空気を解くように、私に話しかけてきた。私も同感である。
「イーデン、アシュリーは無事に村につけただろうか?」
「大丈夫だ、あいつは選ばれた存在だ。まだ何も起こっていない世界に殺されるような人間じゃない」
イーデンは、自慢げに意味深な言葉を吐く。私はその意味を理解することができなかった。
「おい、それはどういう意味だ?」
イーデンは失敗したという顔をして嘯く
「あいつの『罪』を他に聞いたことがあるか?俺はない。あいつは選ばれた人間だってことだよ」
イーデン、お前がやろうとしていることに関係することなのか? 私はアシュリーのことを気にかけているつもりだ。だが私にとっては可憐な少女でしかない。悩みを打ち明けることもできずに、我慢する少女でしかない。イーデンにとっては違うのか? 親バカとも思えない確信めいた言葉に躊躇してしまう。
「まあいい、アシュリーも待っているだろう。早く帰ってこの肉を調理しないとな」
大きな声でいつも通り豪快に笑うイーデンに、私はため息を吐いてついていった。
馬には二人乗りをしたがとても狭い。こいつの巨体を乗せなくてはいけない愛馬が可哀想に思えた。
「なあルーク、あいつを頼んだぞ」
悲しそうな声で呟く親友は、その巨体に似合わずとても小さく見えた。
そうか、もうその時なんだな。