2 始まり
「ここにいたのか」
私はこの低くてしゃがれているが優しさのこもった声が好きだった。
私は振り返る。そこにはいつもの逞しく凛とした父の姿があった。
「父さん、おかえりなさい」
父はこのエディアス王国の元戦士長で今は兵士たちの指南のために王都に出向いているが、こうしてこの村には時々帰ってきてくれる。
私には母がおらず父と二人で暮らしてきたが、一緒に過ごせるのは帰村してくる数日間のみである。それが少し寂しい気持ちにもなった。
村人の中でも目立つその背格好と髭を蓄えた男らしい姿は私の自慢だった。
父の名前はイーデン、もともとこの村の出身であったが力に自信のあった彼は傭兵として王国軍に雇われていた。力比べでは誰も敵わないがその優しさから村人誰からも慕われていた。父は傭兵から正式な王国軍に推薦され、騎士団と対をなす戦士団の団長にまで登りつめた。よく家にいるときは悪口を言っていたため貴族の出である騎士団と仲が悪いのかと子供の頃思っていたが、元騎士団長が時々家に父と一緒に来る所をみるとそれは杞憂だったようだ。
「ああ、ただいま。あいつも来ているがもてなす必要はないぞ」
父は笑いながらいった。あいつとはその噂の元騎士団長だ。父が引退したあとも交友が深いようで、こうして休日には家に遊びに来るのだ。
「わかったわ、ルーク様が好きな鹿肉の準備をしますね」
私は父の次に元騎士団長ルーク様が好きだった。とても優しく貴族であることをまったく鼻にかけず優しくいつも微笑んでいる私の憧れの存在だった。
「俺の好きなぶどう酒も忘れずにな」
豪快に笑いながら、私の荷物を持ってくれる父、こういう所でいつも優しさを感じられる。
「やあ、アシュリー。今日もとても綺麗だね」
家に着いた私たちをルーク様が出迎えてくれる。そしていつもと同じ優しい微笑みで私を褒めてくれるのだ。
アシュリーとは私の名前。本当はアシュレイだが、みんながそう呼ぶので寧ろ本名の方が違和感を感じる。
「ありがとう、ルーク様も今日は一段と凛々しいわ」
初めの頃は緊張して話せなかったが、10年以上の仲になればそんなことはなく、自然と談笑できる仲になっていた。
エディアス王国元騎士団長として国内でも人気が高いが、その反面冷酷だと揶揄されることもある。きっとそれは仕事と向き合っているときのルーク様で、自然体の彼は少なくとも温かさに包まれていた。
食事の準備が大体できたので私は剣をとる。
『罪』への禊のために舞うためだ。
外はすっかり夜だが、空はいつものようにそこらで光を照らしている。
月明かりと空から落ちてくる光の粒子を浴びながら私は剣を持って踊ることが日課だ。
実はこの剣舞はもともとルーク様から教わったものだ。王国に伝わる勝利と祝福の舞だそうだ。
父とルーク様、そして村の人々が食事を持って私の舞を見ている。これはいつの間にか村で行われているさながら儀式のようだった。
私の剣が届かない距離で村の子供達が一緒になって見よう見まねで踊っている。そんな光景が私は好きだった。酒を飲み食事を摂りながら私の剣舞を見ながら談笑している。誰かが言っていたアシュリーの踊りは平和の象徴だって。でも知っている、今この国はもう20年も続く戦争の最中だ。そんなこの国が平和なわけがない。ただ皆私の踊りをみて現実逃避しているだけである。幸いなことにこの村は戦地からは外れているため、戦火に飲まれることはなかった。しかしいつ敵軍がせめてくるかもわからない。だから皆明日に怯えているのだ。私の罪はそんな皆を癒すためにあるのなら、それはとても光栄なことである。私はずっと私の『罪』に疑問を持っていた。この義務は誰かの為になっているのだろうかと。
この世界に定められたルールである『罪』は、その結果人々が助け合う形をとっていた。『罪』を償うことが結果として社会に役立つことに繋がっている。そんな中私は踊らなくてはいけないことが『罪』だという。昔自分の前から消えてしまった幼馴染の友人のことを思い出す。彼がもし今もこの世界にいればきっと、王都で戦争によって傷ついた人々を癒していただろう。だからもしほんの少しでも村の皆を癒せていたのなら私は彼の意思を引き継げているのかな?
舞が終わり、宴の席に戻る。村の楽器弾きの青年がリュートを手にとって歌っている。その歌はこの国の歴史であり、それを皆がしみじみと聞いている。彼の『罪』は、歴史をみんなに聞かせること。彼はそれを得意な歌にして皆に聞かせていた。
「アシュリーは、もうすぐ15になるな」
ルーク様が口を開いた。そう私は5日後に成人を迎える。
大人になるということだ。将来なにになりたいとかはない。ただ父のために家を守り、父の帰りを待っていたい。
「そうだな、お前の誕生日盛大に祝おうではないか」
父が豪快に笑う。ということは5日後まで二人はここにいてくれるということだ。そのことのほうが私には嬉しかった。
母は私を産んですぐに王都で病死したと聞いている。
父がまだ戦士長として王都につとめていたときのことだ。
そして私は、忙しい父と王都にいることができず、父の出身であったこの村に預けられた。私の面倒を見てくれたのは、父がたの祖父と祖母。とても優しく私のことをとても可愛がってくれていた。私が10歳のときに二人は村を襲った魔物によって殺された。父がついたのはその3日後のことで父の涙を見たのはその時が初めてだった。
魔物は食料を漁ると消えていったらしい。その時私は家からでるなと祖父に倉庫に押し込まれていた。
「私が成人になる日、父さんとルーク様の為に踊りたいと思います」
大人になった私を一番最初に見てもらいたい。それが私の感謝の気持ちだから。