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第六話 ドレス1500万ゴールド、聖女は非売品 侯爵side

侯爵side


 白銀の竜に揺られての王都への帰還は三日間かかった。

 だが、その間の旅路は素晴らしかった!一日目はテントを張り、エリザベート手製のスープを飲んで二人で夜を明かした。最高に美味だったが、語り出すと止まらなくなりそうなので自重しておくこととする。

 二日目は街道沿いの宿屋に泊まり、部屋を一つ取って衝立越しに話をした。

 三日目の夕方。真っ赤な水彩絵の具で空を刷いたような透明な夕焼けの中、俺たちは白銀の竜の背中に跨がり王都の大門の前に着陸を果たした。


 彼女は気持ちよさそうに緋色の瞳を細め、黒髪をふわりと揺らして竜の背から飛び降りる。俺が先に降りて手を取ろうと思ったのに残念だ。

「いりませんからね」

「何故分かったんだ」

「段々読めてきました」

「それは困る」

「何故?」

「二日目の宿屋で俺が考えたことがばれていたとしたら恥ずかしい」

「何考えてたんですか!?」

 墓穴を掘った。

 彼女は何度か咳払いをしてから、竜に積んであった荷を下ろし、手綱を取って歩き出す。俺もその後に続いた。旅の間ずっと被っていたマントを脱ぎ、風を浴びる。ああ、王都の匂いだ。王都のあちこちを淡い桃色に彩る、リーラの花の香りがする。

 そんな王都の入り口で、エリザベートはちょっと困った顔をして立っていた。まるで行き場所の分からない子供のような顔だ。そういえば、彼女は王都に来たことがあるのだろうか、ないのだとしたら観光をさせてやりたい。というか、デートがしたいという下心。

「セルジュ侯爵様、この辺りから次は何処へ行けば?」

 俺は貴族街の入り口の門の方を見遣った。俺の家は目立つ、行けば直ぐに分かるはずだ。

「俺の家は貴族街にある。貴族街に入れば分かるはずだ」

「……あの」

「なんだ」

「貴族街に入らなくても分かりますね?」

 貴族街の辺り、塔が生えてる、とエリザベートが震える声で呟く。

 上を見て、俺を見て、また上を見る。俺の聖女は時々リアクションが大きくて可愛い。


 我がレインワーズの屋敷は、王都の中でも極めて大きな建物として有名だ。王族に連なる者ではないので、貴族街の中心の方に居を構える事はできてはいないが。数年前に王都が拡張したときに真っ先に貴族街の端の土地を大量に買い取って敷地とした。

 そして、妖精族に命じさせて城を一晩で建てた。

 流石に国王に遠慮して、宮廷よりは小さな城ではあるが、遠くから見るだけでも相当目立つ代物ではある。

「い、今からあそこに行くんです?」

「そうだ」

「あんな立派な建物に……。あ、あの、……そうだ、服!私、ご挨拶の前に服を、」

「ドレスなら今はない」

「えっ」

「エリザベート、通販というものはだな、届ける住所を伝えなくてはいけない」

「つまり?」

「家に届けさせてしまった」

「意味ないじゃないですかー!」

「真っ白なドレスを」

「誤解されるじゃないですか!?ちなみにお値段は!」

「……いっせんごひゃくまん……」

 小声で答えてから、俺はさっさと話題を変えるために咳払いをした。

「ドレス数着と宝飾品複数、どれが似合うかファッションショーをしてもらう。そのためにうちの鏡の間を使いたかった」

「1500万、しかと聞きましたからね」

 ごまかせていなかった。

「ええと、鏡の間とは、鏡と宝飾品とドレスの専用の部屋だ。そこで君にはファッションショーをしてもらう」

「ごまかしましたね?……あと、その予定聞いていません」

「今言った」

「先に言いましょう?」

「先に言ったら頷いてくれたのか?」

「……」

「先手必勝という奴だ」

「ずるい……」

「何より、綺麗な君が見たい」

「ひぇ……」

 エリザベートは変な声をだして黙ってしまった。


 これは勝った。


 俺は黙り込んでしまったエリザベートの手をさりげなく取る。熱を持っていて、柔らかくて、握るだけでなんだか幸せな気分になった。ああ、この手に昔、俺は、――救われたのだ。一度目は、八年前。二度目は、四年前。

 四年前のことは、彼女はきっと、覚えていないけれど。その方が、いいのだけれど。

 エスコートするように携えた手は、振り払われる事はなく。

 彼女は少しだけ赤くなりながらも、黙って俺に着いてきた。銀色の竜と、華奢な聖女を引き連れて貴族街への道を歩く。

 空はゆっくりと暮れていって、見る間に一番星が輝き出す。星の光が、彼女の緋色の瞳を照らしていて、美しいなと思った。


 もっと。

 もっと、こっちを見て欲しい。

 君が昔振りまいた、あの無償の善意に匹敵するものを、与えたい。

 そのために、できる事はなんでもしたいし、払えるものであれば払いたい。

 彼女に示したい。どれだけ君に想いを向けているのかを。


「……そう思っていると、つい使う金が四桁になってしまう……」

「不穏な独り言やめてくださいね……」





 久しぶりに家に帰ってきた、と俺は思った。

 前に家を飛び出したのは数日前の事だというのに。そろそろ結婚をしろと無理矢理許嫁を見繕われそうになって全力で断ったわけだが、両親が聞いてくれていたかどうかは分からない。

 大門の前に立つ。巨大な金色の門扉に、レインワーズの紋章にも刻まれているカールミルの蔓と小さな白い花が絡んでいる。花言葉は、野心。

「今帰った」

 俺がしっかりとした口調で告げると、魔導装置が刻み込まれた扉は、静かに開いた。

 扉だけは、静かに開いた。

「兄さん!!!!」

 奥からすごい勢いで金髪の美少年が猛ダッシュしてきた。

 エリザベートを引っ張って避ける。さりげなく抱きしめるといい匂いがした。最高か?何気なくエリザベートの香りを堪能していると、恥ずかしそうに押しやられてしまう。否、ただぐいっと押しやられただけなのだが、きっと恥ずかしいのだろう。可愛い。

「何で嬉しそうなんです、侯爵様……」

「なんでもない。ところで、いきなり危ないだろう、ミシェル」

 俺はエリザベートをさりげなく背中に隠した。こいつとはできれば会わせたくなかったが、仕方ない。

 ミシェル=ドゥ=レインワーズ。俺とそっくりな金髪に、同じ色の目、ただし顔立ちは大分幼く未だ美少年という印象が抜けきらない。纏った天鵞絨の服は深い青に美しい刺繍、相変わらず自分の着るものに金をかけている。

 そして、俺を叱ることに命を賭けている。

「兄さんどこ行ってたの、父さんと母さんが心配していたよ!」

「お前は心配したか?」

「僕は別に」

 こいつ、説教するためだけに全力で走ってきたんだろうか。

 そんな事を思っていたら、ついとミシェルの視線がエリザベートの方へと動いた。

「ところで、そちらのお嬢さんは?」

「ただのお嬢さんだ」

「えっ。侯爵様?」

 困惑したエリザベートの声。

 すまないエリザベート!こいつの魔の手から君を守るためなんだ。

「ミシェルには関係ない。部屋に戻って遊んでいなさい」

「僕もう十八歳だよ兄さん」

「十八歳用のおもちゃを買ってやるから遊んでなさい」

「そんなの何処に売ってるの?」

「裏ルートにはなんでも売っている」

「生々しい話だね」

 さりげなく会話をしながら、ミシェルとエリザベートを引き離そうと試みる。

 しかし。


 一瞬遅かった。


「なーんちゃって、お嬢さん捕まえた!」

「きゃっ!?」

「あ、おい!」


 ぱっとミシェルがエリザベートの手を取って引き寄せた。二人の視線がかち合って、その瞬間まずいと思った。

 ミシェルの瞳が、大きく見開かれる。それから、蕩けたように甘やかな色になって、甘い声を出す。


「……君って」

「えっ、あ、はい、お初にお目にかかります、私は侯爵様の友人で、」

「聖女様だよね!?わあ、すごい、『あの時』の聖女様だ!また会えてうれしいよ!」


 ――ああ。まずい事になった。

 ミシェルは欲しがりで、我が儘で、どうしようもない所がある。

 俺が大切にしているものなら、尚更欲しがる癖が、昔から、ある。


「ねえ兄さん、ちょっと彼女とお話したいなあ、ちょっとだけ!いいかな?いいよね?」


 こちらを見る目の中にある、悪魔的な欲望の影。

 だが、仮にも相手は可愛い弟。

 兄として。そして、紳士的な侯爵として。

 こういった時に取る言動なんて決まっている。そうだ、笑って頷け。ここは穏便にするんだ、そして側で監視しろ。






「嫌に決まっているだろう返せ」


 俺は案外心の狭い人間だった。

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