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第一話 城17700万ゴールド

 子供の頃の約束なんて、大体が果たされないものだと、私──エリザベート・スカーレットは思っていた。

 今この瞬間までは。



 十五の頃、両親を戦争で亡くした。

 同じ思いをする子供が増えるのが嫌で、偶々才能があった治癒魔術の使い手としてあちこちの戦場の後方へと向かった。その時に偶然居合わせた、商人の息子。金髪にきらきら輝く青い瞳で此方を見つめて、少しだけ年下の彼はまるで神様でも見るみたいに私を見た。

「あなたは、まるで女神みたいだ。聖女様ってよばれているけれど、まるで女神みたい」

 声変わりもしていない掠れた声で、私の手を取って彼は口づけた。彼のビー玉みたいな青い瞳に、私の黒髪と緋色の瞳が写り込んでいて、少しだけ気恥ずかしかったことを覚えている。

「今は、ただの商人だけど……いつか、おれが爵位を持てたら、あなたをむかえにいっていいか?……あなたのような人が、その……俺の、将来の伴侶になってくれたら、とても幸せに思う」

 可愛いな、なんて思ったのだ。今時、庶民が貴族になるなんて夢のまた夢だ。そのことは誰も言わなくたって誰もが分かっている。それでも、夢を見る少年は可愛らしくて、だから微笑んで答えた。

 そっと小指をさしだして、絡める。何処かの遠い島国から伝わった、約束の儀式。

「はい、きっと迎えに来て下さい。ただの庶民の私なんかで良ければ、待っていますね」

「約束だぞ!」

「ええ、約束です」

 それっきりその時の事は忘れていた。八年くらい。

 そう、忘れていた、それなのに、それなのにそれなのに、これは一体――?


「迎えに来た。エリザベート・スカーレット。俺の聖女」


 国で一番の美貌と、金と、名声と、女たちからの恋する眼差し――。なんでも持っていると専らの噂の、金髪の貴公子。セルジュ=ドゥ=レインワーズ侯爵が、どうして私がただ一人で住んでいる小さな家の前にいるのか。

 山間の、村から離れてぽつんとある森の奥の家。治癒魔術を使うことができる私は、戦場では聖女であったが、この村ではただの呪い師の娘だ。だからこそ、村からは離れて生きてきた。聖女としてそこそこ活躍した後も、世間には関わらないようにして、こんなだだっぴろい森の奥で一人で住んでいた。

 一人で、ぽつんと小さな家で住んでいた――のだけれど。

 そんな事より。昨日まで何もなかったはずの裏手の森にできているあれは、一体なんだ?いや、あそこの森は国の物であって、別に私の私有地ではないので、誰が何をしようと自由だけども……。

「あの……レインワーズ侯爵……何故、だとか、あの約束を私すっかり忘れていてだとか告白する前に……」

「忘れていたのか?この俺を?」

 なんだこの人怖い。

「告白する前に申し上げます!裏手の山にできているあれは何ですか?」

「城だ」

「城」

「手土産に持ってきた」

「手土産」

 城を。手土産に。

 パワーワード過ぎる。その辺りで売っている菓子のようなノリで買ってこられる城。ああそれにしてもなんて美しい白亜の王宮、まるでおとぎ話のお姫様と王子様が住んでいる城のようだ。多分建設速度の速さからして、ドワーフ族やブラウニー族の建設事業を雇っているのだろう、妖精でなければあの速度はちょっと無理。

 あまりのワードに脳がちょっとバグって現実逃避をし始めた。

「よ、妖精の建設業者に、あの大きさの城……一体おいくらするのですか、あれ……」

「17700万ゴールド程度だったと思うが」

「いちおくななせんななひゃくまん……?それって幾らですか?」

「17700万ゴールドだが?」

 庶民の生活にはまず間違っても出てこない桁と単位。

 あまりの金銭感覚のずれに空いた口が塞がらない。現実味がなさ過ぎてちょっと動揺するのまでに時間がかかった。一生かかっても庶民である私には用意できないと思う額だ、怖いのでぽんとそんな金額を自分のために使わないで欲しい。そんなこちらを余所にセルジュ侯爵は機嫌良さそうに告げた。

「今日からあそこに一緒に住もう」

「はい?」

「あそこが俺とお前の家だ。昔婚約しただろう」

「えっ、いや、その、」

「お前は待っていると言った。それも忘れてしまったのか……?」

「なんとなく覚えてるような……忘れているような……」

「それなら思い出させるしかないな、無理矢理にでも」

「無理矢理!?」

「俺とお前が出会った時の話を、最高級のミルクとクッキーを前にして延々と聞いてもらう」

 意外と優しい。

 変な方向に暴走し始めた侯爵様を、私は無理矢理引き戻した。

「ところで、あの、セルジュ侯爵様。改めてお聞きしますが、あそこに住むぞ、とは本当はどういう意味で?もしかして、家出でもなさったのですか……?それで、昔に伝手のあった庶民女と、つまり私と暮らそうと?家政婦がご入り用なのですか?」

「いるのは嫁だ」

「嫁」

「俺と結婚してくれ!という意味だとさっきから言っているはずだが。言っただろう、あの時の戦場でのお前は、女神に見えた。……お前と結婚するために、俺はここまで来たんだ」

 直球過ぎる求愛に私は言葉を失い、現実逃避の手段もちょっと尽きてしまった。

 そりゃあ、女の子なら誰でも夢見るシチュエーションかもしれない。突然目の前にある日白馬の王子様が現れて、自分を幸せにしてくれる。でも、私は今年で二十三歳だ、そんな少女めいた夢はとうの昔に捨ててしまったし、聖女としてのネームバリューを生かして最近は治癒魔術でお金をちょっと稼いでみたり、そこそこ上手くやっている。

 そこに飛び込んできた突然の事件。

 あとなんでか知らないけど生えた城。


「……お友達からお願いします!」


 考えに考えた台詞はどうにも陳腐に響いた。

 侯爵は暫く考えたそぶりを見せる。どうでもいいけど考えている横顔ですら美しく整いすぎていて、まるで彫像か絵画のように見える。金髪で青い瞳、まるで絵画の天使だ。しかしその天使は、困ったように眉間にしわを寄せて私の方を不満げに見た。

「……友達では一緒に住む事はできん」

「い、いや、最近は友達でも一緒に住んだりします、王都の高い部屋を二人で割り勘したり……」

「ワリカン?」

 しまった、この人そういう話できない人だ。

「いえ、何でもないんですが……とにかく、部屋に二人で友達同士で住んだりですね、一緒にご飯を食べたりお風呂に入ったり……とにかく友達でもそういう事は」

「するのか」

「します、なので友人同士からでも。いえ、あの、一緒に住むという話が確定なのもまずおかしいのですが」

「そうだな」

 納得してもらえた――んだろうか……?

 そんな事を思っているうちに、侯爵はふっとマントを翻して背中を向けた。背中ですら美しく、青年の華奢さと逞しさを両方兼ね備えて芸術品のように見える男だ。少しだけ長い金色の巻き毛が風でふわりと靡いて、振り返った青い瞳は宝石のように煌めいて、子供の頃となんら変わりない色が覗いた。

 はっとした。

 あの時、ビー玉みたいに輝いていた少年の目と、同じ瞳。あの一瞬、あの時と全く変わらない瞳で、侯爵は私を見ている。あなたは女神みたいだと言った、その時と変わらない温度で。彼は口元を緩めて笑った。

「ではまずは、友達の証として料理を振る舞おうか。風呂はまだ早いだろう」

「風呂は、いや、その、あれは物のたとえで」

「入らないのか」

「入りませんね?それより、お料理……私が振る舞うんじゃなくて振る舞っていただけるんですか?」

「嫁に楽をさせてやるのも旦那の務めだからな」

 なんていい心がけ。いやまだ結婚してないけども。

 正直腕がちょっと不安だったりする。男性の料理というのは得てして大雑把な事が多いのだし。

「男の料理は……嫌いか……?」

 この侯爵様、突然しょげた大型犬みたいな顔をするのでずるい。

「いえ!好きです!!!」

「そうか、よし」

 嬉しそうに彼は笑って、それから城の方へと目を向ける。

 いきなり私の家の近くに生えた白亜の城を満足そうに眺める。

「では先ずはあの城のキッチンでも試すとしよう。最初に、近場の市場に向かうぞ。とりあえず――この辺りで一番早い竜の運び屋を買い取り、それから市場で気に入った店があったらそれも買おう」

「買い取……」

「そうだな、3000万ゴールド程度あれば両方買えるか……?」

 怖いのでそんな金額を自分のために使わないでほしい。切実に。

 庶民感覚で、私は必死に言った。

「市場に行くなら予算5000ゴールドまででお願いします!」

「5000ゴールドでは何も買えんぞ?」

「5000ゴールドを幾らだと思ってるんですか!?」


 ……うん、だめだ、この人の金銭感覚。

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