昔語り2
ニコの真意に気付いたのは働き始めて少し経った頃。
初めてニコと俺でペアを組んでの護衛仕事。俺はいつも通りに振舞っていた筈だった。飛んできたナイフの柄を空中で掴み、相手に投げ返して肩に命中させ、武器を取り落とした相手を気絶させる。
護衛対象者に無事を確認しようとして、場が凍り付いている事に気付く。命の危機に晒されたのだから仕方無いのかもしれない。俺が声を掛けるよりも先にニコが喋り始めた。
「お怪我されていませんか? 恐かったですよね。でも、もう大丈夫です。なんせ、この子は白族でも百年に一人と言われている逸材なんです。そんじょそこらの奴なんて、ひねってポイですよ。さっきのナイフを掴むのも凄かったでしょう。獣族は身体能力が高い上に、ほら逸材ですから。ドンと来いです。ねっ、ヴァンちゃん!」
逸材ではないと言おうとする俺の反論を封じるように、ニコが俺の背中をバシバシと叩きながら、護衛対象者達に向かってニッコリと笑う。
「……えぇ、本当に驚きました。小さいのに凄いですね」
「えへへ、ありがとうございます。ヴァンちゃん、この人を引き渡すから、兵士さん呼んで来てくれる? 僕、見張っているから」
「了解。失礼します」
俺が部屋を出ると、ニコ達が談笑している声が聞こえて来た。ニコは相手の心をすんなりと解せて凄い。
トットコと玄関に向かって走っていると声が聞こえた。
「さっきの見たか? 何だよ、あいつ。襲って来た奴より怖いんだけど。それに、喋んないし態度悪くねぇ?」
「でもさ、もう一人の子が言ってたじゃん。逸材だって。天才ってちょっと変わっているもんだろ。それにさ、あんな可愛い子が一緒だから平気だろ。びびってる主様を慰めて、あの子を部屋から遠ざけてるしよ」
「なっ。ニコニコしちゃって可愛いよな。撫でてぇ」
「俺も俺も。ははははっ」
俺達と一緒に臨時で雇われた人間達か。俺の悪口がてんこ盛りだ。まぁ、いい。さっさと兵士さんを呼んでこよう。
仕事が無事に終わりニコと一緒に屋敷を出る。
「ヴァンちゃん、少し凹んでいない?」
「そうか? そんな事ないぞ」
「でも、尻尾が少し下がり気味だよ」
んん? 本当だ。自分でも気付けていなかった。気にしないようにと思ったが、心はしっかり傷付いていたのか。
「たぶん、兵士さんを呼ぶ時に悪口をいっぱい聞いた所為かも」
「えっ、何処で聞いたの⁉」
「回廊の柱に凭れて、臨時の護衛が話してた」
「あいつらっ! ――殴って来る」
本当に戻ろうとするニコに慌てる。
「いいんだ。俺が喋るのが上手くないのは本当だし、怖がられるのも理解出来ている」
「良くないっ! 確かに口数は少ないけど真摯に対応しているのは、ちゃんと分かる。怖いだって? ヴァンちゃんがナイフを掴まなかったら護衛対象が死んでいたのに、自分の無能を棚に上げて! ヴァンちゃん、放して!」
「駄目だ。白族にもニコにも傷が付く。そんな事になる位なら、俺の悪口なんて幾らでも聞いてやる」
「ヴァンちゃん、なんで怒らないの! もう、あいつら許せないっ。なんの為に、ヴァンちゃんを部屋から出したと思っているのさ。悪意から守る為なのに、逆に晒されているし。ああぁぁぁ、自分も許せない。何の為の鎧だよ……」
うん? 今、聞き捨てならない言葉が。
「ニコ、俺の為の鎧なのか?」
ニコがしまったという顔をする。昔に感じた引っ掛かりの正体がようやく分かった。ニコは自分の為よりも、大事な相手の為に動く。あの時、自分を強調していた事に違和感を持ったのだ。ふむ、すっきりした。
「ヴァンちゃん? さっきのなしね。間違って言っちゃっただけだよ」
「ニコ、照れなくてもいい。ニコが俺を大事にしてくれるように、俺もニコを大事にする」
「くあーーーーっ! 恥ずかしい! ぜっったい、鎧を究めてやるー!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そして、究めきったら、嘘がまことになった。今はこっちの性格が素の状態」
「昔は、あんなにクールで格好よかったのにな」
「なっ。クールなニコ、カムバック」
「皆、酷いよ! 何でそんな残念な子を見る目で僕を見るのさっ。カハルちゃん、僕だってキリッとすれば恰好いいですよね? そうですよね?」
「えーと……。うん、いいお話だったよね」
「カハルちゃん、なぜ目を逸らすんですか⁉ 僕だって、僕だって、恰好いいって言われたーーーい!」
ニコが魂の叫びを上げながら、揶揄う奴等を追いかけて行く。今日も元気だな。
そんなニコを見ながらカハルちゃんがポツリと言う。
「私は今のニコちゃん好きだよ」
「俺も。それに、人見知りが激しい所とか警戒心が強い所とか変わっていない部分もある。そういう所も含めて、これからもニコを大事にする」
俺とカハルちゃんは微笑み合いながら休憩を終えたのだった。
明日からは、また本編に戻る予定です。
お読み頂き、ありがとうございましたm(__)m