表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編小説集

思い出 売ります・買います

作者: 大西 洋子


 久しぶりの休日、お気に入りのサイトにいりびっていたら、おふくろから着信があった。何がよくないことがあったか。と、嫌な妄想を抱きながら出た。


 だが、なんのことはない。

 出たとたんマシンガンのように溢れ出す言葉は、聞きあきたものばかりだった。


「……わかった、わかった。次の休みには帰るから……」

 俺は無理矢理会話を終え、電話を切った。

「帰郷しろ、帰郷しろと言うけど、片道だけで、どれだけかかると思ってるのだか……」

 それに帰っても、先程聞き流していたことを、くどくど言い続けるだろう。


 俺はお気に入りのサイトに戻る。

 ちくしょう、おふくろと話している間に、特別シーンが終わってしまった。有料アイテムを買って、ゆっくり見直そう。そう思ったのだが、今月もカード上限額ギリギリまで使い込んでいるのを思いだし、俺はサイトを閉じ、空腹を満たすために外へ出た。


 

薄っぺらい財布は、さらに薄っぺらくなった。……ああ、給料日まであと何日だ? 


 そんな俺の目に、一枚の貼紙が目に飛び込んできた。

【 あなたの思い出

 売ります・買います】


 質屋か。就職祝いのこの腕時計、あまり必要ないし売ってしまおう。給料までの足しになるといいが…… 

 俺は磁石に引き寄せられるかのように、その質屋に向かった。 



 店員が差し出した電卓に、小中学生のお小遣いかよ。という額が並んでいた。だが、ないよりかましだ。俺は無言で金を受けとる。


「思い出がたくさん詰まったものなら、高値で引き取らせていただくのですが……」

「思い出? そんなもの売れるのかよ」

 俺はそんなことあるわけないだろう。と言ったが、店員は真面目な顔付きのまま、そうだと答えた。

「この店では、人が持つ思い出も取引させていただいております」

「どんな思い出が高値になるのだい?」

 俺は興味半分でたずねた。


 店員が提示した思い出は、今、俺がもう耳にしたくない。と、思っているものが含まれていており、その金額は先程目にしたものよりも高かった。

「こんな嫌な思い出に高値がつくとは思いもよらなかった。よし、その思い出、売ろう」

「ありがとうございます。万が一、その思い出を取り戻したいのならば、三ヶ月以内にご来店いただき、これだけの金額を加えてお支払願います」

「……ふーん、そんな思い出、買い戻す事などありえないがね」


 こうして俺は思い出を金に替え、お気に入りのサイトに思う存分注ぎ込んだ。

 何ていい質屋を見つけたのだろう。また、金が足りなくなったら、忘れてもかまわない思い出を売ろう。思い出など、なくても困らないしな。


 ……だが、その考えは、あることで一変してしまう。



 その電話がかかって来たのは、おふくろが俺に電話をかけてきてから季節が一つ過ぎ、次の季節の足音が聞こえだした頃だった。


 その電話は地元に残る妹からで、涙声混じりでおふくろの危篤を伝えた。

 すぐさま俺は上司に報告し、思い出をいくつか金に替えるとその足で帰郷した。

 だが、故郷に着いた時には、おふくろは息をひきとった後だった。


 あれよ、あれよと言う間に、葬式が進められ、集まった親戚や近所の人が、おふくろとの思い出を色々話す。

 だが、どうしたことか、おふくろの顔も名も、モザイクがかかったかのように見ることも、聞くことも、話すこともできなかった。


 何てことをしたのだ、俺は……

 式が一段落するが早く、妹らに白い目と罵声を浴びながら金を集め、思い出を買い戻すために、とんぼ返りした。


 最初に売った思い出のいくつかは流れてしまったが、俺は思い出を取り戻した。


『無駄遣いしてはいけませんよ。本当に必要な時になくって、困るのはあなたですよ』

 よみがえるおふくろの声。

『お金の貸し借りはしてはいけませんよ。お金もだけど、お金よりも大切なものを失ってしまうこともあるからね』


 耳に痛い言葉。だが、その言葉は、今の俺を完全に見透かしている……


 メールが届いた。

 ――それは、お気に入りのサイト終了を告げるものだった。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ