思い出 売ります・買います
久しぶりの休日、お気に入りのサイトにいりびっていたら、おふくろから着信があった。何がよくないことがあったか。と、嫌な妄想を抱きながら出た。
だが、なんのことはない。
出たとたんマシンガンのように溢れ出す言葉は、聞きあきたものばかりだった。
「……わかった、わかった。次の休みには帰るから……」
俺は無理矢理会話を終え、電話を切った。
「帰郷しろ、帰郷しろと言うけど、片道だけで、どれだけかかると思ってるのだか……」
それに帰っても、先程聞き流していたことを、くどくど言い続けるだろう。
俺はお気に入りのサイトに戻る。
ちくしょう、おふくろと話している間に、特別シーンが終わってしまった。有料アイテムを買って、ゆっくり見直そう。そう思ったのだが、今月もカード上限額ギリギリまで使い込んでいるのを思いだし、俺はサイトを閉じ、空腹を満たすために外へ出た。
薄っぺらい財布は、さらに薄っぺらくなった。……ああ、給料日まであと何日だ?
そんな俺の目に、一枚の貼紙が目に飛び込んできた。
【 あなたの思い出
売ります・買います】
質屋か。就職祝いのこの腕時計、あまり必要ないし売ってしまおう。給料までの足しになるといいが……
俺は磁石に引き寄せられるかのように、その質屋に向かった。
店員が差し出した電卓に、小中学生のお小遣いかよ。という額が並んでいた。だが、ないよりかましだ。俺は無言で金を受けとる。
「思い出がたくさん詰まったものなら、高値で引き取らせていただくのですが……」
「思い出? そんなもの売れるのかよ」
俺はそんなことあるわけないだろう。と言ったが、店員は真面目な顔付きのまま、そうだと答えた。
「この店では、人が持つ思い出も取引させていただいております」
「どんな思い出が高値になるのだい?」
俺は興味半分でたずねた。
店員が提示した思い出は、今、俺がもう耳にしたくない。と、思っているものが含まれていており、その金額は先程目にしたものよりも高かった。
「こんな嫌な思い出に高値がつくとは思いもよらなかった。よし、その思い出、売ろう」
「ありがとうございます。万が一、その思い出を取り戻したいのならば、三ヶ月以内にご来店いただき、これだけの金額を加えてお支払願います」
「……ふーん、そんな思い出、買い戻す事などありえないがね」
こうして俺は思い出を金に替え、お気に入りのサイトに思う存分注ぎ込んだ。
何ていい質屋を見つけたのだろう。また、金が足りなくなったら、忘れてもかまわない思い出を売ろう。思い出など、なくても困らないしな。
……だが、その考えは、あることで一変してしまう。
その電話がかかって来たのは、おふくろが俺に電話をかけてきてから季節が一つ過ぎ、次の季節の足音が聞こえだした頃だった。
その電話は地元に残る妹からで、涙声混じりでおふくろの危篤を伝えた。
すぐさま俺は上司に報告し、思い出をいくつか金に替えるとその足で帰郷した。
だが、故郷に着いた時には、おふくろは息をひきとった後だった。
あれよ、あれよと言う間に、葬式が進められ、集まった親戚や近所の人が、おふくろとの思い出を色々話す。
だが、どうしたことか、おふくろの顔も名も、モザイクがかかったかのように見ることも、聞くことも、話すこともできなかった。
何てことをしたのだ、俺は……
式が一段落するが早く、妹らに白い目と罵声を浴びながら金を集め、思い出を買い戻すために、とんぼ返りした。
最初に売った思い出のいくつかは流れてしまったが、俺は思い出を取り戻した。
『無駄遣いしてはいけませんよ。本当に必要な時になくって、困るのはあなたですよ』
よみがえるおふくろの声。
『お金の貸し借りはしてはいけませんよ。お金もだけど、お金よりも大切なものを失ってしまうこともあるからね』
耳に痛い言葉。だが、その言葉は、今の俺を完全に見透かしている……
メールが届いた。
――それは、お気に入りのサイト終了を告げるものだった。