葛藤
【大和side】
『大和、おはよう!今日も大学かな?気をつけて行ってこいよ!』
1通のボイメ。それは、僕の寝ぼけた脳を叩き起こすには十分だった。
あぁ………どーも、皆さんおはようございます。萬 大和です。現在、午前5時10分です。眠いです、すっげぇ眠い。カラオケアプリやら、ラジオアプリやらに手を出している、ちんちくりんな大学生です。
これでも女です…一応。
少し伸びた髪を適当にまとめて、着替えて、教科書が詰まったカバンを背負って、チャリに乗る。朝ごはんは…コンビニで買うか。
「…まさか、タカ兄さんからボイメが来るなんてね…」
殆どサプライズのような出来事。僕だけに向けられた声が、言葉が嬉しくて、緩みそうになる頬を必死に引き締めてペダルを漕ぐ。雨上がりの少しひんやりとした空気が気持ちいい。
僕が兄のように慕っている「タカ兄さん」という人物は、実際に血の繋がりがある訳ではない。カラオケアプリで出会ったフォロワーさんの一人で、関わっていくうちに何となく「兄妹」になっていったのだ。ふざけあったり、苦しい時は相談に乗ってくれたり。他人だけど、赤の他人じゃない。僕にとっては、本当に自慢の「兄」だ。
「兄」…なんだ。
…だから…
『それで悩んでるんだ。もう認めちゃえば?大和は"タカ兄さん"のこと、好きなんでしょ?』
「う…認めたくない…」
『何で』
「変だから」
『はぁ?』
イヤフォンの向こうで、親友の海咲がため息をついた。
『何が変?どこが変?大和も、大和が抱いた気持ちも、変じゃないよ。』
「……タカ兄さん、既婚者だし、子供もいる…オマケに19歳の年の差………僕がしゃしゃり出ていい状況じゃないじゃん…」
『だから?』
「どうすればいいのか分かんないんだよ!!」
人の少ない講義後の学生食堂で、思わず声を荒らげた。チラチラとこちらを怪訝そうに見て去っていく人達。煩くしてごめんなさい。
『大和が辛い時に、"タカ兄さん"は一番最初に大和の異変に気づいた。大和自身から何があったのかは聞いているから、気持ちも何となく分かるけど………そりゃ好きになるって。しょーがないよ』
「……」
『大和の元カレを横取りした私が言えることじゃないけど…さ。私にも、色んな形でバチが当たってる。親友の心を傷つけたバチがね』
「…ッ海咲、それはもういいって…」
『いいんだよ、本当のことなんだから。……大和、私はさ、大和には幸せになってもらいたい。傷つけてしまった分まで』
「……」
『無責任だよね…ごめん』
「そんなことない。話聞いてくれてありがと、海咲」
海咲は、『自分が納得するまで考えてみなよ』と残して通話を切った。複雑に絡み合った間柄であっても、変わらずに接してくれる海咲に僕は感謝していた。
でも、分からない。
身の振り方、関わり方、全部。関係が壊れてしまうくらいなら、黙っていた方が良いのかもしれない。
真っ黒なスマホの画面を見て、僕は小さく嘆息した。
純粋に「兄」として慕う気持ちと、彼を「男性」として慕う気持ちが、僕の中で渦巻いていた。