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暖色・中間色・寒色短編集

Middy's Midair Radio

作者: たまご


 青年は独り走らせる車の中、少女は受験勉強に飽き飽きして。

 男は自宅に持ち帰った仕事のBGMに、女はまどろみながらスマホアプリを起動させ。


 穏やかな夜、中性的なハスキーボイスがオンエアの合図でリスナーへと届く。


【こんばんは、Midair radio今日もDJのミディがお届けします】





――Middy's Midair Radio――




 車内は、冷えた外気を拒むように暖房がかけられ、男はそのむっとするような熱気の中でそのラジオを聴いている。それは何か月前のことだっただろうか、あの日もこうして独り車を走らせていた帰り道、不意に耳に飛び込んできたこのハスキーボイス。彼は数ヶ月前に偶然耳にしたこのラジオのリスナーである。


【近頃また急に寒くなりましたね。日中は暖かい様子ですが、北の地域だけでなく、西の方でも雪が降っているとのこと。2月はまだまだ冬、という感じですね】


 DJの言葉はさほど面白みがあるわけでも、何か特別な話題や聞きたい内容を話しているわけでもないのだが、それでも深夜ラジオとしては人気があるようだ。日々の忙しさに疲れ果てたリスナー、まさに今車の中で耳を傾けている彼のような、そんな人々には彼の声やテンポが穏やかで心地よいのだろう。


【……あ、そうそう。つい先ほどTwitterで曲のリクエストがありましたのでその曲をお送りしましょう。2月のこの季節、人肌恋しくなった皆さまに送るラブソングです。「    」……】


 11時から真夜中までの1時間、このラジオを聴くために彼と同じように起きている人間は何人いるのか。ふと彼はそう思いながら、車を道の脇に停車させる。




 ぼんやり遠くに見える信号機は緑だった。車通りも既にほとんどない道路には街灯が少なく、彼の車のテールランプのみが赤く辺りを照らしていた。


「もしもし」


 真夜中に近いからといって彼は慎重な人間だ。携帯の着信を受け、ラジオの音量を下げた彼は、古い二つ折りの携帯を手に微かに笑みを浮かべた。


「あぁ、そうか」


 着信の相手は高槻琴音(たかつきことね)という。男の大学時代の同級生で、卒業して5年ほとんど顔を合わせていないというのに何かと連絡を取り合っている仲だ。


 彼の恋人でもなんでもない。特別仲が良かった友人というわけでもなく、ただ同じ学科で同じゼミを受講していた同級生にすぎない。そんな彼女は近々結婚するのだと、嬉しそうに語っていたのは数ヶ月前のことだった。


「それにしても、どうしてお前はいつもこんな真夜中近くに連絡してくるんだ」


 そう尋ねれば女は笑う。笑うのも当然だ、彼女は彼が今何をしているのか知っているからだ。


「あぁ、そうか。お前にこのラジオを紹介したのは俺だったか」


 彼女は2か月前くらいからだったか、彼と同じようにMidair Radioを定期的に聴くリスナーなのだ。その為彼女はラジオが流れるその時間帯だけは、かならずこの男が電話を受けられると確信できる。だからこそ、こうしてラジオからDJミディの声が聞こえぬタイミングで電話をしてきたのだろう。


「ん? 来月……あぁ。分かった」


 その日琴音は彼に、年明けに飲みに行こうという旨を伝えると、いつものように紹介曲が終わりかけのタイミングで「ばいばい」と告げたのだった。







「明日も仕事、かぁ」



 ミディの声が囁く子守唄のように【明日も仕事の皆さんはMidairを聞き終わったらすぐに就寝なさってくださいね】というと、彼はため息を一つ。今の職場は嫌いではないが、仕事に行かなければならないというこの憂鬱な気持ちは、学生時代の気持ちとよく似ていた。


 学校に行かなければならない、そう思うと嫌いではないはずの大学に行くことが憂鬱になった日もあったものだ。



 11時34分。微妙な時間ではあるが、これからが男の楽しみにしている時間帯。「送りたいメッセージ」のコーナーが始まるのだ。不思議なことにミディはいつも番組の開始34分後、ちょうどこのタイミングでこのコーナーを持ってくる。それはたとえ突然の曲のリクエストがあったとしても決まってこの時間だ。


【今日もたくさんのメッセージありがとうございます。まず初めにPNさとこさん……】



 車を再び走らせて、間もなく自宅に到着した男は、そのまま熱気のこもる車内でラジオを聴き続ける。終わったタイミングで独り暮らしのマンションに入っても、誰かが同居しているわけでもないから不平不満をこぼされることもない。



【PN 師走の坊さん。12月、師走というだけあってなんだかとても忙しそうな坊主の禿げ頭が想像できますね……あ、冗談です、失礼しました。メッセージはというと……】



 男はこのコーナーが好きだった。数ヶ月前から今まで欠かさずこのラジオを聴き続けているのも、きっとこのコーナーがあるからこそだろう。


 誰かのメッセージがこうして、深夜のラジオで不特定多数のリスナーに共有される。そのメッセージが本当に発信者の意図する相手に伝わっているかは分からないにせよ、共有される思い、そこに残る何かが、男にはとても心地よいものだったのだ。琴音も同じように、どこかでこのラジオを聴いている、そう思うと心の中に何か熱いものがこみ上げてくるが、男は理性を持ってそれを押さえこんだ。



【今夜最後の方は匿名さん……】



「ん?」



 ラジオの調子が悪くなったわけでも、機械の不具合というわけでもないだろう。不意にミディの声が聞こえなくなった。運転席のリクライニングを倒し、ただそのスピーカーから流れるかすれた声に耳を傾けていた彼は、身体を起こし、時刻がまだ11時48分であること、そしてミディがただ沈黙していたことを確認した。



【……誰にいっているわけでもないですし】



 ハスキーボイスがコトリ、そんな男の心臓を騒がせた。


【気が向いただけなんですが。大好きでした。ただそれだけでした】



 男は動きを止めた。誰にいっているわけでもない、と前置きされているメッセージなはずなのに、それは自分に言われているように感じたのだ。それはいつだったか、思い出せば簡単だった。






 琴音と何度かゼミで顔を合わせるようになり、友人、と呼べるような関係になってしばらくしたある日のことだ。









――



「ねぇ……気が向いただけなんだけどさ――」


 不意にかけられた声、その内容。当時は驚いてプリントを盛大に床へとぶちまけた覚えがある。それを見て呆れたような声を漏らした琴音は、そのまましゃがみこみ、書類を拾いあげるのを手伝ってくれる。プリントの順番はめちゃくちゃにはなってしまったが、後で整頓すればいいのだ。素直に彼が礼を言うと、こちらこそ驚かせてごめんと、そう微笑んでくれた。その後琴音は何か言いたそうにしていたが、「やっぱりいいや」と去って行った。



「……なんだよ、大好きって――そんな」


――




 男は別に琴音の言葉が今のメッセージのような告白の言葉だったとは当時思いもしなかったし、今も思わない。まもなく結婚する相手がいる彼女にとってすれば、今こんな感情を抱き始めた男は邪魔以外の何物でもないであろう。





「俺は琴音が好きだったのか」




 自覚するのは遅すぎた。恐らく自分は、大学在学中の頃から彼女の事を心の中では思っていたのだ、男はそう思った。ほとんど話もしなかったのに。でも思えば彼女がゼミの中で議論をしている顔は、まぶしかったように思う。



 11時48分――そのメッセージを言った後しばらく沈黙を保つこのハスキーボイスのDJは、一体何を考えているのだろうか。メッセージを読んだきり既に5分は沈黙しているであろう、そのラジオに、もどかしさは募る。今日はもう、このDJは何も言わないのだろうか、正直この先に一体どんな言葉をかけようとしているのか、気になったのだが、この沈黙ではがっかりだった。



「……行くか」


 運転席のリクライニングを起こし、車の鍵に手をかけた瞬間。

 スピーカーが電気信号に従って空気を震わせた。








【君の言葉は、きっと伝わりましたよ】






 男がエンジンを切るために鍵へとやった手は、鍵を掴む代わりに、黒いハンドルを握り直した。もう片方の手はパーキングに入っていたギアをドライブに切り替える。アクセルを踏んだ男の車は、車も人もほとんど通らぬ道へと進んでいった。





 今もまどろみながらもこの不思議なハスキーボイスを聞いている彼女のもとへ。




書いたのは1年前、ちょうどバレンタインの日。

思い出したかのように1年後投稿します。

DJ ミディが告げた匿名のメッセージは誰からのものだったのでしょうか。

1つだけお伝えします。これは――琴音のものでは、ないのです。


また同じミディのシリーズで気が向いたころに投稿するかもしれません。

お読みいただきありがとうございました。

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