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労働哀歌  作者: 錫 蒔隆
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お値段以上にはならない労働

 S町(現在は市)の、大手家具量販店の倉庫へ働きに行く。基本時給は1000円。22時から5時までの深夜帯は、1250円。試用期間ということで950円。

 24時間稼働しているから、労働時間帯もさまざまである。日勤8時30分から17時30分。昼勤12時から21時。夕勤17時から2時。夜勤21時から6時。休憩は15分30分15分の三度で計1時間。一年以上にわたる全派遣労働の半数以上、この倉庫の世話になった。その記念すべき初勤務は土曜の休日を費やしての、昼勤であった。朝ゆっくりしたいというのが、当時の私の頭を占めていたいたらしい。日勤から夜勤まですべての時間帯を体験したが、昼勤に入ったのはこの一度きりであった。つまり、一度めで懲りたのだ。17時30分にあがる日勤の連中の背を、羨望のまなざしでながめていたことを記憶している。あと3時間半もある、と。

 私がメインで入れていたのは、夜勤である。その倉庫は、本業の会社から近かった。隔週の土曜出勤の夜に、入ることにしていた。ほんとうは土曜休日のときの金曜の夜勤で入りたかったが、平日の本業が何時に終わるのかわからないので入れられなかった。あとは祝日があれば、そこで日勤で入るような生活であった。

 昼は出庫、夜は入庫と出庫品の補充。倉庫は1階から3階まであって、それぞれ業務がちがう。2階と3階にはエリアがあって、そこでも業務が分かれる。派遣仕事は、時間との戦いである。澱む時間をいかに堪えて乗りきるかという、精神力を問われる戦いである。仕事内容はできるだけやることが多く、指示待ちの時間が少ないほうがいい。

 3階のオリコンという部署がいちばん、楽な戦いができる場所であることを知る。ひたすらずっと、小物雑貨を出庫棚に補充する作業が朝までつづくのだ。1階がいちばんきつい。入庫の大型車が入ってきて荷おろしを手つだっているあいだはいい。それがおわるとすることがなくなり、いろいろと時間の止まったような雑用を言いつけられる。3時ごろから朝まで掃除なんて日もあった。2階のソファーというエリアは、1階のつぎにきつかった。パレットに積まれたソファーをひたすら、二人一組でカゴ台車に載せかえて移動させるという作業である。派遣十人くらいでその作業に従事するのだが、時間の流れを遅く感じさせる。3階のオリコン作業にあたることがベストであるが、こればかりは当日の運しだいである。2階の補充と3階のピッキングステーションというエリアもあって、1階と2階ソファーよりはそれらがベターであった。

 朝礼後の割りふりで「3階オリコン経験あるひと」と言われたときには、めだつように挙手をする。それでえらばれれば僥幸、生きのびたことを実感する。1階と2階ソファーに割りふられてしまった日は、あきらめるしかない。時間との戦いである。

 時計を見ない。時間と戦うための初歩中の初歩である。時計を見てしまうと、おりに足首をつかまれて沈められてしまう。時計を見ていいのは休憩のときと、終業時間の確認時だけである。それと、三度の休憩の配分。これも運否天賦の要素が強いが、なるべくなら入り時間が遅いほうがよい。休憩の入りが早いと、あとに苦役が長くなるだけである。

 いちばんの基本戦術は、3階オリコン作業にふりわけられることである。それだけではいけない。1階や2階ソファーにふりわけられた日のことを考えて、布石を打っておかなかなければならない。隔週で夜勤に入ると、派遣のなかに見る顔がある。そいつらと仲よくなることにした。そいつらと会話しながら作業できれば、時間の苦役も多少はやわらぐのである。二人ほどその場かぎりの「戦友」を得ることに成功し、どうにかこうにかやりすごしてきたのである。

 もっといい方法がある。倉庫の社員と仲よくなって、割りふりでつねに3階オリコンにまわしてもらうようにする。そんなヒュミントめいた高等な交渉能力があったら、そもそも底辺下流の職についていない。就職活動で、もっとよい会社に入ることができた。時間を巻きもどせるなら、そのあたりからでもやりなおしたい。やりなおしたいことだらけの人生である。

 朝6時。すがすがしい解放のとき。私は帰路の道沿い、「山田うどん」で朝定食を食べる。これが私の、ひそやかなたのしみとなっていた。この生活を抜けてからはもう、「山田うどん」の世話になる機会もなくなった。


 早朝に 卵かけ御飯 饂飩つき 二百五十円 庶民のメシア


 帰宅して 起きて夕方 翌朝に 仕事ゆくわれ いとかなしけれ



 「よくそんな生活をつづけていたなあ」と、いまにして思うのです。

 いまだに、その家具屋の店舗に入ったことはありません。べつに避けているわけではなく、さしたる用事もないので。

 一度だけそのチャンスがあったのですが、車の外の大雨。めんどくさくなって車のなかで妻を待ち、永遠にその機会を逸したのでしょう。利根川幸雄なら言うでしょう。「失いつづけるんだ、チャンスを」と。

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