積み師の世界・後
私は無神論者ではない。「積みの神」というものを信奉する、おそらくはただひとりの信者ではないだろうか。宗教ではないから開祖も教義もなく、布教などもおこなわない。ただひとり私だけが、その存在を感じていればいい。まわりから「イカレポンチ」と蔑まれようと、棄教することはない。
「積みの神」は不意に、私のなかに舞いおりる。私の体を使役し、秘蹟を顕わす。神が降りたその日は、面がきまるのだ。積む荷物がことごとく、立体主義の美意識にすっぽりと隙間なく収まる。一ミリの逡巡も計算もない。私の脳と手が、秘蹟をなす。「神がかる」という実感。私であって私でなく、私でなくて私である。あふれでる脳内麻薬。快楽の海に溺れる、神に侵された一日。私だけの神、私だけの秘蹟。「ああ。これこそ、おれの天職なのだ」という充足を、あらたにする。
ここで、岡本綺堂の『修禅寺物語』を呈示する。
面作師の夜叉王が、幽閉された二代将軍・頼家のために面を打つ。作っても作っても、納得のいく面が作れない。「まだできぬか」と催促に訪れ、「できておるではないか」と作者の意に染まぬ面を持っていこうとする頼家主従。「あなたがたには、その面にありありと浮かぶ死相がわからんのか」と制止する夜叉王をふりきり、夜叉王の娘・かつらを面とともに修禅寺へ連れかえる。
やがて頼家は、鎌倉から差しむけられた軍勢によって滅ぼされる。かつらは夜叉王作の面をかむり、頼家のふりをして鎌倉兵を引きよせる。瀕死の重傷を負いながら、実家へともどる。作っても作っても、頼家の面から死相が消えなかった理由を、夜叉王は悟る。まぬかれぬ宿命。これこそ技芸天の思し召しと、夜叉王は歓喜するのだ。
「積みの神」を知る私は、夜叉王の歓喜を理解できるのだ。
「積み」をスポーツ、芸術の域に高めたいという想いがずっと燻っている。むかし『TVチャンピオン』で、「引越王選手権」をやっていた。なぜ「積み」を競技に組みこまなかったのかと、不満ののこる内容であった。そこにある荷物を、箱にどのようにして収めるのか。実況と解説をつけて、競技として呈示されたなら。
スポーツで云えば「積み」は、フリークライミングに似ている。「そこへ至る過程は自由」という幅のひろさが、「積み」とつうずるものがある。芸術点という採点基準を設けるから、フィギュアスケートにも近い。ゲームのテトリスにいちばん似ているので、「実写版テトリス」というコピーが頭に浮かぶ。技術点と芸術点とスピード。そう。スポーツにするからには、スピードの勝負となる。それがギャラリーにもわかりやすい。
けれどスピードが要求されたのなら、それは「作業」になってしまう。芸術をある程度、犠牲にせざるを得ない。ゆえに、「スポーツバンニング」と「積み」は別のものとしておきたい。ラップと云うところのフリースタイルバトルと音源のちがいだ。「スポーツバンニング」ではぜひ、解説席を私に用意してもらいたい。
「積み」は、美術館で展示する。映像作品として。積みこみをしているところを記録した動画と、きまった面の静止画数点。動画の視点は、積み師のもの。どのような荷物があるのか。どのような物語によってそれらを積みあわせ、一篇の詩として完成させるのか。ひとりの積み師の個展であってもいいし、積み師数人の作品をならべてもいい。あるいはコンテナとリフトと荷物を用意して、観客のまえで実演するのもいい。「スポーツバンニング」とちがい、優劣を決めるわけではない。観劇するように、「積み」を見てもらいたい。人見知りであがり症の私も、「積み」の演者としてならうまく立ちまわれそうな気がしている。
私の夢は、小説家になることである。同時に、積み師と呼ばれたい。「積み師の世界」をもっと知ってもらいたい。狂熱に浮かされるように、下書きもなしに打鍵するこの章。「積み」についてはたぶん、これからも書くことになる。筆力の向上とともに、散文なり詩文にするのだろうという確信はある。だからここでは、「積み」についての記述を擱くことにする。




