sugar
またまたお付き合い下さい。アイドルソングの事は1ミリも知らないので多少の偏見が入っておりますが、私自身は音楽はどんな曲でも大概好きです。
『めろめろ♡ブロッケン』
作詞:作曲 リリス
編曲:ヘビ男
ラブ♡ラブ♡ラブ♡ラヴ♡ヴァルプルギス
ドキ☆ドキ☆ドキ☆ドキ☆ブロッケン
(high!)
めろ♡めろ♡めろ♡めろ♡メルティーラヴ
うき☆うき☆うき☆うき☆サイケデリック
(セイッ!)
昼一時、少し退屈
流れてくる、ワイドショー
セレブレティなスキャンダル
なんだかちょっぴり憧れちゃう☆
(ちゃう☆)
億にひとつの可能性
もしも、アナタがワタシの元へ
戻って、来て、くれるとしたら
絶対ないだなんて、誰も言い切れない!
(カッカワッカワイイッ、リリスゥ!)
ねえ、ホントに2人もう、ダメなの?
やり直しとかって、出来ないの?
あれ、そっちに誰かヒトがいるの?
今オンナの声が聞こえたけど?
もう、面倒くさそうな顔、止めてよ
なに?ワタシが全部、もう悪いの?
もう話しもしたくない、会いたくない
これ以上続けたら多分、ワタシ
アナタとソイツ、そうそこのソイツ
ドロッドロッに跡形もなく溶かしてしまうわ
(メッメルッメルメルメルティラヴ♡high!)
悪い。これがアタシの限界だ。もう耐えられない。
もしもアンタがこの歌の続きをどうしても気になるなら、実際ヴァルプに行ってみりゃ良い。どうなっても責任はとらないけどね。
そんな感じの脳溶けソングを生で聴かされて、流石のアタシも辟易させられていた。
しかしアマル叔父さんが頑なに行きたがらなかった理由はこれだったとは。アレンジに携わっているところを見ると、無理矢理お袋に曲提供をさせられたのだろう。それはつまり、このクソ歌の制作に立ち会ったということだ。自分にそういう才能がなくて本当に良かった。もしもと考えたら寒気がしてきた。
さて、いかに好色なご主人様と言えどこんなワケの分からん歌とダンスを見せられたらドン引きするだろう。マトモな神経の持ち主ならあんな歌を歌うヤツに関わろうとは思わないはずだ。
もう恋愛ゴッコは終わり。顔は出したんだから護衛の役目もバックレていいだろ。さっさとこのメインステージから引き揚げて、バーカンで一杯ひっかけようと思った。
そう言えば古いツレがどっかのラウンジでDJをやってるって言ってたのを思い出した。アイツは昔から渋い選曲をするんだ。久しぶりに見に行ってみるか。そう考えた。
お袋のパフォーマンスはまだ途中だったが、あたしは反対の端にいるタケルの方に目をやった。
先ほどまでのテンションとは打って変わり、きっと苦悶に歪んだ表情をしているに違いない。そう思っていた。
「うぉぉぉ!リッ!リッ!ス!!リッ!リッ!ス!!」
そこには汗だくになりながら、天高く拳を突き上げ我がお袋様の名前を連呼するご主人様の姿があった。
信じたくない光景だった。姿形こそ違えど、さっきあたしに絡んできた蝿野郎やその他の有象無象どもと同じ、いやそれ以上の熱気を纏いながら大声で叫び続けていた。
「なにやってんだ‥アイツ‥」
正直もう護衛どころではない。あたしは結界を緩めて即座にタケルの元へ駆け寄った。
「ちょっ、タケル様!ご主人様!なにしてんですか!?変なクスリでもキメなすったか?」
タケルは肩で息をしつつ、ステージからまるで目を逸そうとしない。
「邪魔してくれるなメフィスト。俺は今この瞬間、確かに生きていると実感してるんだ。魂が、激しく呼応してるんだよ!」
いやなに言ってのこの人。そういう台詞はまだまだもっと先で言ってくれよ。こんな場面で言う事じゃねえよ。
「あんな歌の何が良いんですか?イカれるのも大概にして下さい。さあ、もう退散しましょう。やはりここは人間の来るべき場所じゃない。」
あたしが手を引っ張ろうとするのを振り解き、タケルは実に真剣な表情で反論した。
「あんな歌?お前は何も解っちゃいない!あの歌には隠された哀愁がある。叶わぬ恋の想いが秘められている。それに俺は、胸を打たれたのだ。応援せずにはいられない。」
あたしの脳みそが理解する事を全力で拒否する発言だった。
「冗談や酔狂で言われているワケではないんですね?」
「もちろんだ!!リリスちゅわんのパフォーマンスが終わるまで、俺は此処を動く気はない!」
あたしは頭を抱える。本気でヤバいな今回は。あたしの思惑とは裏腹に、物事がどんどん面倒臭い方にいってる気がする。
あたしは面倒臭いのが大嫌い。
「解りました。では曲が終わったら帰りましょう。それだけ約束して下さい。でないとマジで危険なんですよここは。良いですね?」
しかしその返事を聞く前に邪魔者があたし達の間に割って入ってきた。
「おい貴様ら。こんなとこで押し問答なんぞするな!何処か他へ行け。邪魔だ。」
振り向くと大勢のハッピ軍団を従えた蝿野郎が、四本ある腕を組んで仁王立ちしていた。
「うん?お前は‥娘。警備をしてるのか邪魔しているのか。どちらにしろ我々の前に立つな。目に余る様ならいかに関係者とは言えど捨ててはおかないぞ?」
言ってる事は男前なんだけど目的というか芯にある物がダサすぎて色々勿体無い。
「あたしだって早く立ち退きたいんだ。しかしツレがどうにも頑固でね。もう少し待ってくれよ。」
「ツレだと?もしかしてそのひ弱そうな食料のことか?笑わせる。物好きめが。おい人間。何をしている。邪魔だ。さっさとここから退け。」
蝿野郎は嘲笑しながらタケルの肩に手をかけたが先ほどと同じようにその手はすぐさま払いのけられ、同時にあたしが今まで見た事もない様な鋭い眼光が蝿に向けられた。
「何をしてるかだと?愚問だな。俺は今、全身全霊をもって、この魂のライブに立ち会っている。時間が惜しい。横に一列になりゃ良いだろ。」
「なんだと?」
もはや一触即発。マズイな。なんとかしないと。
「食料の分際が舐めた口をきく。良いだろう。ちいっと早いが昼飯にしよう。」
そう言って蝿野郎はタケルに掴みかかる。
契約上、タケルに手を出されたらあたしも黙ってはいられない。そうなれば揉め事だ。しかし立場上、あたしはリリスのスタッフでもある。ファンとスタッフが揉めるなんてあっちゃいけない。そうなればお袋からの叱言は免れない。
あたしは面倒とお袋の叱言が大嫌い。
「新参者が一人前に語るからだよ」
あたしはその瞬間、蝿が振り上げた手を掴んで止めた。
「おいおい大将。そう熱くなりなさんな。あたくしの記憶が正しければアンタは随分古参の方じゃないですか。新参者如きにそこまでムキにならなくても良いじゃないんですかね。」
あたしがそう言うと蝿は手を離してこっちを睨みつけた。
「何を今更。古参も古参。最古参であるぞ。俺様は歌姫がスリーピースのロックバンド『デモノバーズ』を組んでた時からのファンなんだ。それをなんだ。今さっき来たみたいな奴が偉そうにして。おまけに人間だぞ。くだらん。そういう輩を排除するのも、最古参の立派な務めだ。歌姫のセッティングが終わる前に胃袋に入れてやるわ。」
「だからさ。その最古参が、どうして新参を足蹴にして楽しんでんだよ。リリスはそんなこと望んでんのかよ。それとも、応援するとは名ばかりでただ単に偉ぶる目的でここに来てんのか?」
「何が言いたいんだ娘。そんな事があるものか。我らは魂で歌姫を応援しに来ている。それ以外の目的はない。」
「だったらガキ大将みたいに群れで場所取りなんざしてねえで、それぞれ好きな様にリリスを応援すりゃ良いだろ。それともアンタらの魂ってのは、新参とか古参とかそんな安い括りに縛られちまうもんなのか?」
そういうと周りの取り巻き達からブツブツとため息混じりの不満が聞こえてきた。
「そう言えば最近は新参排除ばかりに気がいってあんまライブの内容覚えてないんだよなあ。」
とか
「掲示板じゃ『リリスは古参がウザ過ぎてライブに行けない』とか書かれるんだぜ?」
とか
「実はオレ、今日で抜けようと思ってたんだ‥」
とかとか。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ‥」
蝿野郎は四本ある手を擦りまくって悔しがった。まあ、良い加減コイツらも自分たちの在り方に疑問を抱いてたんだろう。
「俺も、一言言わせてくれメフィスト。」
「タケル様?」
見た事もない真面目な顔でタケルがあたしの前に立つ。
「蝿の人。アンタがここのリーダーか?」
「ベルゼブブだ。いかにも。」
「アンタに言いたい事がある。いや、むしろこれは助言というやつだ。俺もかつて、大人数の組織を束ねリーダーをやっていた事がある。」
はいはいそういう事ね。なるほど。任せてみよう。
「俺達も最初は七人だったが日を増すごとに膨れ上がり、最後は千人もの人間が連なる組織になっていた。しかしね。俺は組織が巨大になればなるほど憂鬱だったよ。なぜかって?俺達はいつしか、組織をデカくする事ばかりを考えるようになり、根本にあった『楽しく人生を生きる』という目的を見失っていた。それが俺はつくづく嫌になっていた。原因はなんだと思う?」
「リーダーのお前がブレたからか?」
「それもある。だが一番は、大きくなった事自体だった。多様な考え方が同じ場所にいればそれだけトラブルの原因にもなる。そうなってようやく気が付いたんだ。目的を達成するのに、頭数はいらないってね。」
やっこさんにしては随分マトモな事を言う。
「俺はアイツらを捨てて来てしまった。少しだけ、後悔してる。だけどアンタらにはそうなって欲しくない。同じリリスちゅわんの笑顔を、歌を愛するものとして。いつまでも変わらずにいて欲しいんだ。解るだろう。リリスちゅわんには、アンタらが必要なんだよ。」
そう言ってタケルは目に浮かんだ涙を隠してみせた。
いや正直、普通なら感動するシーンなんだけど。全くもって感情移入できない。何故かって?
渦中にいるのがフリフリの格好したテメエのお袋だからだよ。
「新参のしかも人間如きが知った口を利くもんだな。」
蝿野郎の言葉に緊張感がはしる。
「しかし何故だろう。その眼に嘘は感じられない。何よりもお前から、歌姫へ魂の愛を感じた。」
そう言うと蝿野郎は、やおら着ていたハッピを脱ぎ捨てた。
周りでどよめきが起きる。
「おいおい。ベルゼブブがユニフォームを脱いだぞ。」
「どういう事だ?」
ざわついてる聴衆へ向かって、蝿野郎は高らかに声を上げる。
「本日今この時をもって、歌姫の親衛隊は解散する。最早歌姫にとって形だけの親衛隊は無用だ。」
どよめきが大きくなり中には泣き出す者もで始めた。
いやいや。そこまでか?あたしだけか?この温度差。
「しかし、だからと言って俺様が歌姫のファンを止めるワケではない。これからは、ただのいちファンとして歌姫を追いかけて行こうと思う。戒律も排除も無い。ただ魂の限り応援する。それだけでありたいと思う。皆も、己が思うままに行動せよ!以上!解散!!」
「うぁああああああ!!」
蝿野郎を囲んで大勢が涙と鼻水を流していた。タケルもそれを見て、何故だか号泣しているみたいだった。
この時のあたしは一刻も早くこの茶番が終わってくれないかなと思うばかりだったね。
「ごめ〜ん♡みんなあ。お待たせえ!最後の曲、いっくよお!!」
計ったかのようにステージの準備が整い、お袋がゴスロリ衣装で再び登場する。
「思わず親衛隊は解散となったが、ここに集う皆が同志である事に変わりはない。今日の締めくくりとして全身全霊、俺は究極の応援をするぞっ!お前らはどうする!」
「聞くまでもないよ蝿の人。俺は今回初参加だが、誰にも負ける気はしない!」
タケルが勇ましい表情をしている。キモい。
「人間め。俺様はまだお前を認めたワケではないぞ。この最後の曲で、お前の生き様を見せてもらうぞ!!」
「望むところだ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
男たちは何故か衣服を脱ぎ捨て、パンイチで走って行った。
お袋の唾液がかかってきそうなスレスレの位置について、曲に合わせた奇妙なダンスを汗だくになりながら踊り続けた。
あたしは少し離れた所からタケルの様子を伺っていた。
やっこさんは魑魅魍魎に混じり精一杯のダンスを見よう見まねで踊っていた。その姿はかなり滑稽ではあったものの、それを馬鹿だの阿保だのと笑い飛ばすにはあまりに眩しい笑顔していた。
もしかするとタケルは、本当に音楽を通して異種との友情ってやつを育んだのかもしれない。
そう思うと、全力でキモいと拒絶したあのダンスも心なしかそう悪くないと思えなくもなかった。
しかしてライブは無事終わり、あたしらはリリスの楽屋テントへ向かった。
タケルは蝿野郎と硬い握手を交わしていた。奴らに言葉はなかったがその眼差しが別れの挨拶だったようだ。
男ってのいつも不器用なんだな。
タケルはテントへ向かう途中こんな事を言っていた。
「俺、リリスちゅわんに会ったら一番に言いたい事がある。今夜貴女の目の前で踊っていた連中は貴女の一番のファンなんですよって。あえめてそれだけでも伝えたいんだ。良いだろメフィスト。」
「ご自由にどうぞ。」
あたしはその時、友達を手に入れた男の顔を見た気がした。
そんなタケルの言葉が飛び出す前に、お袋が開口一番、あたし達に投げてきた言葉は次の通りだった。
「あ〜んベイビちゃ〜ん♡今日のライブちゃんと見てたぁ?んもう最悪ぅ!なにあの一番前にいた奴ら。ホント毎回ちょーキモい!!キモい!キモい!キモーーい!アナタがいてくれなかったらアタシ最後まで歌えなかったわぁ。特にあのいっつもいる蝿がマジでイヤ!早く死んでくれないかなアイツら。」
ね。
世の中そんなに甘くないというか上手くいかない。
タケルは放心状態で顔が真っ青になっていたが、あたしはようやく正気に戻れた気がした。
「ああ。あたしもキモいと思うよ。」
あたしはニヤニヤとタケルを見ながら答えた。
続く