Hangover
ネット小説大賞締め切りギリギリの投稿です!またまたお付き合いください。
ずいぶん広敷が広がってきてしまいました。
『ヴァルプルギスの夜』
『古来、ドイツでは冬の終わりの夜に魔女や魔性どもが各地から一斉に集まって春の訪れを祝う宴会を催すとされている。それら魑魅魍魎の類いは、己が神を崇め奉り一層の加護を願う。場所はドイツ北部にあるブロッケン山。そこでは人の範疇を遥かに超えた化け物たちの酒池肉林の宴が繰り広げられている。』
と、ここまでは人間の伝承まんま。
しかし悪魔の世界にも時勢というのがあってね。時間の流れと共にヴァルプルギスの夜も儀礼的な物に劣化していったんだわ。
ま、分かり易く言うと週末にクラブで開いてたパーティが年に一度の町内会の寄り合いになっちゃったワケ。
続けるよ。
『内容の変化に伴い参加者の数も年々減っていき衰退の一途を辿っていくヴァルプルギスの夜。裏腹に人間たちの世界ではいつしかヴァルプルギスの夜を楽しもうという風潮が現れ始めた。理由が科学とやらの発展で人が夜を恐れなくなったからだ。そうしてみるみるウチにヴァルプルギスの夜は人間たちに横取りされてしまった。しかし悪魔の方でも嘆くものは数少なかったそんな時、一匹の悪魔が異論を唱え立ち上がった。
通称「酔いどれデビー」である。
彼は人間たちからヴァルプルギスの夜を取り戻す為、東奔西走しあらゆる手段を尽くして宴の再興を図った。彼は何故かとても熱意を持って取り組んだ。その甲斐あってヴァルプルギスの夜は再び熱気を取り戻し、前よりも一層大規模な宴に成長していった。しかし従来の日にちでは人間たちと遭遇してしまう可能性が多くトラブル発生の原因にもなってしまっていた。
そこでデビーは、引退前の最後の仕事として開催日時の変更を発表し今日ある通り、12月31日の夜に行う様になったのである。』
以上、アクぺディアより引用。
「とまあここまでが、自称宗教家のクセにろくすっぽヴァルプルギスの夜の知識がないセンセの為の『三分で解るヴァルプルギスのこと!』でした。」
「なーにが『こと!』だ。アホみたいな声を出すな。頭に響く。」
「頭に響くのは中身が入ってないからですね。お気の毒に。」
「にゃにおう!!」
顔や年齢が変わっても、人の中身なんて早々変わるもんじゃない。
源田は見てくれこそピチピチのイケメンになったが、口を開けばやっぱりムカつく豚のオッさんだった。
あたし達は今、「Club paradise」を後にして鉄の馬を走らせている。向かう先はもちろん、ブロッケン山。
まあ幾ら何でも鉄の馬でドイツまで行こうってんじゃないぜ?そこまでは流石に他の手段を使う。鉄の馬じゃ海は渡れない。
じゃあどうするか?
叔父さんも言ってたけど今や『ヴァルプルギスの夜』は悪魔だって参加するのが難しいくらいの人気イベントになっちまっている。
だけどチケットがあれば別。
「さあ、着きましぜセンセ。」
「なんだあ。もうドイツに着いたのか。随分早かったなあ。」
「さすがセンセ。これからパーティに行くってんだ。それくらいオメデタイ脳みそでいてもらわないと困ります。」
「なんだそれは?どういう意味だ?」
ひとまずあたしは源田を無視して、鉄の馬から降り辺りを見回す。
うらぶれた倉庫街。人気もなく静まり返っている。まだ夜の時間だ。
「おいメフィスト。私の話を聞かんか。どういう意味ださっきのは。おい。なんだここは。どう見てもドイツじゃないぞ。」
「センセ。黙ってて下さい。口から馬鹿が溢れてますよ。」
叔父さんが言う通りならここら辺のはずだ。
あたしは相変わらずブツブツと年寄りじみた文句ばかりの源田を置き去りにして詮索を始めた。
そこらを嗅ぎまわっていると、ある方向からとんでもなく香ばしい臭いがしてきた。この場合の香ばしいは物質的な意味じゃなくて、キナ臭いというか胡散臭いというか。有り体に言っちまうと懐かしき故郷の香りだな。何処かで微かにだが、地獄の炎がチラついている気がしていた。
その時ふと、あたしは気配を感じ取る。
今まで誰もいなかった筈の背後にショボくれたじいさんがひとり、呑気そうにタバコをふかしてる。
あたしはじいさんに近づく。
「よおじいさん。景気はどうだい。」
じいさんは一瞬だけあたしの方を見て、またすぐに虚ろな視線に戻った。
「なんだこの失礼で小汚いじじいは。」
いつの間にか後ろにいた源田がすかさずじいさんに侮蔑の言葉を浴びせる。
自分だって少し前まで小汚くて失礼なオッさんだった癖に。
「このじいさんが恐らく、あたし達が探しているもの。もしくは探しているものを知っている者です。」
「なに?このじじいが?」
ホントに汚れない魂なのかねこの人は。
じいさんは源田になんと言われても知らんぷりでただただタバコをふかしてるいる。
「困ったなあ。だんまりか。」
「おい!どうするんだメフィスト!リリスちゅわんに会えなかったらお前のせいだぞ!!」
「勘弁して下さいよセンセ。いい歳こいて恥ずかしい。」
「にゃにおう!」
あたしらが口論してるのを見てじいさんが突然笑い出した。
「ふぇふぇふぇふぇ。そんなに『夜の女王』に会いてえかい。人間のクセに変わってんなあ。」
この瞬間にじいさんがあたし達側の生き物である事が確定したけど、だからと言ってじいさんが頑なな事に変わりはなかった。
「なあじいさん。あたし達ヴァルプルギスの夜に行きたいんだ。今回のゲートはどこだい?」
ヴァルプルギスの夜は人間との邂逅避ける為世界中に複数のゲートが存在しているがその場所も毎回変わる仕組みになっている。
真っ当な悪魔ならゲートの近くに必ずいる門番に案内してもらえるのだが、どうやら今のあたしは真っ当な悪魔に見られていないらしい。
「人間をヴァルプルギスに連れて行くのはご法度だ。そんくれえねえちゃんでも知ってんだろう?帰んな。」
「なあじいさん。そんなこと言わねえで頼むよ。あたし達はリリスの護衛に行かなきゃいけないんだ。」
「ダメだ。人間は通さない。たとえねえちゃんが夜の女王の身内だって言っても、俺ぁテコでも動かねえぞ。」
じいさんは強情だった。
「おいじじい!!いい加減にしろ!ケチケチすんな!ひとりくらい良いだろう!」
源田はついに痺れを切らしじいさんの胸倉を掴んで恫喝しだした。
弱い者にはトコトン強くでる。最低だね。いや、最高か?
しかしじいさんは微動だにせず静かに口を開いて言った。
「ガタガタうるせえぞ糞ガキ。人間風情があまり舐めた口をきかねえ方が良いぞ?お前とこのねえちゃんがどういう関係かは知らねえが、悪魔ってのは人間みてえに同族間での馴れ合いはしねえもんなんだ。例え仲間のツレだとしてもカンに触る奴は容赦なく内蔵を引き摺り出す。分かるか?」
「ひぃぃぃっ」
源田は自分よりも小さくて弱そうなじいさんに脅かされて情けなく後ずさりした。
しかし困ったな。どうすりゃ良い。あたしは頭を悩ませる。
「あんまりこのデヴィッド様を甘くみねえこった。歳はとっても人の血肉の味は忘れてねえぞ。ふぇふぇふぇふぇ。」
あたしはその名前を聞いて思うところがあった。
「センセ。しばらく此処にいて下さい。ちょいと鉄の馬んとこに戻ります。」
「なんだと!?馬鹿者!こんな危ないじじいと二人きりにするな!!殺されう!メフィスト!お願い行かないで!!」
「良いから!着いて来ないでくれ!」
源田を振り切ってあたしは鉄の馬のとこまで戻ってきた。
確かヴァルプルギスに着く前にどっかで引っ掛けようとアマル叔父さんの店からクスねてきたやつがあった筈。
「これこれ。」
あたしは2本ばかしの上等なラムを手に取り瓶の構造を確認する。
よし、これならイケる。あたしは手早く瓶に細工をして急いで源田の下へとって返した。
源田は喰われてこそなかったものの、すっかりじいさんにビビってしまいあたしの顔を見つけるなり泣き出してしまった程だ。
「どごいっでだんだめびずどぞぞぞぞお」
「はいはい。良い子にしてましたかー。ねえ坊ちゃん。」
「ねえちゃん、てっきりコイツを置いて帰ったのかと思ったぜ。一食浮いたかと思ったのになあ。」
「じいさん。こんなの喰ってもロクなもんじゃないよ。それよりコイツをヤらないかい?」
あたしは2本のラム酒をじいさんの目の前にチラつかせる。途端に腑抜けた顔のじいさんの目が鋭くなった。
「そいつぁ!?」
じいさんがすかさず手に取ろうとするがあたしは意地悪くヒョイと取り上げる。
「コイツはあの『楽園の蛇』の店から失敬してきたブツだからなあ。そんなに悪い代物じゃねえ筈だぜ?」
「悪いだなんてトンでもねえ!!ねえちゃんソイツは『クロコダイルの涙』だぜ!!しかも2本だなんて!!」
「酒にはあんまり詳しくないんだけどさ。ま、とにかくコイツで一杯やろうって言ってんのさ。」
じいさんは突然、また元の腑抜けた表情に戻った。
「おいおいねえちゃん。そらねえぜ。酒で俺を釣ろうってんだろ。いくら酒をめぐんでもらっても、人間だきゃ通すわけにはいかねえ。こらぁ決まりだ。」
じいさんは手をシッシッと振ってあたし達を追い払おうとした。
「違うよじいさん。そうじゃない。そんなケチなこと言わないよ。その代わりじゃあないが、あたし勝負しないかい?」
「勝負だ?」
「そう。どっちがこのラムを早く飲めるか。あたしとじいさんで勝負さ。」
「へええ。ねえちゃん。面白いねえ。何を賭ける?」
じいさんの顔が段々変化して悪魔じみた面相になってゆく。悪魔はこと、勝負事が好きなのさ。
「あたしが勝ったらゲートへ案内してもらう。この人間も一緒に。」
「そっちが負けたら?」
「この人間を、好きにして良いよ。」
「あに!?」
まさに寝耳に水、といった顔で源田が詰め寄る。
「ダメだっ!そんなこと!八つ裂きにされちまう!な、メフィスト。頼むよやめてくれ。」
「大丈夫です。あたくしを信じてください。」
源田はマジで泣いている。まあ悪魔を信用しろって無理あるか。
「ふぇふぇふぇふぇふぇ。いいねいいね。面白い。そうこなくっちゃ。でもねえちゃん。なんで勝負なんて思いついた?」
「じいさんただの門番じゃねえだろ。」
「ほう。というと。」
いよいよ気持ちの良い面になったじいさんは耳元まで口が裂けてヨダレだらだらである。
「アンタ、『酔いどれデビー』だな。」
「えひゃひゃひゃひゃ。すげえやねえちゃんよく分かった。」
「なんとなくさ。門番のじいさんにしちゃ、気配が禍々し過ぎる。」
「いけねえなあ。もう引退したんだ。だがそれと分かってて飲み比べを挑んでくるなんざ、ねえちゃんも大した無謀だな。」
じいさんの肌は青黒くなり、宇宙人と猿のハーフみたいな体型になっていった。
「別に。ただ勝てる。それだけだ。」
あたし達は互いに並び勝負の体制をとる。
「ルールは簡単。先に瓶の中の酒を飲み干してデカい声で『上がり!』と叫んだ方の勝ちだ。ちゃんと宣言しなきゃ無効だぜ。」
「分かったよねえちゃん。スタートの合図はどうする?」
「センセ。お願いします。」
「あ、ああ。分かった。」
源田がおずおずと真ん中に立つ。まだビビってるみたいだ。
「よし。瓶をこっちに寄越しな。」
あたしは源田に、源田はじいさんに渡す。
「量は全く同じだ。それじゃいくぜ。」
あたしは構える。
「待った。ねえちゃん待ちな。」
「?」
嫌な予感がする。
「コイツをもって来たのはねえちゃんだ。俺の瓶に何か細工をしてないとも限らない。そっちを寄越せ。交換だ。」
ちっ。じいさんめ侮れない。
「おいメフィスト!」
源田が鼻水まで垂らし始める。
「分かったよじいさん。ホラ、センセ。取り替えて。」
あたしはじいさんに応じる。
「今度こそいくぜ?」
「おうともさ。」
源田が手を挙げる。
「それじゃ位置について。」
あたしとじいさんは構える。
「よーい、ドン!」
じいさんとあたしは同じタイミングで瓶を傾ける。
この『クロコダイルの涙』って酒は普通じゃない。悪魔の酒だ。一本だって並みの悪魔なら一週間はヘベレケになっちまうって代物だ。だから飲み干すなんざ容易じゃない。
もちろん、それはかの『酔いどれデビー』だって同じだ。
あたしはしどろもどろになりながらも良いペースで飲み進める。だがじいさんはやはり半端じゃない。もう既に飲み終わりそうだ。あたしはさらにペースを上げる。
その時じいさんが瓶を口から離して、最後の一滴を舌にのせた。
「へへへ。悪いなねえちゃん勝ちだ。」
そう言ってじいさんが瓶を下ろした瞬間。
とぷんっ
と瓶から確かな液体の音がした。
「なに!?そんな馬鹿な!もう残ってねえはずだ!」
じいさんはしきりに瓶を逆さにしたり振ってみたりする。
確かに瓶は空なのだが、たぷたぷと音はするし底の方にもユラユラと影が見える。
「なんだこりゃ!どうなってる!?飲めねえぞ!」
じいさんがそう困惑の叫びを上げていた次の瞬間、あたしは大きな声ではっきりこう言った。
「上がり!あたしの勝ちだ!!」
瓶を下ろしてみれば、汚く色々グシャグシャになって喜ぶ源田と呆気にとられて放心するじいさんの顔がそこにあった。
続く