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お茶さんの短編集

映画部でディズニーを語ろう

作者: いろは茶

「ウォルト・ディズニーって知ってる?」


いつもの放課後、映画部の部長が僕――桜木コノハに訊ねた。


「知ってますよ。ディズニーランドを作った人」


そう答えた僕に、部長は「はあぁ」とため息をした。


「その解答だけだとペケね」


僕は少しムッとした。「でも、ディズニーランドを作ったのは事実です」


「ええ、確かに事実だわ。だけど――コノハ君は映画部の部員なのよ? だからもっとこう、映画部らしい解答をして欲しいのだけど」


「映画部らしい解答?」


「簡単よ。なんでも、映画関係で答えてくれれば良いの」


「なるほど」と僕は頷いた。ウォルト・ディズニーを映画関係で答えれば良いのか。――それなら簡単に答えられそうだな。


頭の中で少しだけ考えて、僕は答えた。


「つまり、ディズニー映画を作った人、ですね」


「その通り」部長は満足そうに頷いた。「という訳でコノハ君、今日はディズニー映画について熱く語り合いましょう」


「熱く語り合いましょうって、部長がただ話したいだけじゃないですか」


「まあ、そうなんだけど」部長は否定しなかった。「別にいいじゃない。コノハ君も映画部の部員なんだから、ディズニー映画の知識をつけておいて損はないと思うわ」


「……確かに」


僕と部長は、放課後の部室にいた。旧校舎の多目的室を借りた部室は大きく、一〇個ほどの棚が壁を沿うように並べられている。棚には、かなり昔のものからつい最近までの映画――DVDが隙間なくぎっしりと詰められている。部室の中央には古めのソファーとテーブルが置いてあって、その正面には迫力ある大型液晶テレビが埃をかぶっていた。色落ちした壁に木製の床。相変わらず、少し辛気臭い部室だ。


「『すべては一匹のネズミから始まった』とは、ディズニーを語る上で絶対不可欠の言葉なのよ」


座っていたソファーから立ち上がり、部長は言った。


「ウォルトはニューヨークからハリウッドに戻る長い汽車旅行で、今までにない全く新しいキャラクターをひねり出したの。それは、カンザスのアニメスタジオをチョロチョロ動き回る一匹のネズミだった――」


「それがミッキーマウス」部長のあとを引き取って僕は言った。


「その通り」


部長は頷き、うしろの棚からDVDを一個取り出した。


「この『蒸気船ウィリー』は、ウォルトが初めて作った、記念すべきトーキー第一作目よ」


「トーキー?」


「映画のスクリーンから音声を出す技術のこと。当時はまだ、トーキー技術は誕生したばかりで大多数の人が手さぐり状態だったわ。サイレント映画ならまだしも、アニメに関しては何も分かっていない。それでも、ウォルトはミッキーをトーキーで作ったの」


僕が口を開く前に、部長は『蒸気船ウィリー』のDVDディスクを新品のDVDプレーヤーに差し込んでいた。部長がリモコンを操作して液晶テレビの画面を切り替えると、すぐに映像が再生された――が、なぜか映像が早送りされる。


「ちょっと飛ばすわね」


「どうしてです?」


「私が見て欲しいのはここ、このシーン」そう言って、部長はリモコンで映像の早送りをストップさせた。


部長に促され、僕は液晶テレビの大画面を見た。そこには今とは少し違うミッキーとミニーが、様々な楽器を鳴らして楽しい音楽会を開催していた。船の上であんなに飛び回っちゃって、船酔いしないのかな。ちょっと心配だ。


「このシーンを見て、コノハ君はどう思う?」


部長が僕に訊いた。


「ユーモアな音楽と映像の展開ぶりに感動しました」と僕は即答した。とりあえず、部長のご機嫌を取っておこう。


「やっぱりそうよね」予想通り、部長はまた満足そうに頷いた。「この映画のすごいところは、ミッキーのデビュー作となった『蒸気船ウィリー』が、ただのトーキー第一号ではなく、スクリーンの映像とスピーカーの音声から出る音声がピッタリ一致していたことよ」


ちょっと興奮気味なのか、部長の鼻息が荒くなっている。


「映画で絵と音が一緒のことをシンクロというのだけど、『蒸気船ウィリー』はディズニー最初のトーキーでありながら、難点だらけのアニメのシンクロ技術を見事にクリアしたの」それに、と部長は続けた。「その後のディズニー映画の特徴をまとめて伝えているわ」


「そうなんですか」と僕は言った。


部長の話によると、トーキー技術をマスターしたウォルトはつぎつぎと新しいアイデア打ち出し、独自のオリジナリティとアイデンティティを確立させていったのだと言う。スタジオにも若くて優秀なアニメーターが何人も入社し、ディズニーはさらに活気づいた。そしてウォルトは、トーキーでアニメを制作する時点で、まず何よりもストーリーを優先するものの、キャラクターと音楽もディズニー映画には欠かせない要素だと考え始めて―――僕はこの話を、「なんだかよく分からない、どうでもいい話」だと思った。ディズニー映画はあまり見ないけど、基本的に映画は好きだ。だからまあ入部したんだけど。でも――映画の歴史となると話は別だ。歴史はあまり好きじゃない。映画さえ見られれば、歴史なんてどうだっていいのだ。


「トーキー革命に続いてハリウッドを襲った新技術は、カラーだったわ」


部長は、ソファーでぐったりしている僕を見ても、まだしゃべる気でいるらしい。


「ウォルトはその将来性を高く評価して、いち早くカラーで映画を作ることを決意した。予算はモノクロ映画の数倍かかったみたいだけど、ディズニ―映画の進化のためには必要なことだったの。そして、カラー第一作目となった『花と木』は大成功で、アカデミー賞を受賞したわ」


「カラーで作ったということは、大人数のスタッフがいたということですね」


僕の言葉に、部長は「そうね」と頷いた。


「確かに、ウォルトの周りには優秀なアーティストがたくさん集まってきたわ。アニメーター、ストーリーマン、デザイナーそして音楽家も。ここでウォルトは、作品に最もふさわしい音楽を作ることに決め、独自の道を歩み出すことになるの。それが今日に至る、ディズニーサウンドのルーツとなった」


「ディズニーサウンド?」


僕が呟くと、部長はニヤリと笑って、事前に用意していたのかブレザーの懐からまんま『ディズニーサウンドベスト』と表記された音楽ディスクを抜き出し、部室の隅っこに置いてあったCDプレーヤーに入れた。DVD同様、すぐに音楽が流れ出す―――がこれもまた部長が早送りした。


「どうしてまた?」僕は訊ねる。


「コノハ君に聴いて欲しい音楽はこれよ。『ファンタジア』のオーケストラ」


CDプレーヤーから流れ出したオーケストラは、聴いている内にだんだん壮大になっていって、僕の胸を内側から焦がしていくような、ザワザワした感覚が体全体を飲み込んでいった。鳥肌が立っているんだな、と僕は思った。音楽を聴いて鳥肌が立ったのは初めての経験で、少しだけ新鮮だった。


「すごいですね」聴き終えて、僕は率直な感想を言った。


「でしょ」部長はニコリと笑った。「ちなみに、『ファンタジア』はクラシック楽曲をアニメで表現する実に破天荒な試みの映画だったのよ」


「セリフなしで、アニメだけ?」


「そう。セリフなしで、アニメだけ」


普通にビックリした。


僕の反応を楽しむように部長はまた笑うと、同じ本棚からまたディズニー映画のDVDを取り出した。少し離れていたけど、DVDには『白雪姫』と表記されているのが分かった。


「『白雪姫』は『ファンタジア』の一作品前だったかしら」


部長が言った。


「ウォルトの予想をはるかに超えた難問だらけの『白雪姫』は、二〇世紀を通じての特大ヒットとなった。この作品の興行収入は『スター・ウォーズ』や『E,T,』をも抜き、歴代ヒット作の第二位になるわ。『白雪姫』はウォルトと全ディズニースタッフの血と涙の結晶とも呼べる作品よ。その結果、見る者をディズニーの夢と魔法の世界へ案内した」


「確かに、『白雪姫』の絵と音楽には、何か惹きつけられるものがあります」


僕は言った。ディズニー映画はあまり見ていないけど、流石に『白雪姫』くらいは知っている。


「分かってるじゃない、コノハ君」と部長はますます上機嫌になった。「戦争でスランプ状態が続いたウォルトは、新作『シンデレラ』のヒットで再び明るさを取り戻し、一気にウォルトの夢の実現へと突進したわ」


「ディズニーランド」部長が言いたいことはすぐに分かった。


「その通り。つまりテーマパーク――ディズニーランドの建設は、ウォルトの夢だったのよ。そしてオープンしたディズニーランドはウォルト・ディズニーのテーマパークというコンセプトで大成功したの。本業のディズニー映画も、再び軌道に乗って、目覚しい発展を遂げたわ」


部長がどんどん早口になってきた。


「『不思議の国のアリス』『ピーター・パン』『わんわん物語』『眠れる森の美女』それに『一〇一匹わんちゃん』『メリー・ポピンズ』『ジャング・ルブック』はディズニー映画のパワーを存分に見せてくれたわ。それに、パークのアトラクションである『イッツ・ア・スモール・ワールド』や『カリブの海賊』という大ヒット作も生み出した。ますます夢は膨らんでいったけど――」


急に声のトーンが下がったので大体察しがついた。「ウォルトが亡くなったんですね」


「うん。ウォルトの突然の死で、一時はブレーキがかかったような感じだったみたいよ。だけど、彼の残してくれた意思は永久不滅。それは、東京ディズニーランドのオープンという意外な形で現れたわ」


部長は、棚に置いてあるディズニー映画のDVDを一つ一つ取り出しながらうっとりした表情で続ける。


「その後まもなく、ディズニー第二の黄金期が始まったわ。『リトル・マーメイド』を手始めに、『美女と野獣』『アラジン』そして『ライオンキング』は、文字通りディズニー新世代を打ち立てた。コンピューターの技術をアニメ制作に生かした『ポカホンタス』から『ターザン』に至る作品で、その魅力は十分伝えられたはずよ」


「『トイ・ストーリー』は?」と僕。


「ディズニーとピクサーで送り出されて、これまたすごい反響を呼んだじゃない」当たり前のことを訊かないでよ、とでも言いたげな口調で部長。


ここで話が一段落着いたと思ったら、部長がまた長話を始めた。


僕はうんざりしながらその話を聞いた。『ピノキオ』『ファンタジア』『バンビ』を製作中のスタジオは一〇〇〇人のスタッフがいたのだという。それが今では、アニメ部門は実に二〇〇〇人のスタッフが働いているそうだ。『白雪姫』の成功を受けて、ウォルトは「年に一本の映画新作」を目標にしていたらしい。だけど、それを実現するのは大変だった。でも、現在では年に二本の映画新作も不可能ではない――とまあ、こんな感じの話を一時間近く聞かされたわけだ。ディズニー映画の歴史は少しだけ面白みを感じたけど、やっぱり歴史自体は好きになれないな。部長の長話を何度も聞かされて、僕は改めてそう思った。


ようやく、下校のチャイムが鳴った。


僕は話から解放されてほっとした気分になったけど、部長はまだ話し足りないらしい。頬を膨らませて「まだ話は終わってないんだぞー」と言った部長を無視して、僕は傍らのスクールバックを肩に下げた。


窓から外を見るともう夕方で、これはいよいよ、早く帰ったほうがよさそうだった。まだブツブツ文句を言っている部長は放っておいて、僕はDVDプレーヤーとCDプレーヤーの電源を切った。テレビも消す。これでも、僕は一応部長の後輩なので、片付けくらいはきちんとやるようにしていた。正直、かなり面倒臭い。


片付けが終わり、僕が部室を出ようとしたら、ドアの前で部長に行く手を阻まれた。


「なんですか?」


「話の中では言わなかったけれど、私的にディズニー映画は『ヘラクレス』と『ムーラン』がオススメよ。是非見てみて」


そう言って、部長はDVDを二枚、僕に手渡した。


「分かりました。時間があったら見ようと思います」


「ダメよ。これは明日までの宿題」


「えー」


正直なところ、僕はあまりアニメーション映画を見ない。好みの映画は『コマンドー』『インディー・ジョーンズ』『ターミネーター』といった、バリバリのアクション映画。でも相手は部長なので、かなり断りにくい。どうしようか。


僕の微妙な反応を見て「ふふっ」と笑うと、部長は部室に踵を返した。黒くて長い、部長の髪がかすかに揺れた。


「部室のドアに鍵、かけておいてね」


「あ、ちょっと!」


部室を後にして廊下をスタスタ歩いていく部長に内心「やばい、このままだと本当にディズニー映画を二本も見なくてはいけないことに!」とかなり焦りながら、僕は急いで部室のドアに鍵をかけた。


「待ってくださいよ、部長!」


部室の照明を消し忘れた気がするけど、今はそんなことに構っている余裕はない。僕は慌てて、ディズニー映画二本見るのと同じくらい面倒な性格をした、超映画好きの部長を追いかける羽目になった。


はい、完全に今回は趣味でした。

「ヘラクレス」と「ムーラン」はストーリーだけでなく、曲もおすすめ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何かについて、主人公たちが歴史を追っていく構成は、作品作りの黄金パターンですね!読んでいて引き込まれました!勉強になります(*^o^*)
2015/02/08 21:29 退会済み
管理
[一言] ディズニー好きなんですか? 実は私も好きです。 なので、蒸気船ウィリーやファンタジアのシーンは思い描けました。 TDLのミートミッキーで、ファンタジアの魔法使いのミッキーと撮った写真もありま…
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