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霊の棲む病院

作者: 純白米


 これは、看護師だった母を小さい頃に亡くした娘の物語。母が亡くなった当時、彼女はまだ幼かった。なので、彼女は自分の母の顔を覚えていない。母について知っていることと言えば、R病院で働く看護師だったということだけである。母は、その病院で謎の死を遂げた。何故死んだのかは未だにわかっていない。自殺、病死、過労死、殺人……。どれも、考え難い状況だった。彼女は父とともに、長年にわたって、母の死の謎を解明しようとしていた。そんな彼女は現在、看護師になっていた。母の死の謎を探るためには、看護師になるのが一番だと考えたのだ。そして、看護師の仕事にも慣れてきた頃、ようやく母が亡くなったというR病院への勤務が決まったのである。彼女は、母の死の謎に近づけるかもしれないと、喜んだ。しかし、父はそうではなかった。何やら具合の悪そうな顔をしている。どうしたの?と彼女が問うと、父は重そうに口を開いた。


「母さんは…もしかしたら、霊に殺されたのかもしれないんだ。」


何を馬鹿なことを、と最初は思った。しかし、病院に怪談話はつきものである。そのR病院にも、こんな言い伝えがあった。


『夜中にその病院で亡くなった女性の霊が出て、自分を助けてくれなかった看護師を次々と殺していく。』


そんな噂を聞いた父は、娘のことが心配だったのだ。彼女は大丈夫よ、そんなことあるわけないと父を元気づけた。今までの病院でだって、いろいろな噂はあったけれど、結局何もなかったと。父は、そうだよな、と言いつつも、どこかまだ不安なようであった。父はもう少し病院について調べてみることにした。

彼女は、そんな噂を信じていなかったが、最初こそ少し怖いなと思っていた。だが、多忙な仕事に追われていくうちに、そんな恐怖もすぐに忘れていった。


 もう、何度目の夜勤だっただろうか。その日は、やけに涼しい夜だった。



プルルルル……。


深夜のナースステーションに、ナースコールが鳴り響く。先輩の看護師が言った。


「あれ?おかしいな。その部屋、今は使ってない空き部屋のはずなんだけどな。」


R病院は古かったので、ナースコールが壊れたのかなと思った。でも、もしかしたら深夜に目が覚めた患者さんが、その空き部屋の近くで突然容体が悪化したのかもしれない。


「私、ちょっと見てきますね。」


そう言って、彼女はその空き部屋へと向かった。

深夜の病院はやけに静かだ。そして、今日は何故か肌寒い。看護師の歩く足音だけが、静かに廊下に響いていて、なんとも不気味である。


――コンコン。


空き部屋のドアをノックして、部屋に入る。真っ暗な部屋には当然、誰もいない。ナースコールも特にいじられた形跡は無い。おかしいなと思いながらも、部屋を後にしようとした。すると、背後から突然女性の声で自分の名前を呼ぶ声がした。彼女は驚いて振り返った。そこには看護師の姿をして、青白く光っているようにも見える白い女性が立っていた。彼女は、直感的に思った。まさか……


「お母さん……?」


そう言うと、その霊は二コリ、と笑ってうなずいた。彼女は、戸惑った。こんな形で、初めて母に会えるなんて。彼女は涙をこらえ、その霊の元に近寄ろうとした。その時だった。

空き部屋のドアを大きな音を立てて開ける男が現れた。その顔は父だった。彼女は驚いた。


「お父さん、なんでここに?でも、ちょうど良かった。ほら、見て……」


彼女が父に母のことを伝えようとした瞬間、それを遮るように父がこう言った。



「こいつは……誰だ?」


彼女の背筋は凍りついた。この人は、自分の母じゃない?じゃあ、一体誰なんだ。彼女はまずい気配を感じ取った。後ろが振り向けない。この人は、どこの誰?このままだと……。

父が彼女の手を引っ張り、廊下へと飛び出した。父に引っ張られ、無我夢中で病院を走った。どれくらい走っただろう。父が急に立ち止まった。彼女は息を切らしている。さっきの女性は、誰だったのだろう?あの人が母ではないなら、母は一体…。彼女は分けがわからなくなっていた。そんなとき、父が静かに喋り始めた。


「おれはさっき、こいつは誰だと聞いたよな。」


あんなに走ったのに、父は全く息を切らしていない。そして肩で息をする彼女の顔を覗き込み、こう言った。


「その“こいつ”っていうのは、お前のことだよ。」


彼女を覗き込むその男の顔は、目が赤く、口は耳まで裂けていて、両手の指が鋭くとがっていた。その男は、父ではなかった。父に化けた別の霊……さっきの女性の霊の仲間だったのである。


「看護師を恨んでいる霊が一体だけだと思ったか?お前もおれたちの仲間入りだ。」


男は鋭くとがった指を振り上げた。殺される。そう思った彼女は最後の体力を振り絞って逃げた。男はゆっくりと彼女を追いかける。


「逃げられなんて、しないのに。」


彼女は走った。とにかく走った。どうして私がこんな目に。どうして……。


「ただ、お母さんの死の謎を知りたかっただけなのに……。」


遂に彼女は行き止まりへ来てしまった。何も考えずに無我夢中で走っていたからだ。

涙が止まらない。死への恐怖と、母の死の謎に近づこうと看護師になった後悔で。


「見ぃつけた……。」


男が追いついてきた。もう、逃げ場は無い。死を覚悟したその時。


「もう、やめなさい。」


看護師の姿をした、優しい光を放つ女性の霊が男の目の前に立ちはだかった。さっきの看護師の霊とは別の霊のようだ。その優しい光を放つ女性の霊は、彼女にハンカチをさし出した。


「さあ、これで涙を拭いて。あなたは、この仕事に誇りをもっていいのよ。」


男の霊は、邪魔をするなと叫んだが、どうやらこの看護師の霊の力のせいで手が出せない様子でいた。

この霊は一体誰?何故、私を助けてくれるの?もしかして……。


「人間、いつかは死んでしまうもの。それを少しでも先へ先へと繋ぐ看護師たちに、自分たちの無念を晴らそうだなんて、大間違いよ。」


その後、男の霊がくそう!と叫んでいたことまでは覚えている。そのまま彼女は気を失ってしまった。


……


 彼女は病院のベッドの上で目を覚ました。もう朝になっていた。わけがわからないという顔をしていると、近くにいた先輩の看護師が声をかけてくれた。


「あら、やっと気がついたのね。あなたがあまりにも帰ってくるのが遅いから、探しに行ったのよ。そしたら、空き部屋の前の廊下で倒れているあなたがいてね。ひどい熱だったわ。きっと、疲れていたのね。」


どうやら、彼女は高熱を出して倒れていたらしい。じゃあ、あれは全部高熱が見せた夢だったのか。安心しつつも、少し残念そうな顔で、彼女は机の上を見た。すると、そこにはあの看護師の霊がくれたハンカチが置いてあった。彼女はあわててそのハンカチを手に取った。そして、ニコっと笑って、こう呟いた。


「なんだ……やっぱり。」


そのハンカチにはローマ字で、母の名前が書いてあった。


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