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馬鹿の馬鹿たる所以

 

 一夜を森で過ごした後、彼は結論した。


 街へ帰ろう。


 錯乱したわけではない。彼にはこの選択肢しかなかった。人より力が強い程度で、森で生き延びる技術があるわけでなし。生きて王国から脱出する手段を持つわけでなし。せめて、顔を焼いて裏路地で物乞いでもすれば、僅かながらも生き延びられよう。


 帰ろう。せめて、そこで死のう。


 滑稽であった。人殺しという、同属殺しという魔物ですらせぬ業をなしながら、鑑みてみれば生きて為したいことなど何も残っていなかったのに。

 明日を生きたいと、兵を殺したとき、思ったのではなかったか。

 この後死ぬつもりなら、彼らは何の為に死んだのだ。


 矛盾が、混迷が、彼の頭を駆け巡り、淘汰され、最後にはただひたすら以下の文言が頭を占める。


 即ち。


 人を護りたい。護りたい? 馬鹿な。人殺しが。

 最早叶わぬ夢である。


 だが、彼にはそれしかなかった。それしか彼の人生には与えられなかった。


 


 五日、道中で兎などを狩りつつ、人の足としては驚くほど早く着いた己の育った街は地獄と化していた。


 逃げ惑う街の人々。

 そして、それを殺す兵士達。

 そして、……そして、兵に襲い掛かる魔物の群れ。



 三竦みではない。街の人々は蹂躙されるのみだ。

 魔物は、魔物は……兵士のみに襲い掛かっている。


 そして兵士は……どちらも平等に屠っている。



 なんだこれは。なんだというのだ。


 彼は愚鈍ではない。

 優れた現状把握能力により、魔物は正しく街の人を逃がすために奮闘していること。


 兵士は間違いなく街の者を優先して殺し回っていることに気付いてしまった。


 ……魔物がここに来ているのはまだわかる。過日の行いが知れたのか、恐らく報復であろう。現状の行為は解せぬが、都合は良いのだ。彼は、そう割り切ることにした。


 今の兵士達の行動は王命であろうことに予想は付く。しかし有り得ないと考えていた。

 我らの王は、賢王である。このようなことを行う筈がないと、信じようとしていた。



 彼は人を学ばな過ぎた。善性にのみ目をむけ、悪性を知らなさ過ぎた。



 ――己は確かに王国に歯向かった。そのような体であろう。だからといって、まさか、己の街に鏖を命ずるなど。



 納税の率が悪く、大した特産品もなく、たとえ休戦地帯であっても偶然魔物に襲われて壊滅してもおかしくない地理と規模の街であるのだ。何より先に魔物に手を出したのは彼である。

 即位した後、ただの一度も王都、即ち王の見ることのできる位置で戦争が起きたことはなく、一瞬とはいえ命を脅かされた王が、平和の杯以外を口にしたことのない王が、彼の退路を立つ為のみにこのような蛮行をするなど、彼には考えもつかなかったのだ。


 ああ、王は今夜、王都と街を結ぶあらゆる箇所にてウサギ狩りを命じ、血の色のワインを飲んで健やかに眠るのであろう。それはきっと穏やかな眠りであろう。

 明日のよき話を楽しみに。無論、今後は暗君として名を馳せるであろうに。

 過ちを犯し、それを過ちと気付けぬなら、人は繰り返す。

 王はきっと、今後過ちを繰り返していくだろう。


 だが、それはこの場において何のかかわりもない、益体もない未来である。

 今ここにいる人々からは、未来が奪われ続けているのだ。



 人が死んでゆく。人が。護りたかった人が。

 自分は見ているだけなのだ。赤い花が咲き誇る。


 人が、人が死んでゆく。ああ、あああ、また一人……。


 あの人は知っている。僕に優しくしてくれた、お姉さん……酒場で働いていると、聞いた。入ったことはないから働いている姿は見たことがない。もう見られない。


 あのお婆さん、足が悪いから、ひきずって歩くのをよく見た。重そうに荷物を運んでいたから、手伝ってあげると、はにかんで……。もう、もう、動かない。


 あの男の子、妹をかばって、そうだ、兄の名前はリーク、妹の名前はリリー。仲良く一緒に遊んでいるのをよく見掛けた。今、二人まとめて槍で貫かれた。


 いつも笑顔で挨拶をしてくれるお姉さんが、僕に……パンをくれたお姉さんが今、兵士に組み伏されようとして、



 ブチン。



 ――間に合った。間に合った! 助けられた!


 ……助けられた? 今、彼女は何に怯えている?



 兵士の手斧が振り下ろされるその直前、口に手を入れ、彼の首をもぎ取った。痙攣を続ける兵士の体。

 彼女に血が掛からないように、横へ蹴り倒した。


 その様子を見て、怯えている。

 僕に、怯えている。


「化け物」


 彼女がポツリとつぶやいた。


「あんたのせいで」

「あんたのせいで!」


 少女の目が、力を帯びた。事情をある程度理解しているのだろう。

 糾弾すべき相手を見つけ、怒りが恐怖を駆逐した。


 彼女は勇敢であった。



 コツン、と。後頭部に石が当たった。

 振り向くと……リークだ。震えながら、事切れる寸前、その最後の力を僕に向けた。

 何か罵ろうとしたのか、しかし言霊は産まれず、血を吐いて死んだ。

 リリーの体は、最期まで離さなかった。

 

 どんどん人が死んでいく。まだ、死んでいく。

 止めなくては。

 

 失禁し腰が抜けたまま、喉よ裂けろと言わんばかりに叫び続ける彼女を、顔に爪を立てられながらも物陰に運んだ後、向かう。


 どこへ? どこへだ。誰を助けるんだ。


 街の人か。毒を盛り、石を投げ、罵声を浴びせる、僕の愛すべき人々。


 兵士達か。僕の愛すべき人達を殺す、帰りを待つ家族を持つ、この街を廃墟とした後に僕を殺しに血眼で探し回るであろう、僕の愛すべき人々。


 ……魔物か。仲間を殺され、戦争の最中でありながら(ああ、たった今街の人をかばってまた一匹、死んだ)、この街の者が、他でもない僕が、一集落を殺しまわった事実を知っているであろうに。

 彼らは、なお非戦闘民を逃がす…………神に祝福されない者共。害すべき者達。



 こんな時。

 戦時、混戦状態。どうすべきだ、って、習ったっけ。


 確か、最優先は人命救助。

 人命救助だ。最も人を助けられる手段を採る。だって、人は味方で、敵は魔物だから。

 その手段は、戦闘、治療、あらゆる選択肢から判断される。



 兵士の数は少数。だが装備が整っているから、農具で反撃する街の人たちをものともしない。ほら、剣で今も薙ぎ払った。街の人々に、勝ち目はない。


 街の人達は多数。女性や子供達は教会に逃げ込み、閂を内からかけたのか兵達がどうにか開けようとしている。


 武器を持って闘った者は、ほとんど、死んだ。

 大人達は、彼女たち、子供たちを逃がすため、盾になって死んだ。


 そんな光景を、つい最近どこかで見た。


 後は、先程の彼女や、あるいは後回しと判断された、傷の痛みに呻いているそこかしこの人達だけ。


 人命救助。できるだけ、多くの人を。

 効率的に助ける。

 けど、その方法は。




「躊躇するな。為すべき事を為せ」




 そうだ。そう教わった。

 よしやろう。

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