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第6節 力の承継(2)


「もう……大丈夫です。ありがとうございます……」

 エステルは、ハンカチで涙を拭うとスッと顔を上げた。

「無理しないでいいんですよ。これから、あなたにするお話は、とても酷なものになります……もう少し後でもいいんですよ」

「いえ、聞かせてください! お願いします」

 エステルの目は真剣だった。


 あの後、教室を後にした三人は、中庭のベンチに移動していた。学園内にある中庭の中でも一番小さなこの中庭は、教室から離れたところにあるため、比較的無人の確率が高い。今日も運良く、誰もいなかった。

「大事なことなんですよね……私が、知っておかなきゃいけないような」

 エステルが呟く。

「確かに大事なことです……しかし、バークリー校長が今まであなたに黙っていたのには何か理由があるのだと思います。私の口から伝えて良いのかは分かりません。ですが、あなたには知る権利のあることです。エステルさんが聞きたいというのであれば、お話しします」

「お願いします」

 エステルは、ケーラーの目を真っ直ぐに見た。

「……分かりました」

 ケーラーは、ゆっくりと慎重に言葉を選びながら話し出した。

「賢者が、大精霊から直接教えを受けた者だということはご存じですね?」

「はい」

「では、賢者であるバークリー校長の側にずっといたあなたは、大精霊を見たことがありますか?」

「ないです」

「そうですよね、大精霊を見たことのある人間は、おそらく今の世界に一人もいません。それなのに、賢者は存在する……」

「……今まで考えたこともなかったです」

 ケーラーは苦笑いをすると、優しく話を続けた。

「それは、校長が意図的にあなたの注意を逸らしていたからかもしれませんね。ですが、ここが重要なのです。誰も大精霊に会うことはできない、しかし賢者は存続させたい、どうすれば良いか……その答えが『力の承継』です」

「それ、ダンテさんが言ってたやつですよね? 何なんですか、『力の承継』って」

 ケーラーは自らの六法を取り出し、最初の方のページを開いた。そして、一つの条文をエステルに示した。

「賢者の法十七条(力の承継)『魔法律家は、他の魔法律家の命を奪うことにより、その者の力を承継することができる』……」

「――!? 命を奪うって……」

「そうです……殺すことです」

 ケーラーはエステルを刺激しないように、ゆっくりと言葉を紡いだ。しかし穏やかな声色は、逆にその言葉を、エステルの心に深く染み渡らせる結果となってしまった。

「殺す……魔法律家を? 力のために? もしかして、おじいちゃんもそうやって……」

「賢者の力を得るためには、賢者を殺さなければなりません……」

「っ!」

 ケーラーは、敢えて一般論を述べたが、その言葉の意味は肯定だった。

「エステルさん、誤解のないように言っておきますが、『力の承継』は、賢者に限り認められているのです。犯罪ではありません。それは賢者の力が社会に不可欠だからなのです。この世界には十五人の賢者がいますが、一人でも欠ければ世界のパワーバランスが崩れます。賢者のいない国、都市の住民は、他の国やモンスターの驚異に怯えながら暮らすことになります。『力の承継』は、みんな、仕方がないと思っていることなのです」


「力の承継は『仕方がない』……か」


「「「――!?」」」

 突如降ってきた声に、三人は心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた。

「ロ、ロック先生!?」

 声のする方へ顔を上げると、丁度、三人が座っているベンチの真上の木の枝に、ロックが腰掛けていた。

「ちょ、ちょっと、盗み聞きしてたんですか!?」

 クレアが声を上げる。

 ロックは地面にストンと着地すると、悪びれもせずに言い放った。

「俺が昼寝してたところにやってきて邪魔したのはお前等の方だろう。一回起こされて、もう一回寝てやろうかと思ってたら、何だか面白そうな話をしてるじゃないか。好奇心をそそられて二度寝すらさせてもらえなかったぞ」

「やっぱり聞いてたんじゃないですか……」

 クレアがロックを恨めしそうに見る。

 ロックはクレアの非難を気にもとめず、エステルの方へ向き直った。

「エステル、いいことを教えてやろう」

「え?」


「お前の祖父は前賢者である実の父親を殺し、『力の承継』を受けている」


「「「――!?」」」

「もう五十年前のことだ……十五歳、丁度今のお前と同い年だ。あいつは泣きながら父親の胸にナイフを突き立てた。そうするしかなかった。父親は危篤だった。早くしないと先に寿命で死んでしまう。周囲に強く説得され、煽られて、あいつはとうとう、人殺しになった」

「そんな言い方……!」

 クレアが抗議しようとする。

「まぁ、聞け。あいつの選択が正しかったのかどうか俺には分からない。俺だけじゃない。きっと誰にも分からないだろう。もしかしたら、正しかったという人間の方が多いかもしれない。『賢者の力』と『死にかけのオッサン一人の命』――どっちが大事かと言われれば、まぁ、前者かもしれないからな」

「そんな……」

 エステルは声を詰まらせた。

「それにな、あいつが殺してなかったら、その場にいた他の弟子が殺していた。誰かが力を受け継ぐ必要があったからだ。あいつの決断は、結果的に他の人間を人殺しにせずに済んだ」

「「「…………」」」

「ま、あいつがそこまで考えていたかは分からんがな」

 ロックは事件を報告するかのように、淡々としゃべり続けている。


「ロック先生は……」

 エステルが声を絞り出す。


「ロック先生は、お父さんを殺したんですか?」


 その場の空気が凍り付く。

 しかし、ロックだけは一切顔色を変えずに言い放った。


「殺していない」


「「「――!?」」」

「訳が分からないといった様子だな……仕方ない。一つ、宿題を出してやる」

「え……?」

「『賢者になるにはどうすればいいか』これを考えてこい。期限は……そうだな、今月中ということにしておこうか」


「ロック先生、それは一体どういう……!?」

 背を向け、歩き出そうとするロックに向かって、ケーラーが声をかける。

 ロックは、振り返ることなく言った。


「……基本は、条文だ」


 後に残された三人は、その後ろ姿が消えるまで、ただ呆然と見守っていた。



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