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第5節 力の承継(1)


「ケーラーさん!」

 エステルは、すでに着席していたケーラーに声をかけた。

 この日の一限は『火の法』だった。これは一年生の必修科目であり、エステル、クレア、ケーラー共に、同じ時間帯のカリキュラムを与えられていた。

「あぁ、おはようございます、お嬢さん方」

 ケーラーが、エステルとクレアに向かって柔らかい笑顔を向ける。

「「昨日、ごちそうさまでした!」」

 二人が同時に頭を下げる。

「いえいえ、一緒におしゃべりできて、とても楽しかったですよ」

「今度は私が奢りますね!」

「え? はははっ! そんなこと気にしないでいいんですよ。女の子はニコニコしててくれるだけで、おじさんは嬉しいんですよ」

 二人は今日はケーラーの近くの席に座った。いつもより教壇に近い。

 そして、座ったときは気が付かなかったのだが、ダンテの定位置とも近かった。


「おい、そこの校長の孫」

 右斜め後ろからダンテの声が聞こえた。

 思わぬ呼びかけに、エステルは体をビクッとさせる。

「ダンテさん、彼女にはエステルという名前があるのです。失礼ですよ」

 エステルの代わりにケーラーが返事をする。

「ふ~ん、そりゃ悪かったなァ。で、エステル、あの賢者のこと校長から何も聞いてねぇのか?」

「聞いてないけど」

 エステルは、後ろを振り返らずに答えた。

「テレサ先生のことは?」

「それも聞いてない」

「……ふ~ん、ほんとかよ」

「っ! 何で嘘吐かなきゃいけないのよ!」

 エステルはダンテの方を振り返るとキッと睨んだ。

「さぁ、お前も次期賢者だし? 何か後ろめたいことがあるのかもしんねぇだろ」

「あなた、さっきからほんと失礼よ!」

 今まで黙っていたクレアが立ち上がり、大きな声で怒鳴った。

 クレアのいきなりの行動に、ダンテだけでなくエステルもビックリする。

 教室中の注目が三人に集まっていた。

「フン……」

 ダンテも流石に居心地の悪さを感じたのか、それ以上何も言わなかった。


 しばらくすると、担当のアイゼンハワー教授が教室に到着し、授業が始まった。授業中、エステルはずっと、ダンテの最後の言葉が気になっていた。


(何で、次期賢者だと、後ろめたいことがあるんだろう)


 エステルは今まで、次期賢者として育てられてきたことを不満に思ったり、魔法律以外のことを勉強したいと思ったこともなかった。それは、賢者としてみんなから、尊敬され、愛されてきた祖父を誇りに思っていたからであり、また、祖父の周りの人たちもいい人ばかりだったからだ。自分もこの環境で生きていきたい――そう素直に思えたからこそ、時に辛い勉強も投げ出さずに続けられたのだ。


(後ろめたいって何? 賢者って、何か後ろめたいことしなきゃいけないの? おじいちゃんも、そんな後ろめたいことしてるの?)


 いつも、能天気で前向きなエステルだったが、この問題だけは「ま、いっか」で済ますことはできなかった。


  キーンコーン、カーンコーン――


 授業が終わった。

「あの! ダンテさん!」

 エステルは授業が終わるとすぐに立ち上がり、ダンテの方を向いた。

「――!? 何だよ、いきなり。ビックリすんなぁ……」

 ダンテが少し呆れ気味にエステルを見下ろす。

「後ろめたいって、何のこと? 賢者になると、何か後ろめたいことあるの?」

 ダンテは更にポカンとしている。

 一体、何の話だという表情だ。

「……何だ。さっきの続きかよ。そりゃお前、『力の承継』に決まってんだろ」

 ダンテがエステルを蔑むように見る。

「『力の承継』? 何それ?」


「「「えッ!?」」」


 驚きの声を上げたのは、ダンテだけではなかった。クレアとケーラーも目を丸くしている。余りにも大きな周りの反応に、エステルは、自分が何かおかしなことを言ったのだろうかと、不安になってしまった。

「お前! 『力の承継』知らねぇのか!?」

「え……うん、それって知っといた方がいいの?」

「いいも悪いも、『力の承継』しなきゃ『賢者』になれねぇだろうが! お前、次期賢者のくせに、『賢者の法』も読んだことねぇのか!?」

 ダンテの言葉は呆れというよりも心配に近かった。エステルは、自分のことが嫌いなはずのダンテに、なぜこんなにも心配されているのか分からなかった。

「『賢者の法』は……大したこと書いてないから、読まなくていいって……」

「校長が言ったのか!?」

「そうだけど……」

 エステルは訳が分からないまま怒鳴られて、少し泣きそうだった。

「それでお前、校長に賢者になれって言われて『はい』っつってんのか!?」

「ちゃんと納得はしてるよ……も、もう、何なのよ!」

 エステルは、この状況に耐え切れなくなってきていた。

 しかし、ダンテの追求は止まらず、さっきは助けてくれた二人も止めようとはしてくれない。

「それで……それで、納得してるって、言わねぇんだよ! あの校長! 人の良さそうな顔して悪魔だな!」

「ひどいよ! 何なのよ! 悪魔なんかじゃないよ!」


「実の孫を騙して『人殺し』させようとしてるヤツの、どこが悪魔じゃねぇっつうんだよ!」


「え……?」


「あ……」


 ダンテはしまった、という顔をした。

 一方、エステルはダンテの言葉が頭に入ったものの、脳がその意味を解析できずにフリーズしてしまった。


「ダンテさん……ここは私たちに任せて、次の授業の先生に伝言を頼めますか? 『エステル、クレア、ケーラーは授業を休む』と」

「……あ、あぁ分かった」

 ダンテは素直に返事をすると、鞄を抱えてバツが悪そうに教室を出て行った。

「さて、ここも次の授業の人たちが来るでしょうし、私たちも移動しましょうか」

 エステルは、フリーズが解けたものの、何が何だか分からなくて遂に泣き出してしまった。涙がポロポロとこぼれ落ちる。

「エステル、歩ける?」

 クレアはハンカチでエステルの涙を押さえた。

 エステルは小さくうなずくと、二人に支えられて、教室を後にした。




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