第4節 ケーラー
翌日のアカデミーは、時空の賢者ロックの話題で持ちきりだった。
「ね! エステルさん! 『ストップ』見たんでしょ!? どうだった!?」
エステルは授業前の教室だけでなく、廊下でも多くの顔見知りから質問責めに合っていた。最初は、興奮気味にそのときの様子を解説していたエステルだったが、最終の授業が終わる頃になると流石に辟易してきた。
「はぁ~、何でみんな私にばっかり聞くんだろう……」
学園に併設されているオープンカフェで、マンゴーパフェをつつきながら、エステルがボヤく。
時空法の受講生は七人いる。しかし、エステル以外の受講生は、あまり話を振られていない。
エステルは、時空法の他の受講生と一緒の授業になることも多いのだが、そんなときでも決まって質問の輪ができるのはエステルの周りだけだった。
「それは、エステルが一番話しかけやすいからでしょ。他の人、全員個性強すぎだもん」
クレアがストロベリーパフェをつつきながら答えた。
「え~~! そうなのかなぁ! でも、ケーラーさんはかなり常識人だと思うんだけど」
時空法受講者には変わり者が多い。
そんな中、ケーラーは唯一まともな人物で、エステルが癒しを感じることのできる優しい紳士だった。学園内ですれ違ったときも、ニコニコしながら挨拶を交わしてくれる。
「ケーラーさんねぇ、確かにケーラーさんはいい人だけど……」
「だけど?」
「見た目が怖いよ」
そう――ケーラーのただ一つの欠点は、見た目であった。ダンテ程ではないが背が高く、体格も良いのだが、全体的に痩せていて骨ばって見える。髪は銀髪でオールバック、眉毛はなく、瞳は常に赤く光っていた。冷酷な吸血鬼――失礼な言い方だが、正にそんな容貌だった。子供好きなのに、町を歩いているだけで子供が泣き出すという、とても可哀想な人だった。
「慣れれば大丈夫だよ」
「まぁ、私もエステルのおかげで慣れたけどね」
二人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「こんにちは、エステルさん、クレアさん。今日も仲が良さそうですね」
噂をすれば何とやらである。ケーラーがコーヒーを片手に二人の前に現れた。
「あ! ケーラーさん、こんにちは! エステルったら、今、ケーラーさんの悪口言ってましたよ!」
クレアが冗談を言う。
「言ってないし! ケーラーさん、嘘ですよ! 昨日のこと、みんな私にしか聞かないなって話してて、何でだろうって言ってたら、ケーラーさんの顔が怖いってクレアが言って!」
「おや、悪口を言っていたのはクレアさんですか」
ケーラーは、咎めるような口振りだが、その表情はとても楽しそうだ。
「違いますよ~! 私は慣れたって言ったんです!」
「否定してないじゃん!」
二人の女の子の笑い声はカフェ中に響きわたっていた。
ケーラーは、少し周囲を気にしながらも、可愛らしい二人のやりとりに水を差す気にはなれなかった。
「あ! ケーラーさん、立ったままじゃ何なんで、座ってください!」
「いいんですか?」
「はい! クレアとばっかりしゃべってると飽きてくるんで」
「何よそれ~」
ケーラーは、じゃあ遠慮なく、と言ってゆっくりと椅子に腰掛けた。どことなく優雅な佇まいだ。
「……それにしても、今日は本当に新賢者の話題で持ち切りでしたね」
少しうんざりした様子で、ケーラーが呟いた。
「ケーラーさんも、聞かれました?」
エステルが問う。
「えぇ、エステルさん程ではありませんが……友人何名かに」
「ほんとにいきなりの登場でしたよね。せめて賢人会議でお披露目してから出てきてくれたら、こんなに大騒ぎにもならなかったと思うんですけど……」
「そうですね……テレサ先生のこともいきなりでしたけど、その代わりに新賢者が来るとは誰も予想しませんからね……」
「そう言えば、テレサ先生の調査官の任務って何なのかな? エステル、聞いてなかったの?」
「何にも聞いてないよ~! ロック先生のことも教えてくれてないしさ! 今まで人事異動のことは必ず教えてくれてたのに……」
「それは……あまり大きな声では言わない方がいいかもしれませんね……」
ケーラーが苦笑いをする。
「でも、どうして今回だけは、校長先生、エステルに教えてくれてないのかな?」
「分かんないよ、今度会ったら、文句言っとくよ! 私がテレサ先生、大好きなの知ってるくせに!」
エステルが頬を膨らます。
ケーラーはハハッと笑った。
「そう言えば、ケーラーさん、前賢者のテオドールさんが亡くなったって聞いて驚いてましたけど、お知り合いだったんですか?」
エステルが思い出したように言った。
「えぇ、彼はとても素晴らしい人物でした。それに、私が田舎から出てくる勇気を与えてくれた恩人でもあるんですよ」
「え!? そうなんですか! 聞きたいです!」
ケーラーはフッと優しく微笑むと、ゆっくりと語り出した。
「私は東北の田舎出身なんですがね、そこにいた頃は、本当に毎日が味気なかった……周りには古いしきたりを重視して、新しい技術や文化を悪と決めつけ、排除することしか考えない者たちばかりでした。私はずっと、新しい魔法律にも興味があったのですが、周囲に反対され、勉強することもままなりませんでした。そんなとき、テオドールさんが私の田舎へ来たんです。周りはみんな彼を排除しようと攻撃しました……」
「「攻撃!?」」
「あ、いえ……排除しようとしたんです。しかし、私は彼を庇い、安全な場所へと連れて行ったのです」
「え!? 賢者を助けたんですか!?」
思わぬカミングアウトにエステルが目を丸くする。
「まぁ、そうなるんですかね……そして彼は去り際に、お礼だと言って、これをくれたんです」
ケーラーが胸ポケットから丸い物を取り出し、テーブルの上に置いた。
「「金時計!?」」
それは、ロックが持っていたのとそっくりな金時計だった。表面に、砂時計を象ったキレイな紋様が入っている。二人は、蓋を開けて中も見せてもらった。時計の針は、すでに動いていなかったが、大切に手入れしているのか錆は一切なかった。
「彼は言ったんです……世界には、まだ解明されていないことが沢山ある。そしてそれを解明できる者は限られている。いつか君と一緒に研究したい……と」
「「…………」」
沈痛な面持ちのケーラーに、二人は声をかけることができなかった。
「暗い話になっちゃいましたね! ごめんなさいね、つい調子に乗ってしまって!」
ケーラーがハハッと大きな声で笑った。
「じゃあ、失礼しますね。お二人とも、また明日」
ケーラーはそう言って席を立った。
「あの、ケーラーさん! 大切なお話、聞かせてくださって、ありがとうございます!」
エステルはお礼を言った。
ケーラーは、エステルを振り返ると、ニコッと笑ってカフェを出て行った。
二人が伝票の無くなっていることに気付いたのは、それから約一時間後のことだった――