第3節 クレア
「ほんとに! ほんっとに! スゴかったんだから!」
寮に戻ったエステルは、同室のクレア相手に熱弁を振るっていた。
クレア・エンフィールドは、エステルと同学年、同い年の唯一の女子学生だった。二人は、入学式の日にすでに仲良くなり、寮の申請も一緒にした。そのおかげかどうかは分からないが、現在、めでたく同室となっている。
「ちょっと~! もっと関心持ってよ~!」
授業終了から六時間は経過しているというのに、エステルの興奮は未だ冷めやらない。
「もう~、分かったって」
対するクレアは少しうっとうしそうだ。
「何で!? 何でそんなに冷静なの!? 『ストップ』だよ!? 目の前で『賢者の力』見たんだよ!?」
クレアの反応にエステルは納得がいかない。
「だって私見てないし。それに賢者が『賢者の力』使うのって普通だと思うんだけど……」
「ん~~~~! もう、そうだけど! それでもスゴかったの! クレアも見たら分かるのに~~!」
エステルが悔しそうにジタバタする。
「それは、私だって見たかったけど……でも結構、簡単に見せてくれるんだね。賢者って、もっと勿体ぶるイメージがあったんだけど」
クレアがエステルとは別のポイントで感心する。
「そう言えば、私もおじいちゃんの力、式典とかでしか見たことないや……」
「そうなの?」
「うん、特に『賢者の力』使うと魔力の消費が激しいんだって。次の日は、大体、反動でずっと寝てる」
「ロック先生はどうだったの?」
「……あれ? そう言えば、その後、普通に授業してたや」
あの後、エステルたちは、約束通り大人しくロックの授業を受けたのだった。しかし、授業内容がほとんど頭に入って来なかったのは言うまでもない。
「魔力が強いのかしら……それとも、若さ?」
クレアがクスクス笑い出す。
「お、おじいちゃんだって、まだまだイケてるよ! まだ六十五歳だし!」
おじいちゃんっ子のエステルは、必死に反論する。
「はいはい、まだ六十五歳だもんね~」
クレアはツボに入ったらしく、声を上げて笑い出した。
「もう~~~~!」
エステルは、ケタケタ笑い続けるクレアを放ったままベッドへダイブすると、ゴロゴロしながら、さっきの授業を思い出していた。
(『ストップ』かぁ……)
自分がロックと同じような金時計を持って、弾丸を止めている様子を想像してみる。
(……私、かっこいい)
妄想シュミレーションを何度も繰り返す。ニヤニヤが止まらない。
「だらしない顔……」
クレアがエステルの顔をのぞき込み、クスクス笑う。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいじゃん! プライバシーの侵害だよ!」
「二人部屋でプライバシー主張されてもねぇ。大体、エステルは『時空の賢者』じゃなくて『光の賢者』になるんでしょ」
「っ!? クレア、私の妄想見えたの!? そんな魔法律あったっけ?」
エステルの妄想シュミレーションは、クレアに筒抜けだった。
「半年以上も一緒に生活してたら分かるよ、エステル分かりやすいし」
「そ、そう?」
「時空法が好きなのは分かるけど、『時空の賢者』に乗り換えたら、バークリー校長、泣いちゃうよ?」
「の、乗り換えないよ! 『光の賢者』を受け継ぐっていうのは、おじいちゃんとの約束だもん!」
「……約束してるの?」
「うん、そうだよ! 私に魔法律家の才能があるって分かったときから、おじいちゃんはずうっと、『光の賢者』を継いでくれって、言い続けてるもん!」
「……ほんとに?」
クレアが心配そうな表情をする。
「――? ほんとだよ。だから私、一生懸命勉強してるんだよ」
エステルはクレアの様子がおかしいことに気付いたが、思い当たることがなかったので、そのまま会話を続けた。
「校長先生に……賢者になるために勉強してくれって言われたの?」
「え!? 言われたからやってる訳じゃないよ! 自分の意思だよ!」
「あ……違うの。そう言う意味じゃなくて……変だなって思って……」
「ヘン?」
「っ! ううん、何でもないの! ごめんね! 私の方が変だね、もう寝るよ」
クレアはそう言うと、二段ベッドの上へ登って行った。
(何だったんだろう……)
今まで見たことのないクレアの慌てっぷりに、エステルは訳の分からない気持ちでいっぱいになる。不安な気持ちが募る。
(ま、いっか!)
しかし、その気持ちは長続きしなかった――