第3節 ニコラス・バークリー
「う、うぅ……うわぁーん! おじいちゃぁん!」
エステルが大号泣を始めた。
「お、おい……泣くな。話しにくいだろう」
ロックがエステルをなだめる。
「確かに、ニコルは『力の承継』を余儀なくされた。しかし、だからと言って、その後、不幸な人生を送ったという訳ではないだろう? 現に今、こんなに可愛い孫と一緒にいられるんだからな」
ロックはエステルの頭を優しくなでた。
「うっ……うぅっ……」
「話を戻すぞ……」
その後、俺はアカデミーの卒業式も待たずに地元へ戻った。一刻も早く、父親から『賢者の力』修得のための教えを受けたかったからだ。
しかし、アガット村に到着した俺を待っていたのは、絶望的な知らせだった。そう――俺の父親『時空の賢者』テオドール・ロックもまた『精霊病』にかかっていたのだ――
俺は知らせを聞いてすぐに、テレポートを使って『時空の塔』の十二階まで移動した。そこが父さんの寝室だった。寝室には、村の住人が五、六人集まって、父さんの看病にあたってくれていた。アンナの母親もその中にいた。発病したのは、俺が村に到着するほんの数日前だったらしい。俺はこの偶然に苦笑しながらも、後どれ位持つのか、その場にいた人たちに聞いた。
二週間――絶対に無理だと思った。
その後、俺はアンナの母親たちにお礼を言い、村へ帰ってもらうと、一人で父さんの看病を始めた。彼はまだ意識もはっきりしており元気だった。本当に二週間後に死を迎えるのか疑問に思えるくらいだった。
しかし案の定――二週間後、父さんはベッドに横たわったまま、眠ったように動かなくなった。ニコルの父親の時と一緒だった。もう死ぬんだな……悲しい……俺の心の中に浮かんだのは、残念ながらそんな感情ではなかった――
(待ってくれ――まだダメだ! 俺は『力の承継』をする訳にはいかないんだ――!)
気付いたときには、俺は『時空の塔』全体にタイムをかけていた――
「「「…………」」」
部屋中が沈黙に包まれる。
「呆れるだろう……時間がないからって、時間を止めたんだ。しかも、自分が対象空間の中にいたのに、だ。そんなことをして、どうなるかなんて分かっていなかった。自分自身の時間も完全に止まってしまう危険だってあった。体の成長が止まるだけで済んだのは、本当に運が良かったとしか言いようがない」
ロックが自嘲する。
「……それであなたは、その後五十年かけて、自力で『賢者の力』を修得したという訳ですか?」
「そうだ」
「つーかよ……結構かかったんだな。『タイム』は五年で修得できたんだろ? それを考えると、かなりのスローペースじゃねぇか」
ダンテが疑問を口にする。
「俺もここまでかかるとは思っていなかった。だが、残念なことに父親から直々に教えを受けることは叶わなくなってしまった……それに、父親が俺のために書き残してくれていた『ノート』には、『タイム』のことしか詳しく記載されていなかったんだ」
「弟子は? 彼の弟子に教えを請うことは叶わなかったのでしょうか?」
「うん、俺も着目したのはそこだったんだ」
ロックがケーラーに顔を向ける。
「父親には確かに弟子がいたが、俺は一人も会ったことはなかった。彼は俺が産まれる前は、大陸中を旅して、その土地土地で才能のある人物に魔法律を教えて回っていた。しかし、常に行動を共にするような弟子は取っていなかったんだ。だから、俺は彼が弟子たちにどんな魔法律を伝授していたのかも知らなかった。もしかしたら『賢者の力』の伝授を受けている者がいるかもしれない。俺はそう思って、大陸中を旅し、彼の弟子を探した」
「なんか、すっごく壮大だね」
「あぁ、壮大な旅だった……だが、成果はあった。父の弟子数名に会うことに成功したんだ。残念ながら誰も『賢者の力』を修得してはいなかったが、彼の『ノート』が残されていた。そこには、『ブラックホール』『ストップ』の修得方法も、断片的にではあるが記載されていた。俺はその記載を元に、独力で勉強し、遂にその二つの『力』も手に入れた」
「じゃあ次は……」
エステルが先を期待する。
「あぁ、次は大精霊とコンタクトを取らなければならない。それ自体は、案外簡単だったんだ。ミルドの民の協力を得れば一発だった。彼らに大精霊と近しい上級精霊を召喚してもらい、そいつにメッセンジャーとなってもらった。そして――まあ、さすがに『力』を認めてもらう段階では、一悶着あったわけだが……最終的に俺は、大精霊に『力』を認めさせることに成功したと言うわけだ……」
ロックは苦笑した。
「魔法律上の『賢者』となった俺は、父親の最期を看取るために『タイム』を解除した。それが二週間前のことだ。父さんは安らかな寝顔で死んでいった……俺は満足だった。父さんの死に顔に、ニコルの顔を重ねていた。あいつも、こんな風に死ねたらいいな……そう思っていた」
「ロック……」
エステルの呼びかけにロックは笑顔を向ける。
しかし、すぐに真剣な表情を作って言った――
「エステル、頼む。『賢者の力』を修得してくれ。俺と、お前のじいさんからのお願いだ……お前には才能がある。宿題の『答え』も自ら導き出すことができた。俺とあいつが精一杯サポートする……だから、『賢者』になってくれないか?」
エステルの返事は決まっていた。ロックを真っ直ぐに見つめ返す。
「もちろんだよ!」
満面の笑みで答えたエステルに、ロックは少し申し訳なさそうな笑顔を向ける。
「すまないな……俺たちの我が儘に付き合わせて……」
「我が儘なんかじゃないよ! ロックもおじいちゃんも『力の承継』を無くしたいって思ってるんだよね? それはみんなのためだよ。みんな『力の承継』なんて良くないって思ってるもん! 私、頑張るから! 私のためにも、ロックとおじいちゃんのためにも、みんなのためにも!」
「うわぁ~~~ん! エステルちゃ~~ん!」
「「――!?」
突如、聞こえたオッサンの叫び声に、エステルとダンテがビックリして部屋の入口を振り返る。
「お、おじいちゃん!?」
「は!? 校長!?」
部屋の入り口には、顔中を涙と鼻水でグチャグチャにした白髪の紳士が立っていた。口ひげからは水滴が滴り落ちている。
「おじいちゃん! いつ帰って来たの!?」
「一時間ほど前です」
ケーラーが、グチャグチャの校長に変わって返事をする。
「え!? じゃあ、さっきからここにいたの!? 声かけてよ!」
「俺がお前と話をする間、少し待ってもらっていたんだ……こいつも、お前に話したいことがあるはずだ。聞いてやってくれ……」
校長がエステルに歩み寄る。
「う、うぅ……エステルちゃん! 本当にごめんね……! ちゃんと、『力の承継』のことも、ロックのことも、話しておかなくちゃって思ってたんだけど、おじいちゃん……エステルちゃんに軽蔑されちゃうんじゃないかって思うと、怖くて怖くて……なかなか言い出せなかったんだよ~~!」
校長はエステルに縋りついた。
「おじいちゃん……! 私、おじいちゃんのこと、軽蔑なんてしないよ! 私……おじいちゃんの立場になったら『力の承継』ができるかどうかは分からないけど……でも、おじいちゃんはずっと『賢者』としてこの街も地域も守ってきたんだもん! そんなおじいちゃんのこと、軽蔑なんてするはずないよ!」
「エステルちゃん~~~!」
オッサンのみっともない泣き声は、それから一時間以上も学園中に響き渡っていた――




