第1節 答え
「へぇ……そんなこと起こってたんだ……」
ユーリが、エステルの隣の席で感心したように呟く。
その隣の席には、ダンテも座っている。
「で、今日の四限が、自習になっちゃったって訳だ?」
時空法の教室はいつもと変わらず少人数だった。変わっていたのは、教師が教壇にいないことと、黒板にデカデカと書かれた『自習』の文字だけだった。
「自習にするくらいなら、休講にして頂きたかったものですな」
三人の会話を勝手に聞いていたカーライルが、偉そうに口を出す。しかし、話を聞いていたのはカーライルだけではなかった。残りの二人の受講生も、会話に参加しようとはしないものの、内容が気にならないほど鈍感ではなかった。
「自主休講すれば? あんたが何回休んだところで、学力が変化することもないでしょ?」
「――!? 君! 前から言ってやろうと思っていたが、私は年上だぞ! 口の利き方には注意したまえ!」
「前から言ってたけど?」
ユーリとカーライルが、懲りもせずに言い争いを始めた。
ガラガラガラッ――
教壇側の扉が勢いよく開く。
「エステルさん! ダンテさん! ロック先生が目を覚ましましたよ!」
「「えっ!?」」
エステルとダンテはバッと席を立つと、ケーラーと合流して、エステルの実家へと急いだ。
「ロック! 目、覚めたの!? 大丈夫!?」
今はロックの寝室となっている祖父の部屋に入ると、ベッドの上には上半身だけ体を起こしたロックの姿があった。
「あぁ、大丈夫だ、心配かけたみたいだな」
ロックはエステルの方を向き、ニコッと笑顔を見せた。
あの後、魔力を使い果たしてぶっ倒れたロックは、ケーラーの背に乗せられたままアガット村までたどり着いた。テレサ先生たちだけでなく、村中の住民が腰を抜かしたのは言うまでもない。
その後、全員で村に一泊した後、馬車で学園まで戻った。負傷した調査隊員の怪我の程度も、思ったよりひどくはなく、全治一週間ということだった。目が覚めた彼は、エステルとダンテを命の恩人だと言い、深く頭を下げた。
しかし、ロックだけは死んだように動かず、みんなを大変心配させた。ケーラーは大丈夫だと言い張っていたが、エステルはずっと付きっきりで、ロックを看病していた。さすがに見かねたケーラーが、夜の看病を変わり、更に授業に出ることを勧めた。最初は渋ったエステルだったが、その方がロックも喜ぶと言われ、今日は一限からしっかり授業を受けたのだった。
「うわぁん! ロック~~! ごめんねぇ、私たちが一分も遅れちゃったからだよね!」
エステルが飛びつくと、ロックはそのまま後ろ向きに勢いよく倒れた。
「うおっ! 危ないだろう、頭打つとこだったぞ! それに一分じゃなくて、一分一秒だ!」
ロックがエステルを引き剥がす。
「細かいよ! もう、でもほんとによかったよ……このまま目を覚まさなかったら、どうしようかと思ったよ」
「魔力を使い果たしただけだ。寝ていれば回復する。『精霊病』でもあるまいし……」
「精霊病……」
エステルが呟いた。
「それって、ロックのお父さんがかかった病気なんだよね? それに……私の曾おじいちゃんも……」
「……そうだ」
「ロック……私、全部知りたい……! ロックのことも、おじいちゃんのことも……私がこれから何をすべきかっていうことも! 教えてくれるよね!?」
エステルはロックに詰め寄る。
「あぁ、だがその前に……『宿題』の答えを聞かせてもらおうか」
そう、今日は月の最終日――すなわち、ロックの『宿題』の締切の日だった。
「一応……考えたんだ。でも、あってるかどうか分からなくて。それにできるかどうかも……」
エステルは、昨日一日中ロックを看病しながら『宿題』の『答え』を考えていた。閃いたのは『賢者の法』を読み出してすぐだった。とてもシンプルな『答え』だった。ロックが「基本は条文」と言っていたとおりだった。しかし、簡単すぎて逆に拍子抜けしてしまいそうなものでもあった。
「言ってみろ」
ロックが促す。エステルは、六法を取り出すと、最初の方のページをめくって条文を声に出す。
「『賢者とは、大精霊にその力を認められた者である(賢者の法一条)』。そして『時空の賢者の力は、ブラックホール、タイム、ストップの三つである(賢者の法十一条)』。したがって、この三つの力を得、大精霊に力を認めさせることができれば、賢者になることができる。……違う?」
エステルが心配そうにロックの顔を伺う。
ロックは、そんなエステルの顔を見つめ返し、フッと優しく微笑んだ。
「正解だ」
「――!? やったぁ!」
エステルは飛び上がって喜んだ。『答え』が合っていて、これだけ嬉しかったのは初めてだった。
「おい、だとしたら気になる点があるんだが……」
エステルとロックのやり取りを大人しく見守っていたダンテが、初めて言葉を発した。
「ん、何だ?」
「今までよ、賢者の力の修得方法なんて、どの本にも書いてなかったはずだ……お前はどうやって、その力を修得したんだよ?」
「あぁ、そうだな……その辺も含めて、これから俺の話をしようか」
ロックはそう言うと、少し目を伏せて話を始めた。




