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第10節 時空の塔(1)


「いいか、エステル。これから俺が『ストップ』をかける。そしたら、ケーラーが塔の屋上まで移動するから、ダンテと一緒に降りて、あの扉から中に入るんだ」

 ロックは、屋上に設置された木製の扉を指さした。

「わかった!」

「塔は十二階建てで、ワンフロアに一部屋しかない。迷うことはないだろう。しかし、どこで時空の歪みが生じているか分からない。テレサ先生たちが、このドラゴンが出てきた歪みに対処しているのは間違いないだろうが、他にも小さな歪みが発生していないとはいえない。絶対に、ダンテから離れるな」

「わかったよ!」

「ダンテも十分気をつけてくれ。……エステルを頼む」

「任せとけ」

『では、なるべく近くまで寄りますよ? セシルのタイミングで『ストップ』をかけてくださいね』

「あぁ」


  ギャーーーッ!


 ドラゴンがまた炎を吹いてくる。ケーラーはそれを交わすと、ちょうど塔上空まで移動した。

「ストップ――!」

 ロックはドラゴンが炎を吹く直前で条文を唱えた。

 ドラゴンは口を半開きにしたまま、その躯を硬直させる。

「よし! ケーラー、行ってくれ!」

 ケーラーは屋上に向かって降下すると、白い石の地面に慎重に脚を降ろした。

「今から一〇分だ! 行け!」

「うん!」

 エステルは、銀時計のストップウォッチのスイッチを入れた。ダンテはそれを確認すると、エステルを小脇に抱えてケーラーから飛び降りた。

「きゃあっ!? ちょっと危ないじゃん! 荷物じゃないんだよ!?」

「分かった、分かった。おい、ロック! ちゃんと『ストップ』維持しとけよ! エステル、行くぞ!」

 ダンテはエステルを降ろし、ロックに一声かけると、扉へ向かって駆け出した。エステルも、文句を言っている場合ではないと自分に言い聞かせ、ダンテの背中を追う。

『お二人とも、気をつけて!』

「…………」

 ロックとケーラーは、塔に消えていく二人の背中を見つめていた――


 扉を開け中に入ると、十人は横に並べるくらいの広い螺旋階段が現れた。白い石の壁が、窓からの月の光を反射して、足元を少し見えやすくしていた。

「おい! 俺が先に行くから、ちゃんと付いてこいよ!」

「うん! わかった!」

 エステルはダンテに続いて階段を駆け降りる。グルグルと、塔の外側の壁に沿うように設計された階段は、意外と半径が長く、ワンフロア降りるのに三十秒はかかった。

「意外とデカいな、この塔」

「う、うん!」

 ようやく十二階の踊り場に到着した二人は、一つ目の部屋のドアを開ける。中には、大きなベッドが一つ置いてあるだけで、他に調度品は何もない。人の気配も全くなかった。

「変な部屋……」

「取りあえずここじゃない、行くぞ!」

 二人はドアを開けっ放しにしたまま、次のフロアへと向かう。十一階、十階と、順に確認していく。両部屋とも書斎で、大量の本で溢れかえっていたが、テレサ先生たちの姿はなかった。

「なるべく、上の階だとありがたかったんだがな……」

「はあ、はあ……」

 エステルがダンテから遅れ出す。

「おい、大丈夫か!? もう少し、ゆっくり行くか!?」

「ううん……大丈夫! ごめんね、早く行こう!」

「無理なら、ちゃんと言えよ?」


  グルルルルッ――


「「――!?」」

 その時、何かが唸るような声が聞こえた。

「……おい、今のお前じゃないよな?」

「さすがにあんな低い声出ないよ……」

「だよな……ってことは……」


  ガァァァァッ!


 階下からネコ科の大型モンスターが駆け上がってきた。牙を剥き出し、二人に向かって飛びかかってくる。

「キャーーーーーッ!」

 エステルは初めて見る大型モンスターに悲鳴を上げる。屈み込んでギュッと目をつぶる。


  パァンッ! ドサッ――


「――!?」

「おい! お前、こんなザコ相手にビビってたら、一生、モンスターなんか倒せねぇぞ!」


 顔を上げたエステルの前には、煙を上げる魔銃器を手に怒鳴るダンテ――と、その後ろに横たわる大型モンスターがいた。


「わあ! すごい! 倒したの!?」

「倒したの、じゃねぇよ! もっと、しっかりしてろ! 最低でも目はつぶるな!」

「う、ごめん……」

「……モンスターが、ここまで出てきてるってことは、テレサ先生たちがヤバいのかもしれねぇ。急ぐぞ」

「う、うん……」

 エステルはモンスターを恐る恐る跨いでダンテに続く。


(しっかりしなきゃ……! 私がテレサ先生たちを助けるんだから!)


 螺旋階段を駆け降りて、さっきと同じように九階、八階の部屋も確認していく。この二部屋にもテレサ先生たちはいなかった。

「くそ! ここにもいねぇ! エステル、後何分だ!?」

「五分三十秒だよ!」

 エステルが銀時計を確認する。

「もう、そんなに経ってんのか!?」

 ダンテが焦れる。

「あ、ダンテ後ろ――!」

 エステルが、ダンテの背後から襲いかかるモンスターに気付く。

「見えてるよ!」


  パァンッ!


 ダンテは、後ろを振り返ることもなく、銃口だけをモンスターに向けて撃ち殺した。

「すごい! 後ろに目があるの!?」

「そう言う意味じゃない!」


 二人は更に下のフロアを目指して駆け降りる。七階の踊り場まできた。

「「――!?」」

 魔法律家の卵である二人にも分かった。強い魔力と、引きずり込まれそうな感覚――間違いなく、ここがその場所だと分かった。

「ダンテ、ここにテレサ先生たちが……?」

 エステルがドアに手をかける。

「待て! お前は少し下がっていろ! 俺が開ける」

 ダンテがエステルを階段の上に移動させる。そして一つ深呼吸をすると、ドアをバッと開いた。

「――!? 何だコレ!?」

 ダンテの目に飛び込んできたのは、直径が十メートル程もある巨大な黒い渦だった。その周りを囲み、渦を押さえつけるように五人の魔法律家が手をかざしている。

「ダンテさん!?」

 その中の一人が声を上げる。

「テレサ先生!?」

「えっダンテ! テレサ先生いたのって、えぇ~~~~~~~!? 何コレ~~~~っ!」

 部屋の中をのぞき込んだエステルも絶叫する。

「エステルさん!? あなたもいるの!? どうして!?」

「テレサ先生! 私たち、テレサ先生を呼びに来たんです! 外にはロック先生もいます! みんなが脱出したら、ブラックホールで時空の歪みごと塔を消すって!」

 エステルとダンテはテレサ先生の元へと駆け寄った。

「ロック先生が来てるの!? あぁ……助かったわ!」

「テレサ先生! 私の腕時計にロック先生の魔力が入っています! これでテレポートしてください!」

 エステルは左腕を突き出した。

「分かったわ……あ、でもどうしましょう!?」

「えっ?」

「助けを呼びに、調査隊のメンバーをさっき一人、下に行かせたのよ! あぁ、もう少し待っていればよかったわ!」

「――!? 呼びに行ってきます!」

 エステルは、ドアを飛び出した。

「あ、お前、ちょっと待てよ!」

 ダンテがエステルを追おうとする。しかし――


  ガァァァァッ!


 巨大な黒い渦から、先ほどよりも大きなネコ科のモンスターが飛び出し、ダンテの行く手を阻む。

「クソッ! おい、エステル!? 遠くに行くな! 少し待ってろ!」


 ダンテの声がエステルに届いたかは分からなかった――




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