第8節 ドラゴン
宿屋を出た彼らは、改めて塔のある方角を仰いだ。森が邪魔をして全体は見えないが、塔の先端が真っ赤に燃え上がっているのが確認できた。
「マズいな……急がないと……」
「ロック! テレポートで飛んで行けないの!?」
「無理だ。時計が壊れている。炎の中に不時着するとも限らん」
「あ、じゃあ、私の貸そうか?」
「そんなオモチャ、使い物になるか!」
「――!? じゃあ、何で買ってくれたのよ!」
「おい! 言い争いしてる場合かよ! 早く行かねぇとホントにヤベェぞ!」
些細な言い争いの間にも、炎はどんどん勢いを増していた。
「ケーラー!」
ロックがケーラーを振り返る。
「乗せてくれ! 頼む!」
「「――?」」
「……仕方ないですね。エステルさん、ダンテさん……学園には内緒にしておいてくださいよ……」
「ひゃっ!?」 「うおっ!?」
突然、目を開けていられないほどの閃光が村を包む――と同時に、エステルとダンテは、激しい風に煽られ、その体を地面に叩きつけられた。
「何だよ……って、うおっ!?」
身を起こしたダンテが絶句する。
「へ……?」
五メートルほど吹っ飛ばされたエステルもようやく起き上がる。
目の前には、宿の五倍もの大きさの『ホワイトドラゴン』――と、その上に乗るロックの姿があった。
「おい、お前ら、グズグズしてないで、とっとと乗れ!」
「え……ちょっと待って、これ……ケーラーさん!?」
『そうですよ』
「うわっ! しゃべった!?」
ダンテがドラゴンの鼻先でひっくり返る。
「おい! 失礼なことを言うな、ダンテ! ドラゴンは人間よりもずっと知的で高等な生き物だ! しゃべるに決まっているだろう! それより、早く乗れ!」
「え……あ……」
「どうやって乗るのよ~!」
『後ろ脚から乗って頂けますか?』
「ホントにケーラーの声じゃねぇかよ……」
「ケーラーさん! もっと、しゃがんで下さい~~!」
二人は全身を使って何とかケーラーの躯をよじ登ると、やっとのことでロックのいる場所までたどり着いた。
「遅いぞ!」
「……お前、もうちょっと相手の気持ちを想像しながら声を掛けられないのか?」
「すごーい! 思ったより固ーい!」
『行きますよ、ちゃんと掴まっていてくださいね?』
ケーラーは翼を大きく羽ばたかせると、地面を勢いよく蹴り上げ、夜空に身を投じた。風圧で村中の窓ガラスが割れる音がする。
「……緊急避難だ、気にするな」
『…………』
夜空に舞い上がったケーラーは、あっという間に塔を見下ろせる位置まで高度を上げた。真紅の双眼が塔の全貌を捉える。
『あれは……!』
「どうした、ケーラー?」
『あの炎……生きています!』
「「「えっ!?」」」
『あれは、私と同じドラゴンです!』
「親戚か!?」
『あんな、頭の悪そうな親戚はいません!』
「と言うことは、最近、物質界に現れた新参者か……だが、あんな上級精霊、どうやって……誰かが召喚したのか?」
『あの……セシル……』
「ん? どうした?」
『さっきから、躯がウズウズしてたまりません。精霊界から呼ばれているような……心当たりはありませんか?』
「――!? まさか……いや、ちゃんと処理はしたはず……」
「おい!? 何か、知ってることがあるなら教えろよ! 情報を共有させろ!」
ダンテがイラついた声を出す。ロックはその声にハッとしたように顔を上げた。
「あ……悪い。実は五十年前、俺は、時空の塔全体に『タイム』(時空法三五二条)をかけた」
「「『――!?』」」
サラリと明かされた驚愕の事実に、三人は言葉を失う。
「おい……タイムって……『禁忌』じゃねぇかよ!?」
「あぁ、そうだ。だが今は気にするな。とにかく『タイム』をかけて、時空の塔全体を時間軸から外した。それが五十年前のことだ。そして、元に戻したのが……二週間前だ……」
『残念ながら、完全には元に戻っていないようですよ……時空の歪みが発生しています。そこから、精霊界と繋がってしまったようですね。おそらく、あのドラゴンも、その歪みからやって来たのではないでしょうか……』
「や、やっぱり、そうなのか……?」
ロックが激しく動揺する。
「おい! ロック、てめぇ! 元に戻せるんだろうな!?」
「……やるしかないだろう」
「その前に、テレサ先生たちの無事を確認しなきゃ!」
エステルが声を上げる。
「そうだな……ケーラー、近付けそうか?」
『相手の出方が全く分かりませんからねぇ。少し、様子を見ながら近付いてみましょう。急降下、急停止する場合がありますから、予めご了承くださいよ?』
「馬車かよ……」
「はい! ちゃんと掴まりました!」
『では……』
ケーラーは上空で一度、旋回して勢いをつけると、翼を大きく広げて『時空の塔』へと降下していった。




