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第5節 昔話


 アンナは、朝からずっと村の入り口で、馬車が到着するのを待っていた。今日がその日だった。三年間、ずっと待ち焦がれた人が、村に帰ってくると、約束してくれたのは――

「あ、来た!」

 遠くに見える馬車の姿に、アンナはいてもたってもいられなかった。

「セシル!」

 アンナは馬車に向かって大声で呼びかけた。馬がビックリしてスピードを落とす。結局、馬車は村の中まで入らずに、手前三十メートルの地点で停車した。

「……アンナ、危ないだろう」

 馬車から金髪金眼の少年が降りてくる。手には大きなトランクを持っている。

「お帰り、セシル!」

 アンナはセシルに駆け寄る。久し振りに会う想い人は、以前よりもずっと大人びて見えた。

「大きくなったね、セシル!」

「まあ、成長期だからな……アンナ、お前は太ったな」

「――!? し、失礼ね! 久し振りに会った感想がそれ!?」

「はははっ! 変わらないな! 安心したよ。出迎えてくれて、ありがとう」

 セシルはニコッと微笑んだ。

 アンナの頬が朱く染まる。

「ずっと、待ってたよ……おかえり」

「あぁ、ただいま」

 二人は見つめ合い、優しく微笑む――


「あ、あの……」

 ケーラーが申し訳なさそうに回想を中断させる。

「何だい? これからがいいとこなんだよ!」

 もはや、妄想なのだか回想なのだか分からない女将さんの昔話は、ケーラーとダンテの興味から大きく逸脱していた。エステルだけが、少しドキドキしながら先を待っていた。

「できれば、セシル・ロックを中心に話して頂けるとありがたいのですが……」

「仕方ないねぇ……じゃあ、この話はまた今度にしようかねぇ」

 そう言うと女将さんは、回想を再開する――


 幼い頃から、魔法律家としての才能を開花させていたセシル・ロックは、すでに十歳の頃から、父である『時空の賢者』テオドール・ロックの研究を手伝っていた。彼自身は、ずっと『時空の塔』に留まり、父の弟子として魔法律を修めるつもりであった。しかし、父や周囲の勧めもあり、自身の知見を深めるために、彼が十三歳になる年に中央アカデミーへの入学を決めたのだった。アカデミーでの生活は、彼の生き方に大きな影響を与えた。とりわけ自分と同い年で同じ『賢者の息子』という境遇にある『ニコラス・バークリー』の存在は大きかった。彼らはお互いに、初めて心の中をさらけ出せる存在に出会えたと感じていた。同じ『悩み』を持つ彼らは、その『悩み』について、時間を見つけては議論を重ねていた。


「セシル……やはり、君もそう思うか……」

「あぁ、どの文献にも載っていないが……条文を素直に解釈すればそうなるはずだ」

 セシルは六法の中の『ある条文』を睨みつける。

「だが、可能なのか? 第一、どうやって大精霊にコンタクトを取る?」

「ん~、そうだなぁ……ミルドの民に頼んで、大精霊を召喚してもらおうか?」

 そう言うと、セシルはハハッと笑った。

「バカを言うな。『大審判』の二の舞になる」

「冗談だよ、相変わらず堅いなぁ、ニコルは。まぁ、直接会えなくてもいいだろう。コンタクトを取る方法なら、いくつか思い浮かぶ。だがその前に、俺たちの方が、頑張らなくちゃな!」

「あぁ、絶対に成功させよう! 俺たちと……父さんたちのために」

 二人は固く約束した。セシルがアカデミーに入学して三年目……卒業を間近に控えた日のことだった。だが、この二人の約束は、無惨にも破られることになる。それは、どちらの責任でもなかった。流行病という名の障害のためだった。

「セシル……セシル……俺は、約束を……」

 血まみれのナイフを握りしめながら、ニコルは父親のベッドの前にへたり込んだ。顔は涙と鼻水でグチャグチャだった。

「ニコル……仕方がない……時間がなかったんだ……お前は、何も悪くない……時間がなかっただけだ……」

「セシル……お前は、お前は絶対に成功させてくれ……絶対に……絶対に……」

「あぁ……」

「それで、それでもし成功させたら……俺の子供には、その方法を教えてやってくれ……その子が俺を殺さなくて済むように……」

「分かった……約束する」


 その日を境に二人は別れ、再び顔を合わすことはなかった――そう、五十年後、『力』を手に入れたセシルが、約束を果たすためにニコルの前に姿を現すまでは――



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