第3節 アガット村
「エステルさん、エステルさん! 起きてください!」
「……ん? ここどこ?」
エステルは見覚えのない狭くて薄暗い空間にいた。ぼーっとした頭で、クレアはどこだろうと思っていた。
「こいつ……モンスターに襲われたら真っ先に死ぬな」
「ここは、馬車の中ですよ。目的地に到着しました。降りますよ」
ケーラーは、未だ覚醒しないエステルの体を支えながら、馬車を慎重に降りた。外はもう、日が落ちかけていた。
「あ、そうだ! 私『時空の塔』に行くんだった!」
馬車を降りたところで、ようやくエステルは目が覚めた。
「おせぇよ。モンスターだったら、死んでるぞ」
「う……次、頑張るよ」
「何だよ、次って」
エステルは辺りを見回す。周囲を森に守られた小さな村の中にいるようだった。建物はほとんどが木造で、パンデクテンの街とは大分雰囲気が違う。丁度、夕飯時なためか、村人が全く見当たらないのが寂しいが、温かみのあるこの村の空気は、何となくエステルを懐かしい気持ちにさせた。
「あれ? ここって、塔じゃないですよね?」
エステルが肝心なことに気付く。
「塔までは馬車で行くことはできません。ここは、時空の塔に一番近い『アガット』という村です。ここから歩いて行くことになるのですが、今から出発すると到着が夜中になってしまいます。今日はここで一泊して、明日の早朝、出発しましょう」
「そっかぁ……って、えぇ~~~っ!? 一泊!? 日帰りじゃなかったんですか!?」
「思っていたより道が悪くて、時間がかかってしまったんですよ。明日中には帰れますから、安心してください」
「うぅ……クレアに外泊許可頼んどいてよかったよ。二人とも、大丈夫なんですか?」
「俺はこういう事態も想定してたからな、外泊許可は出してきてるよ」
「私もです」
「やっぱり、私だけ分かってなかったんですね……」
エステルがしゅんとする。
「何だよ、いきなり? バカなのはいつものことだろ。今更、気にすんな」
「バ、バカって! 過保護は許せても、バカは聞き捨てならないよ!」
「まあまあ、二人とも。早く宿を探さないといけないんですから」
「ダンテが悪いんです……」
「あー、分かった分かった」
「――!?」
エステルとダンテが小競り合いを続ける間にも、ケーラーは村の全体像を把握し、宿屋を一つ発見していた。
「あそこに行ってみましょう。そんなに旅人が多く訪れる村でもないですから、多分、今からでも空いているでしょう」
三人は、村の入り口近くにある一番大きな建物へと歩みを進めた。近付くにつれて賑やかな話し声が大きくなる。どうやらこの店は、食事処も兼ねているようだった。
「いらっしゃい! おや? 旅人さんかい?」
宿屋の扉を開くと、ふっくらとした六十代位の女性が、愛想よく迎えてくれた。
「えぇ、三部屋空いていると助かるのですが」
「大丈夫だよ! それにしても、変わった組み合わせだねぇ! 家族……な訳ないよねぇ!」
女将さんはハハハッと豪快に笑った。
「中央アカデミーから来たんです」
ケーラーが簡単に身元を明かす。警戒心を持たれないように――それだけの目的だった。しかし、この発言が思わぬ情報を引き出すことになった。
「アカデミーから? 何だ、テレサ先生の調査隊は、もう行っちまったよ?」
「「「え! テレサ先生!」」」
三人の声は見事にハモった。
「テレサ先生、ここに来たんですか!?」
エステルが興奮して詰め寄る。
「え? あんたら、調査隊の一員じゃないのかい?」
「違います! でも、テレサ先生がいきなり授業代わっちゃって、すっごく心配してたんです! テレサ先生、今、どこにいるんですか?」
エステルが瞳をうるうるさせる。女将さんは、エステルが可哀想になったのか、よしよしと頭を撫でながら、知っていることを話してくれた。
「テレサ先生は今『時空の塔』の調査に行ってるよ。もう~! こんな可愛い生徒を残して、罪な先生だねぇ!」
女将さんはエステルのことが気に入ったのか、今度はぎゅ~っと抱きしめた。
「く……苦しいです」
「あ、ごめんよ。うち、男の子しかいなくてねぇ! こんな可愛い女の子がほしいって思ってたんだよ」
エステルを解放した女将さんは、また大きな声で笑った。
「あの……テレサ先生は、どのような調査を?」
ケーラーが尋ねる。
「ん~~? 言っていいのかねぇ? まぁ、アカデミーの学生さんなら別に構わないか。調査って言うかね、セシルのやらかした後始末だよ!」
「「「セシル!?」」」
三人の声がまたしてもハモる。
「なんだい? セシルのこと学生さんには話してないのかね?」
「あ、あの……」
ケーラーは質問しようとするが、聞きたいことがありすぎて絞りきれなかった。
「まあ、取りあえず、部屋を案内するよ! 聞きたいことがあるんなら、後から話してあげるからさ!」
三人は、思わぬキーパーソンの登場に困惑しながらも、大人しく二階の客室に案内された。




