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第1節 準備

「エステル……本当に大丈夫なの?」


 外出の準備を整えるエステルに、クレアが何度も声をかける。

「大丈夫だよ! 『時空の塔』は半日も馬車に揺られてたら着く距離らしいし。でも、帰りはちょっと遅くなっちゃうかもなぁ……もし、八時前になっても帰らなかったら、代わりに外泊許可出しといてくれる?」

「それは構わないけど……」

「もう! 心配しないで! ダンテも付いて来てくれるっていうし。それに私だって、一応、魔法律使えるんだから! モンスターに遭遇したって、ちゃんと倒せるよ!」

「学園の外で実践なんてしたことないじゃない……」

 実際、エステルたち一年生は、魔法律の実践といっても、学園内に併設されている『コロッセオ』で、教師の監視の下、下級のモンスターを相手にすることしかなかった。

「ダンテは戦い馴れてるって言ってたし、ケーラーさんも強いみたいだから、いざとなったら守ってもらうよ!」

「…………」

「あ、もう早く行かないと! 置いてかれちゃうよ!」

 エステルは実践用の小さな六法を鞄に突っ込み、ロングブーツの紐をしっかり結ぶと、急いで玄関へと向かう。

「じゃ、行ってくるから!」

「本当に気を付けてね……」

 クレアの心配そうな視線を背中に感じながら、エステルは待ち合わせの馬車乗り場へと向かった。馬車乗り場は、学園に併設されている騎士団の修練場のすぐ近くにあった。戦いがない平和な期間の馬たちのサイドビジネスとなっているからだ。


「あ、お待たせしました! て言うか、二人とも、すごい格好してるねぇ!」

「……当たり前だ。街の外に出るんだからな」

「エステルさん……私はエステルさんの軽装に目眩がしそうです……」

 エステルは、学園では見たことがない二人の服装に驚いていた。

 中央アカデミーには一応制服がある。しかし、着用が義務付けられているわけではない。年輩の学生に配慮した結果だった。ダンテとケーラーも普段から制服は着用していなかったが、それほど目立つ服装をしているわけでもなかった。だが、今日の服装は、騎士団員だと言われても納得できそうなくらいの重装備だった。

「お前……やっぱり行くのやめとくか?」

 いつもの制服姿とさほど変わらないエステルの服装を見て、ダンテがため息を吐く。

「え!? 行くよ! これダメだった!?」

 エステルがその場でクルッと一回転する。ブルーのワンピースの裾がふわりと揺れた。

「生地は、対魔仕様の物のようですね……いい物を使っているのは分かります。ただ……」

「物理攻撃、想定してねぇだろ……」

「あ……」

 エステルは魔力による攻撃しか頭になかった。

「足元はブーツだからまだいいとして、せめて上着は買っていった方がいいな……全く、これだからお嬢様は困るんだよ」

「…………」

「まあまあ、お店も近くにありますし、少し見てから行ってもいいでしょう」

 若干イラッとしたダンテと、かなりしょんぼりしてしまったエステルを引き連れ、ケーラーはすぐ近くの騎士団御用達の店へと入った。休日の有名防具店は、結構な盛況ぶりだった。


「う~ん、エステルさんの体格だと、これ位しかないですかね……」

 ケーラーが見繕ってくれた上着は『ラグー』という牛科の大型モンスターの革を使った白いコートだった。エステルが着てみると、ちょうどワンピースの裾と同じ位の丈だった。

「ちょうどいいみたいですね。お似合いですよ」

 ケーラーがニコッと微笑む。

「ほんとですか! じゃ、これ買ってきます!」

 エステルは軽くスキップしながら会計をしに行った。

「ほんとはあんなんじゃ、気休めにしかならねぇけどな……」

 エステルの後ろ姿を見送りながら、ダンテが呆れた表情をする。

「攻撃を受けなければいいんですよ……」

 ケーラーも少し困ったように微笑む。

「ま、もとよりそのつもりではあるけどな……」


「ケーラーさ~ん! ダンテ~! 買って来たよ~! ちょっと負けてもらっちゃった!」


 笑顔を振りまきながら、自分たちの元へと走ってくる少女を見て、二人の男は、心の中で大きなため息を吐いた。



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