第9節 疑惑
「あ、ケーラーさん!」
エステルが声を上げる。ケーラーは、エステルの姿を確認すると、少し申し訳なさそうな顔をした。
「すみません。わざわざ、足を運んで頂いて。今日、もう一度こちらから伺おうと思っていたのですが……」
「気にしないでください。で、お話って何ですか?」
「じゃ、俺行くから」
ダンテが二人に背を向け歩き出そうとする。
「あ、ちょっと待ってください」
「あ?」
「よかったら、ダンテさんにも聞いて頂きたいのですが……」
「は? 俺に?」
「えぇ……ロック先生のことなんです」
「…………」
三人は人気のない中庭に移動すると、今度は頭上の木の枝もしっかり確認してベンチに座った。
「単刀直入に申し上げます。ロック先生は、テオドール・ロックの息子、セシル・ロックではない可能性があります」
「「え!?」」
「どういうことですか!?」
エステルがケーラーを真っ直ぐに見る。
「以前……私がテオドールさんと知り合いであるということはお話ししましたね? 初めて出会ったのは私の田舎でしたが……実はその後、田舎を出た私はテオドールさんに一度、会っているのです」
「えっ!?」
「田舎を出る決心をした私は、当然のことながら、まず、恩人であるテオドールさんに会いに行こうと思ったのです。『時空の塔』を知っていますね? あそこは代々、時空の賢者に受け継がれる研究所でもあります。テオドールさんは、そこに息子のセシルと二人で住んでいました」
「え、じゃあケーラーさんはロック先生と会ったこと……」
「息子のセシルには会っています。しかし、ロック先生が彼であるはずはありません」
「――?」
「セシルは……彼は今、六十歳を超えているはずなんです」
「「えぇ~~~!?」」
中庭にエステルとダンテの声が響きわたる。
「ちょ、ちょっと待てよ! じゃあ、あいつは誰なんだよ!? 時空の賢者の力、持ってたじゃねぇか!? それに、本物のセシル・ロックは、今どこにいるって言うんだよ!?」
「それは、私にも分かりません……しかし、時空の塔に今もいる可能性はあるのではないかと思っています。もしかすると、テオドール・ロックも……」
「テオドールさんが亡くなってないかもしれないってことですか?」
「可能性はあるということです。彼がセシル・ロックでない以上、彼の言うことは全く信じられません。『力の承継』を受けていないというのも、嘘かもしれません」
「なるほどな……でもよ? あいつがニセモノで、賢者の力持ってるっていうことはよ、前賢者のテオドール・ロック……あるいはそいつから『力の承継』を受けたホンモノのセシル・ロックを殺して『力の承継』を受けてるっていう可能性が、一番、高いんじゃねぇか?」
「……そうですね。正直、私もその可能性はかなり高いと思っています」
「――!?」
エステルは声を出すこともできなかった。頭が真っ白になる。
「エステルさん……もし彼がニセモノのセシル・ロックだとすれば、あなたに接近した理由は明らかです。分かりますね……?」
「…………」
「昔から人間たちは、賢者の力を独占し、世界を我が物にしようと、醜い争いを繰り返してきました。物質界は、魔法律によって支配されているというのに……愚かなことです。しかし、そんな人間たちの愚かな野心は何百年、何千年経っても尽きることがなかったのです。十五人の賢者全ての力を手に入れようとする者が現れても不思議ではありません」
「……ロックが、ロックがおじいちゃん殺そうとしてるって言うの!?」
「…………」
「そんな! ロックはおじいちゃんの親友だって言ってたのよ! 学園に来たのだって、おじいちゃんに頼まれたからだって!」
「それも嘘なのでしょう。実際、バークリー校長に現在、確認を取ることはできません」
「おい! ちょっと待てよ! バークリーがいないってことは、もしかしたらもう、あいつに……」
ダンテがハッとして口を押さえる。
「おじいちゃんが……何? おじいちゃんが……」
エステルの顔がみるみる青ざめていく。
「エステルさん! それは大丈夫だと思います! 校長は強いですし、常に調査官も行動を共にしています。第一、すでに力を手に入れているのであれば、エステルさんに接近する理由がありません! ダンテさんも、不用意なことは言わないように!」
「あ……あぁ、悪かった……」
「エステルさん……私は、事実を確認するために、これから『時空の塔』へ向かおうと思っています。ですから、それまでは……彼の正体が分かるまでは、彼に近付かないでもらいたいのです。ダンテさん、彼女の護衛をお願いできますか?」
「それは……構わねぇけど」
「ちょっと待って!」
エステルが声を上げる。
「私も……私も『時空の塔』に連れて行ってください!」
「「えっ!?」」
「私、実はロック先生から、ケーラーさんを警戒しろって言われてるんです……ケーラーさんに、ロック先生を警戒しろって言われたように……でも、私には二人とも疑うことなんてできません! ロックもケーラーさんも、大好きなんです……だから……だからちゃんと! 自分で確認したいです! 二人が、私の大好きな二人だってことを……!」
「…………」
ケーラーは眉間に皺を寄せたまま黙り込んでしまった。
「……俺は、それでいいんじゃねぇかと思うけど? エステルは、あんたもロックも、完全に信用できる状況にはねぇんだ。あんたの確認だって、ロックに否定されたら、こいつはまた、どっちを信用すればいいのか分からなくなっちまう」
「…………」
「ケーラーさん! お願いします!」
「……分かりました」
こうしてエステルは、学園都市パンデクテンの南西に位置する『時空の塔』へと向かうことになったのだった。




