第2節 ドルバック
その後、召喚法の授業は、特に教室の体感温度が下がることもなく、つつがなく終了した。
「ねぇ、ダンテ! 私、ロック先生の宿題の『答え』分かったかも!」
「え!?」
授業道具を片付けていたダンテは、驚いてエステルを振り返る。
「賢者って、大精霊から直接教えを受けた者のことなんだよね?」
「あぁ、そうだけど」
「じゃあさ! ロック先生もそうなんじゃない?」
「えぇ~~!?」
ダンテが呆れたような顔をする。
「どうやってだよ……大精霊は千年も前に物質界からいなくなってんだぞ」
「召喚したんじゃないかなって思って!」
「ハァ~~~~!?」
ダンテの大声に教室中の学生が注目する。
「何を話してるんだ、君らは」
教壇から立ち去ろうとしていたドルバック教授まで、二人の方を訝しげに見てきた。
「ドルバック先生! 大精霊って、召喚できますか?」
「無理だ」
ドルバックはにべもなく答えた。
「……やったことあるんですか?」
「無いに決まっているだろう……」
「じゃあ、できるかもしれないですよ?」
「あのなぁ……」
ドルバックが大きなため息を吐く。
「今日の授業でも言ったが、精霊を召喚する際には環境を整えてやらなくてはならん。それは、大精霊とて同じだ。だが、大精霊に適した環境がどんなものなのか、今の段階で分かっていない」
「でも、千年前までいたんですよね?」
「そうだ。大精霊は千年前に物質界を去った。その原因が、急激に変化した物質界の環境に耐えきれなくなったからだとも言われている」
「そうなんですか……」
「はっきりとは分かっていないがな。しかし、今の段階では、そもそも召喚しようとすること自体に危険が大きすぎる。環境に対応できなくなった大精霊はどうなるか……今日の授業でもやったところだから分かるだろう」
「――?」
エステルは、そう言われてもピンと来なかった。
「大精霊だって、モンスター化しないとは限らねぇんだよ」
ダンテが代わりに答える。
「えぇ~~~~!?」
「大精霊は、我々の創造主だ。しかし、だからといって、何者からも影響を受けない訳ではない。物質界で自我を保てなくなった例も、千年以上前にはあった。その度に、物質界が壊滅的なダメージを受けている。ここに来る前に、歴史の授業でも習ったりしただろう」
「……『大審判』ですか?」
「そうだ。あれは一般人の中には、大精霊が人間に裁きを与えただなんて信じている奴もいるようだが、環境に適応できなくなった一部の大精霊が暴走しただけだ。一番ひどかったのは、今言った『大審判』だが、似たような暴走は過去にいくつも確認されている」
「そうなんですか……」
「もし、大精霊の召喚に失敗して、暴走させてしまったら、また『大審判』のような事態が起こらないとも限らない。大陸の半分が焦土化するところなんて誰も見たくないだろう?」
「当たり前ですよ!」
「だから、誰も召喚しようとすらしない。自殺行為だからな。まぁ、そもそも召喚する力を持っている者も、私が知っている中で数名しかいない」
「ドルバック先生は?」
ドルバックは一瞬、顔をしかめたが、正直に答えた。
「私には無理だ」
「え!? でも、ドルバック先生は、物質界で初めて上級精霊の召喚に成功したんですよね?」
「……ミルドの民以外でな」
「ミルドの民……」
ミルドの民は、召喚の能力に秀でた民族だった。その能力故に、長い間『魔女』と呼ばれ、差別を受け続けてきたという歴史がある。そして今では『魔女狩り』により、ほとんどその姿を消されていた。
「とにかく大精霊を召喚するのは無理だということだ」
「せっかく、『答え』が分かったと思ったのに……」
エステルがしゅんとする。
「……まあ、方向性はあながち間違ってはいないがな」
「「えっ!?」」
エステルとダンテが声を揃えた。
「ドルバック先生、私がロック先生に出された『宿題』のこと知ってるんですか!?」
「え……ああ、うん、まあ、ロック先生と話していたときにな」
ドルバックはそう言うと鞄を抱えて、さっさと教室を出て行った。
「「…………」」
エステルとダンテは、そんなドルバックの後ろ姿を、あからさまに不審な目で見つめていた。